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第二章

意外な一面

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 無理をしないで良い、と言われたのに神崎は意地で乗っていた。楓や須藤は絶叫系を明らかに楽しんでいるし、俺も楽しい。神崎だけが、毎回顔面蒼白になりながら、付き合ってくれていた。

 平日ということもあり、待ち時間は短いが全アトラクションを一人で待っているのはなかなかの苦行だ。それなら一緒に乗った方がマシだと思ったのだろう。

 神崎もはじめに比べると、少しは慣れたのか、目は開けれるようになっていた。たまに叫び声が隣の方から聞こえてくるけど、これがまた面白い。こんな大柄の男の叫び声なんてそう聞けるものでもない。レアなのだ。
 コースターに乗ってる途中、録音が許されるなら録っておきたいくらいだ。まあ、当然そんな危ない行為許可されないし、神崎からの許可も下りないだろう。

「ねえねえ、ちょっとお腹すいてこない?」

 須藤がお腹をさすりながら、言った。楓も大きく数回、頷いている。

「確かにな。ちょっと休憩がてら昼飯にするか」
「「さんせー!」」

 神崎の提案に、楓と須藤が元気良く返事した。

「天野もそれでいいか?」
「うん」

 すでに正午を回っている。今まで空腹感を覚えていなかったのは、遊びに夢中になっていたからだろうか。神崎のことも考えると、どこかで休憩した方が良いだろう。

 俺たちが向かったのは、ピザ屋さんだ。日本ではあまり見ないような外観で、アメリカに来たような気分になる。入る前からテンションが上がるな。

 大きめのピザらしいので、頼むのは四人で二枚だけにしておいた。
 楓と須藤が早々にギブし、最後は俺と神崎が平らげることになった。お腹はふくれ、満足。

「次、どうしよっか?」
「俺は何でもいいけど」
「これ乗ろうよ!」

 楓がパンフレットを指差した。サメの有名な映画を舞台にしたアトラクションだ。

「これなら神崎も平気なんじゃない?」
「これなら全然いけそうだ。マジ、助かる」

 結構無理してたことがわかるな。自分だけ遠慮して、和を乱すことのないように頑張ってくれていたのだろう。俺たち三人は、そんなことで神崎が雰囲気を悪くした、とか思うはずがない。けれど、そのことを告げても、神崎は無理して乗るだろう。神崎が乗る決心をしたのなら、俺はそれを全力で応援するだけだ!

「それじゃあ、サメに会いに行こー!」


「ここは日本?」

 楓がそう言うのも、納得できる。セットのクオリティが高すぎて、ここが日本であることに違和感を覚えるくらい。本当、良くできてるなあ。

「これ、いいな」

 ゆったりとした船旅なので、神崎もご満悦のようだ。
 
 まだサメさんとご対面していない。おそらく、サメに襲われたと思われるボートの横を通り過ぎたところだ。
 恐怖心を煽るBGMが流れる。

「ゾクゾクするねっ」

 はしゃぐ楓を見てると、高校生に見えないな。

 そういや、さっきから須藤が全然喋ってない気がする。神崎の隣に座る彼女の方へ目をやると、前方しか見ていないようだった。こんなに素晴らしい景観を目に焼き付けないなんてもったいない。

 もしかして、須藤はこういうのが苦手なのか? よく見ると、神崎の服をちょこっとつまんでる。さっきあれほど神崎をからかっていたので、言うに言えなかったのだろう。神崎は気づいてないようだけど、最後までバレずにいられるかな?

 途中、サメの上半身と言って良いのだろうか。正確な呼び名はわからないけど、背びれがちょこっと見えた。ライフルを持ったクルーさんがサメを退治してくれた。須藤がビクッと反応したが、最小限の動きだったので、気づいたのは俺くらいだった。今の俺、アトラクションというより須藤の反応を楽しんでる気がする。

「終盤かなぁ?」
 
 俺の隣にいる楓は、全然平気なようでずっと楽しそうにしてる。
 ボートハウスを出たところで、そろそろ終盤なのかな、と思わせられる雰囲気が漂っている。

「おお」

 ライフルが誤って命中し、ガソリンタンクに引火したことで、あたりが火の海になった。これはかなりの迫力だ。

 須藤は目を瞑っていた。神崎の「千草見ろよっ! すげぇな」という声にあいまいに頷き、対応している。
 普通、バレるだろ。神崎も興奮状態なのか、まだ気づいていない様子だった。

 それから少し進むと、あのBGMが始まった。クライマックスのようだ。
 大きく口を開けたサメが姿を現した瞬間、須藤が神崎の腕にしがみついた。俺はどうしてサメではなく、神崎たちの方を見てるんだ?

「ちょっ、どうした?」

 須藤は答えず、顔を神崎のごつい腕に押し付けている。

「悟、何見てんの?」
「あれだよ」

 他の乗客が向ける視線の方向とは違ったため、楓にも気づかれた。なので、何が起こってるのか、教えてあげた。

「すっごいラブラブだね」
「須藤はそんなこと考えてる余裕なさそうだけどね」
「ああいうのいいよねえ。私も怖がって、あんな風にしがみついた方がいいかなぁ?」

 いつもの楓だった。こういう冗談を軽く言う。扱いに慣れてきた俺じゃなかったら、ドキッとするはずだ。正直、今でも少しドキッとする。
 今はまだ、普段通り返しておこう。

「ここでアピールしても神崎たちにしか効果ないよ。見た感じボートに乗ってるうちの生徒は、俺たちだけっぽいし」
「それもそっかー」

 そんな会話をしてるうちに、アトラクションは終了した。


「苦手なら言えよな」
「言えるわけないじゃん! ジェットコースターみたいに翔太が拒否することを期待してたのに!」
「残念ながらこういうのは平気なんだよな。なんというか、ひゅーって上がって、ずどーんって一気に落ちるあの感じが無理なんだよ。体が一瞬浮くあの感覚が」

 須藤の新しい一面を見れた。身近な友達でも、わからないことがまだまだあるんだなあ。

「ちーちゃん、次から言ってね」

 楓が頭を撫でている。それに須藤は応えるかのように、小さく、ウンウン、と頷いている。
 今だけ小動物みたいになってるな。これは貴重なシーンだ。

「ちょっと休憩する?」

 優しい声で楓が言った。

「ううん。絶叫系に乗ろ! 翔太の叫び声を聴けば、私元気になれる」
「ふふふ。私はいいと思うよっ」
「俺も賛成だな」

 数時間前までは、俺は神崎の味方だぞ、と思っていたのに、もう心変わりしてしまった。なんか楽しそうじゃん? 
 神崎は顔を引きつらせながら、「お前ら......鬼か」と弱々しく言った。

 まだ乗っていない絶叫系アトラクションに俺たちは向かった。神崎だけが重い足取りで。
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