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第二章

南楓と帰り道

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 少し時間はかかったが、何とか駅までたどり着いた俺たちは、最寄駅までの切符を買い、プラットホームで電車が到着するのを待った。数分後、電車が到着した。
 空席が多かったので、俺たちは隣り合わせに座ることにした。

 車内では、行きしなほど口数は多くなかったが、今日一日に不満があったからそうなったわけではない。少なくとも俺はそう思っているし、楓の表情からも満足げな様子であることが見て取れた。

 疲れからか、残り数駅で着くというのに寝そうになっていると、左肩に重みを感じた。

 甘い匂いが漂ってくる。
 左を向かなくても、状況はわかる。でも、一応、どういう状況か確認しておこう。

 頭はほぼ固定で、目だけで左方を確認する。
 
 そうなってるよね。わかってた。楓の後頭部がよく見える。
 信頼してくれていると捉えると、嬉しい。が、そんなことはどうでも良かった。動揺を隠せない。

 心臓が忙しなく働いていた。起きていたら俺の鼓動音が彼女の耳にも届いているような気がした。

 落ち着け、と自分に言い聞かせても冷静になれるわけがなかった。
 俺はどうすべきだ? まだ最寄駅までは数分ある。その間に起きてくれれば良いのだけど、起きてくれなかった場合、俺が起こす必要がある。声をかければ、すぐに起きてくれるだろうか?
 いや、ここは電車の中だ。あまり大声は出せない。前のシートにも座っている乗客はいる。起きなかった場合、俺は......。

 それは起きなかった時に考えよう。今はこの状況下で冷静になれる方法を考えるべきだ。

 名案を思いついた。
 隣で俺の肩に頭を乗せているのは、神崎であると思い込もう。そうすれば、きっとマシになる、はず。

 隣に目をやり、こいつは神崎だ、と心の中で何度もつぶやいた。 

 ......まあ、そんな作戦上手くいくわけないよね。汗臭い男のにおいなんてしないし、ガタイが違いすぎる。

 どんなことを考えても意識してしまうので、スマホを触ることで気を紛らわせることにした。
 
 扉が開き、数人が乗り降りする。
 次の駅が俺たちの降りる駅だ。耐えたぞ。左手を動かさないように気をつけながら、右手だけでスマホを操作し続け、何とかここまできた。

 あとは、起こすだけだ。

「楓、もうすぐ着くよ」

 さっきより人は少ないとはいえ、ボリュームは小さめで声をかけてみた。
 
 反応なし。
 困ったよ。困りすぎて、笑えてくるよ。いくら相手が仲の良い楓とはいえ、触れるのには抵抗がある。それは楓だから、なのかもしれないけど。
 漫画のイケメン主人公くんのように、起こせたら良いのだけれど、残念ながら恋愛経験に乏しく、女子との交流がほとんどない俺にはハードルが高すぎることなのだ。

 今日、いきなり手を掴まれたことを思い出した。
 楓は嫌がってないよな。俺は覚悟を決め、彼女の肩を優しく揺すった。

「ん?」
「もうすぐ着くよ」
「え、もうこんなとこまで来てたの!? ヤバっ」

 そう言って、荷物をまとめ始めた。ぬいぐるみを入れた大きな袋と今日購入した漫画たちを手に持つくらいだけど。

 到着し、降りると、ほっと息を吐いた。楓にはバレないように、小さく。

 改札に向かって、歩いていると、楓の足が止まった。
 良い予感はしなかったが、何かあったのかと思い、楓の視線の先に目を向けた。

 ああ。納得した。俺たちが話しかけなくても、きっと向こうから話しかけてくるに違いない。

「どうも。偶然、ね」

 偶然、同じ電車に乗っていたのだ。今日の楽しかった記憶が全て上書きされてしまうような気がした。

「なんで、山下がいんの……」

 最近は、クラスが違うからか、この二人が言い合っている姿を見ていなかった。

「友達と買い物だけど?」
「買い物するなら、別の日にしてよ……タイミングわるっ」

 楓の言う通り、タイミングは最悪だ。これは山下さんに非があるわけではないけど、どうして今日なんだ、と思ってしまう。
 第三者の俺からすれば、二人とも本気で嫌っているわけではないと思っているので、仲直りすることも十分可能なことだと思う。しかし、何が原因でこうなったのか、わからないままでは、仲直りできるはずがないので、まずはそこからだ。

「そっちがずらせば、良かったんじゃない? デートの日を」

 倒置法でわざわざ強調しないでくれ。

「なんで私たちが?」

 お互い引こうとしないので、このままでは一生このやり取りが続きそうだ。
 山下さんが喋ろうとするのを遮り、俺は言う。

「ねえ、どうしてそんなに楓に敵対心むき出しなの?」
「南なら考えたらわかるんじゃない? 賢いんだし」
「意味わかんないし」

 楓は嘘を言っているようには思えないし、本当に心当たりがないのだろう。

「ママが待ってるから今日は帰るね。じゃあ、また学校で」

 山下さんはそう言うと、振り返って改札を目指し歩き始めた。楓は後ろ姿に向け、「ベー」と舌を出している。ガキかっ。

 駅内で言い争って欲しくなかったので、山下さんが帰ったことに安堵の息を吐いた。

 俺たちもここで突っ立っているわけにもいかないので、ゆっくり歩を進めた。
 これは二人の問題であるし、俺が関わるべきじゃないのかもしれないけれど、今の関係が続くと俺にも影響が出てくる。出会うたびにこのやり取りを見ることになるのは、疲れる。
 
 学校が始まったら、あいつに事情聴取を行うことにしよう。
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