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第二章

南楓の様子

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 多少話したことあるクラスメイトたちと部屋で鍋をつついた後、大浴場で一日歩き回って疲れた身体を癒した。いくら楽しい思い出ばかりの修学旅行とはいえ、あれだけ歩き回れば疲れないはずもなく、ちょうど良い温度のお湯がそうしたものも全てを洗い流してくれているような気がした。

 大浴場を満喫し、部屋に戻ると、トランプで大富豪やブラックジャックなんかが始まった。賭けるものは、基本的に持って来たお菓子なんかだ。神崎以外に仲の良い男子はいなかったが、修学旅行ということもあり、全員が普段から仲の良い友人のようだった。修学旅行ならではの雰囲気を感じた。

 そんなこんなで初日は終了した。


 翌朝、部屋で朝食をとり、着替え、ホテルの前に集合した。
 俺は神崎と他のグループが集まるのを待っていた。今日の予定は大阪のテーマパークで遊ぶらしい。天野家で遊園地に行った記憶はほとんどない。家族仲が悪いというわけではなく、そういうのに少しドライなだけだ。多分。

 京都からはバスで行くのだが数時間はかかるらしい。その間、ゆっくり今日のことを考えておこう。

「やあやあ。よく眠れたかい?」

 須藤が話しかけてきた。当然、隣には楓がいた。特に変わった様子は見受けられなかった。俺はどう接するのが正解か、悩んでいるというのに。楓にとっては、大したことではなかったのだろうか。

「眠れたぞ。ぐっすりな」
「俺は神崎の寝相が悪すぎて、夜中に起こされてあんまり眠れてないけどね」
「ははは。気にすんなって」

 それ加害者のセリフじゃないよね。須藤が神崎の代わりに謝罪し、おでこにデコピンを食らわしてくれた。いつもより攻撃が優しめなのは、修学旅行仕様ということだろうか。

 楓はニコニコしながら、やり取りを見ていた。挨拶しないのは、おかしいよな……。

「おはよ」
「おっはよー」

 普通だ。修学旅行に来る前と何も変わらない、いつも通りのテンションだ。
 もしかして、昨日のあれは俺の夢の中の話だったのか? 

「一夜明けて、楓ちゃんも元通りだね」

 ん? どういうことだ?

 須藤はなぜかニヤニヤしてる。

「昨夜様子がおかしかったのか?」
「そりゃもう。敷かれた布団に包まって、うわー、やっちゃったー、って叫んでた。同じ部屋の子たち、びっくりしてたもん。天野くん何したのー?」

 何が原因だったのか思い当たる節がしっかりある。俺が直接何かをしたわけではないけど。
 もしかして、俺が思ってる以上に、動揺してる?

 お隣の楓さんは、目を合わせてくれない。俺の目線よりさらに上に目をやり、真っ青な空を見ているらしい。無駄に絵になるな!

 神崎も察したらしく、クスクス笑って横腹を突いてくる。うざいぞ。

「心当たりはないかな」
「そっかー。元通りだし、ま、いっか。そろそろ戻ろっか。じゃあ、また後で」

 楓の手を引いて、須藤が行ってしまった。

 一言しか言葉を交わせなかったな。今日一緒に回るのはなかなか難しそうだ。

 バスに乗り込んだ。着席し、バスが出発してすぐ、神崎が喋り始めた。

「何とかしてくれよ。これじゃあ、お前たちも心の底から楽しめないだろ」

 楓の調子が戻らない限り、普段通り、とはいかないだろう。正直、俺も少し気まずいし。
 
「わかってるよ。まあ、なんとかする」
「頼りねえけど、頼んだぞ」

 俺以外にどうにもできない問題だ。
 一緒に回る神崎や須藤に変な気を使わせるわけにもいかない。着いたら、ちょっと話すか。勇気を振り絞るぞ。

 朝が早かったこともあり、神崎と話し終えた俺は、眠った。せっかくの修学旅行であるのに、友達と談笑せずに眠りにつくなんて、迷惑行為に当たるのかもしれない。けれど、俺があまり眠れなかった原因はこいつにあるわけだし、許される気がした。睡眠妨害を受けたのだから。

 バスが目的地に到着し、みんながぞろぞろ降りていく。
 外に出ると、ここにいる誰もが昂ぶっていることが声やしぐさからよくわかった。

 入口まで、四人で向かった。
 一つ気づいたことがある。楓に話しかければ、答えてくれるのだが、楓から話しかけてくることは一度もなかった。話し方はいたって自然だけれど、彼女から話しかけてこないのは不自然極まりない。少し、いつもとは違うことを実感した。

「何この地球儀。おっきい」
「地球儀って表現正しいのか?」
「どっからどう見ても、地球儀でしょ。これ」
「しっくりこねえけど、まあ、いいや。写真でも撮るか?」

 地球儀と言えば、部屋に設置できるサイズのものを想像するので、神崎が抱く違和感に少し共感できた。

「翔太にしては、良いこと言うね」

 それに対して、「うるせえ」と返す、二人のやり取りを眺めていた。
 入口に向かう途中に青い、大きな地球儀はあった。同級生たちがそれをバックに写真を撮っている。先生がカメラマンとして忙しなく働いていた。

「お願いしまーす」

 須藤が頼みに行ってくれた。

 俺は写真が嫌いだ。死ぬほど写真写りが悪いから。
 せっかくだし今日くらいは撮るか。

「ぷっ」
「おい。笑っちゃ悪いだろ。くっ」

 神崎と須藤が人の顔を見て、笑ってる。失礼だぞ! だから、嫌なんだよ、写真は。

 その写真で映りの悪さ以外に少し気になったのは、楓だ。一見、何もおかしな点がなさそうな写真だけど、俺の目は誤魔化せない。
 並び順としては、写真の左から俺、楓、須藤、神崎だ。全員がカメラ目線になっているのに、楓だけは視線が外れていた。俺の顔で笑ってるお二人さんは気づいていないようだけど、楓だけ俺を視界に入れない努力をしているような感じだった。

 彼女がそれを無意識にやったのかはわからないけど、このままでは今日一日を楽しむのに支障が出ることだけはわかった。

 神崎と須藤が先にゲートを抜け、入園した。
 彼らの後に続き、俺たちも入ろうとした時に、言った。

「昨日のことは気にしないで楽しもうよ。なかったことにするわけではなくて、今夜ちゃんと話すから。あの二人に気を使わせるわけにいかないしさ」
「え、あ、うん。気をつけてたつもりなんだけど、やっぱりおかしかった?」
「そうだね。わかる人にはわかったと思うよ。神崎たちも気づいてるんじゃないかな」

 部屋でいきなり叫び出したら、何かあったのではないか、と考えるのが普通だ。
 須藤も異変に気づいているようだったし、神崎は俺が昨日話したからわかっているはずだ。

「わかった。今だけ忘れることにする。夜、絶対思い出させてね」
「うん」

 楓は普段と変わらない笑顔を向け、神崎たちの元へかけて行った。

 今夜......か。自分で言ったのだから覚悟決めないと、な。俺の方がいつも通り接することができるか不安になってきた。
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