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第三章

南楓とお祭り

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 インターホンが鳴り、玄関の扉を開ける。

「悟は浴衣じゃないんだー」
「残念ながら、家に浴衣はなかったから」

 八月十七日、楓が迎えに来てくれた。駅には俺の家の方が近いから。
 祭り会場は最寄駅から二駅。そこから十五分ほど歩いたところにある。小さい頃に連れて行ってもらったことがあったような、なかったような。記憶は定かではないが、多分場所は大体わかる。最悪、迷ったらスマホがあるし、ちゃんと着けるはずだ。

「浴衣デートできなくて残念だなぁ」

 楓は深紅の花が散りばめられている、薄桜色の浴衣を着ていた。紫の帯とマッチしていた。想像通り、可愛い。

「悪かったよ。楓の浴衣、とってもよく似合ってる」
「えへへ。ちゃんと褒めてくれたから、許しちゃう。来年こそ!」
「うん。ん? 来年は受験生だよ」
「あ、そっか。息抜きでどう......?」
「楓は余裕ありそうだけど、俺は切羽詰まってそうだからなぁ。でも、来年も楓の誕生日をちゃんと祝いたいし、二人でたまには出かけたいから、今のうちから勉強頑張っておくよ」
「悟は最近頑張ってるし、きっと大丈夫だよ!」

 楓にそう言われると、本当にいけてしまいそうな、そんな気がしてくる。彼女の言葉に背中を押される。

 立ち話もなんなので、駅に向いて歩き始める。

 お祭り当日の天気は快晴で、十六時だとまだまだ暑かった。天気予報によると、これから雨になるという予報もなかった。安心して、傘を置いていける。できる限り、荷物は減らしたかったので、持っていくのは財布とスマホくらい。楓も桃色の巾着バッグしか持っていなかった。

 二駅分の切符を買い、電車で目的地へ向かう。電車内には浴衣姿の人がそこそこいて、みんなお祭りへ向かうんだな、と思った。これだけ浴衣姿の人がいれば、迷うことはないだろうな。彼らについていけば、たどり着けるはずだ。

 駅に着くと、大半が降りた。この辺りでは規模の大きい祭りなので、知り合いにも会いそうだな。友達に出会うのは別に構わないのだけれど、知り合い程度の関係だと反応に困るので、できれば遭遇したくない。そういう人たちと会った時は、軽く会釈ぐらいすべきなのか、それとも知らないフリをすべきなのか、はたまた少しコミュニケーションをとるべきなのか。それが難しいのだ。
 神崎とかなら、出会っても何とも思わないんだけどなぁ。そういや、あの二人もお祭り行くのかな? 行ってるのだとすれば、一回ぐらい出会うと思うし、連絡するほどのことでもないか。二人の邪魔をするわけにいかないし。

 予想通り、みんなが同じ方向へ歩いていく。コツンコツン、と聞こえる下駄が地面に接する音は、夏らしさを感じられて、心が安らぐ。

「花火って何時から?」
「七時半からだったと思う。ちょっと調べる」

 楓がスマホを操作するため、邪魔にならないように端に寄って、立ち止まる。

「うん。あってた。七時半だって」

 スマホをバッグに入れ、歩き始める。

「まだまだ時間あるな。早く出すぎたんじゃないか?」

 まだ十七時前だ。花火が打ち上がり始めるまで、二時間以上ある。

「いやいやー、お祭りって何時間でもいれるでしょ。二時間なんてあっという間だよ」
「そんなものか」
「そんなものだよ。それに、二人でいる時って時間が飛ぶように過ぎるでしょ?」
「まあ、そうだね」

 これだけ一緒にいる時間が長いのに、時間を忘れて話し込んでしまうことが多々あった。

「きっと今日もお祭りが終わる頃には、もっともっと続けよー、まだ帰りたくないなーって思ってるんじゃないかなぁ。少なくとも、私は」
「俺も絶対そう思ってるはず。もっと早く家を出ても良かったかもね」
「ふふっ。だよねー」

 会える時間が長くなるというのに、野暮な質問をしちゃったな。

「人多くなってきたねぇ」

 会場に近づくにつれて、人の数は徐々に増えていった。一度はぐれたら、会うのに苦労しそうだ。

「手、つないどく?」
「悟から言ってくれるなんて、私は感動して泣きそうだよぉ」

 楓は大げさに目をこする。

「いやなら、別にいいけど」
「いやじゃない、いやじゃない!」

 手をつなぐことに対する恥ずかしさは以前より軽減されたが、大勢の人がいる前でつなぐのはまだ慣れないな。多分、俺たちが手をつないでいるところに注目する人はまずいないだろう。
 俺だって、他のカップルが手をつないでいようが特に気にしないのに、自分のこととなると異常に気にしてしまうのはなぜだろう。

 完全に周りの目をシャットアウトできれば、いいのに。

 そんなことを考えているうちに、祭り会場に着いた。
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