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第二章
南楓と夜ごはん
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学習したのかボウリング場を出る前に楓はルート検索していた。
店まではそこまで距離はないらしい。それにしても、お金の心配はいらないってどういうことだろう? もしかしてスーパーの試食品巡りとか? それとも、サバイバルに目覚めて、そこら辺の野草を食べ始めるのかな。
そんなはずはないだろうけど、真相は着くまでわからない。俺の財布にはもう二千円ほどしかない。普通なら足りるはずだ。普通なら、ね。
楓は歩きながらたまに袋に指を突っ込み、亀を突いている。そんなに気に入ったのか......。確かに柔らかくて触り心地は良かったけど。
「楓ってぬいぐるみとか好きなの?」
「急にどうしたの? 好きだけど」
俺からすれば突いている光景を見ているので、急というわけではないけれど、話の振り方は唐突すぎたかもしれない。
「イメージ通りだな」
「そうかなぁ? これは大きすぎるけど、もう少し小さめのやつなら枕にもできて汎用性高いよ」
あれ? 俺の使い道と大して変わらなくね? 亀の気持ちになって考えると、俺の尻に敷かれるよりは、楓の頭部の下敷きになった方が嬉しいだろう。あげて、正解......だったよな?
そんな話をしていると、楓の足が止まった。どうやら着いたようだ。
「おお、確かにここならあんまりお金かからないね」
俺たちの目の前には安いと評判のファミレスがあった。隣には焼肉屋があるようで、良い匂いが鼻腔に抜ける。しかし、今日俺たちが行くのはファミレスだ。俺の空腹を刺激する奴らは、敵だ。
「ん? 行こっか」
一瞬不思議そうに首を傾げた楓だったが、気にせず歩き始めた。
ファミレスに入ると思っていたのに、楓は見向きもせず素通りした。
「え、ここじゃないの?」
「違うよ。あっち」
マジか、と心の中でつぶやく前に口から言葉が出た。
いやいや、おかしいって! 高級感漂ってるし、絶対足りない。焼肉って時点でどの店でも高いのは確定している。
「待って。ミーはノーマニー。わかる?」
「知ってるよ? 席に着いたら説明するから、とりあえず行こ!」
ニコッと笑い、彼女は俺の手を掴んだ。抗議の時間を与えられないまま、歩き始めることになった。
俺は引っ張られたわけだけど、そんな自然に掴まれたら心の準備というやつができているはずもなく、焼肉のことを考えている余裕はなくなった。
扉は手動だったので、開けるために彼女は俺の手を離した。心の平穏を取り戻したぞ......。
「深呼吸してどうしたの?」
「いや、気にしないでくれ」
誰のせいでこうなったと思っているんだ。
予約はしていなかったようだけど、開店したばかりだったこともあり、すぐに席に案内してもらえた。
それでもある程度テーブルは埋まっていたし、人気店であることがわかった。俺の不安感がますます増大した。無銭飲食で捕まりたくないよ......。
すぐに店員さんがやって来て、ドリンクだけ訊かれた。
「私、ジンジャーエールにしようかなあ。悟は?」
「じゃ、じゃあ烏龍茶で」
完成された営業スマイルの後、店員さんは足早に戻って行った。
「あの、お金が......」
「その話は食べながらでいーじゃん。先に食べたいの注文しちゃお」
メニューに書かれた値段を見ると、とてもじゃないけど俺が好き勝手注文できる値段じゃなかった。なので、全て楓に任せることにした。それも不安だったけど。
ドリンクを持って来てくれた店員さんに注文した。ロースとかタンとかキムチとか。一通り頼み終え、やっと話ができる環境になった。
俺が話を始めようとする前に楓が財布を取り出し、何やら中身をごそごそやってる。
「じゃーん」
「こ、これは?」
「見ての通り、お食事券だよっ」
彼女が手に持っていたのは、この店の食事券だった。
「......それで払うの?」
「そうだけど?」
「そんな悪いよ。自分の分は自分で払うよ」
おそらく足りないけど、そう言うしかなかった。
「本当、気にしないでね? お母さんに悟とデートするって言ったら、このお食事券持たされたんだよねえ。せっかくだし、使わないと!」
「家族で行ったりしないのか......?」
デートするって言ったら、勘違いされないかな。というか、勘違いされた結果が、その食事券じゃないだろうか。普通に友達と遊ぶだけで焼肉屋の食事券を持たせるとは考えにくいし。
最近は会っていないけど、楓の母親とは一応顔見知りだ。最後に会ったのは小学生の頃だと思うので、俺の存在を忘れられていてもおかしくないが、どうやら覚えてくれているようだ。
そういえば、以前に楓が家族との会話の中で、俺の話題を出しているというのを青葉ちゃんから聞いていたので、そんなに不思議なことでもないか。
「家族でも行くよー。お父さんがよくこういうの貰ってくるんだよね。今回もそうなの。先月、家族で行ったばかりだし、気にしないでね。むしろ、食べてくれないと私がお母さんから何言われるかわかんないし」
前々から薄々感じていたことだけど、楓の家って裕福だよな。楓の兄貴のことはわからないけど、娘二人を私立に通わせていたわけだし。二人とも変わった理由で、公立に移ったけど。
天野家なんて最後に焼肉に行ったのがいつかを思い出すことができないくらい前のことだぞ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺の言葉に彼女は笑顔で頷いてくれた。
遠慮しすぎても困らせるだけだし、ご馳走になることにしよう。
「今度四人でどっか行きたくない?」
ロースを口に入れる前に楓が言った。
四人というのは、俺たちプラス神崎と須藤のことだろう。それ以外に思い当たる人物がいないのは、自分の交友関係の狭さに少し悲しくなる。
「行ってみたいね。夏休みとか」
校内で、四人で話すことは時々あっても、どこかへ遊びに行ったことは今までない。楓と須藤の仲も良いらしいし、楽しいに違いない。
「またちーちゃんに訊いてみよー」
「俺は神崎に訊いとくよ」
普段と何ら変わりのない会話をしているうちに、お腹は満たされた。
「大満足」
「美味しかったね~」
焼肉って本当人を幸せにするの得意だよな? 楓に感謝してもしきれない。
「混んでるし、出よっか」
俺たちが出る頃には、満席で店の外まで待っているようだった。早めに来て正解だった。
会計を済ませた楓に感謝の意を伝え、俺たちは家に帰るため駅に向かった。外はすっかり暗くなっていた。来た道を通って帰るのに、初めて歩く道であるかのように思えた。
迷わず、たどり着けるかな......。
店まではそこまで距離はないらしい。それにしても、お金の心配はいらないってどういうことだろう? もしかしてスーパーの試食品巡りとか? それとも、サバイバルに目覚めて、そこら辺の野草を食べ始めるのかな。
そんなはずはないだろうけど、真相は着くまでわからない。俺の財布にはもう二千円ほどしかない。普通なら足りるはずだ。普通なら、ね。
楓は歩きながらたまに袋に指を突っ込み、亀を突いている。そんなに気に入ったのか......。確かに柔らかくて触り心地は良かったけど。
「楓ってぬいぐるみとか好きなの?」
「急にどうしたの? 好きだけど」
俺からすれば突いている光景を見ているので、急というわけではないけれど、話の振り方は唐突すぎたかもしれない。
「イメージ通りだな」
「そうかなぁ? これは大きすぎるけど、もう少し小さめのやつなら枕にもできて汎用性高いよ」
あれ? 俺の使い道と大して変わらなくね? 亀の気持ちになって考えると、俺の尻に敷かれるよりは、楓の頭部の下敷きになった方が嬉しいだろう。あげて、正解......だったよな?
そんな話をしていると、楓の足が止まった。どうやら着いたようだ。
「おお、確かにここならあんまりお金かからないね」
俺たちの目の前には安いと評判のファミレスがあった。隣には焼肉屋があるようで、良い匂いが鼻腔に抜ける。しかし、今日俺たちが行くのはファミレスだ。俺の空腹を刺激する奴らは、敵だ。
「ん? 行こっか」
一瞬不思議そうに首を傾げた楓だったが、気にせず歩き始めた。
ファミレスに入ると思っていたのに、楓は見向きもせず素通りした。
「え、ここじゃないの?」
「違うよ。あっち」
マジか、と心の中でつぶやく前に口から言葉が出た。
いやいや、おかしいって! 高級感漂ってるし、絶対足りない。焼肉って時点でどの店でも高いのは確定している。
「待って。ミーはノーマニー。わかる?」
「知ってるよ? 席に着いたら説明するから、とりあえず行こ!」
ニコッと笑い、彼女は俺の手を掴んだ。抗議の時間を与えられないまま、歩き始めることになった。
俺は引っ張られたわけだけど、そんな自然に掴まれたら心の準備というやつができているはずもなく、焼肉のことを考えている余裕はなくなった。
扉は手動だったので、開けるために彼女は俺の手を離した。心の平穏を取り戻したぞ......。
「深呼吸してどうしたの?」
「いや、気にしないでくれ」
誰のせいでこうなったと思っているんだ。
予約はしていなかったようだけど、開店したばかりだったこともあり、すぐに席に案内してもらえた。
それでもある程度テーブルは埋まっていたし、人気店であることがわかった。俺の不安感がますます増大した。無銭飲食で捕まりたくないよ......。
すぐに店員さんがやって来て、ドリンクだけ訊かれた。
「私、ジンジャーエールにしようかなあ。悟は?」
「じゃ、じゃあ烏龍茶で」
完成された営業スマイルの後、店員さんは足早に戻って行った。
「あの、お金が......」
「その話は食べながらでいーじゃん。先に食べたいの注文しちゃお」
メニューに書かれた値段を見ると、とてもじゃないけど俺が好き勝手注文できる値段じゃなかった。なので、全て楓に任せることにした。それも不安だったけど。
ドリンクを持って来てくれた店員さんに注文した。ロースとかタンとかキムチとか。一通り頼み終え、やっと話ができる環境になった。
俺が話を始めようとする前に楓が財布を取り出し、何やら中身をごそごそやってる。
「じゃーん」
「こ、これは?」
「見ての通り、お食事券だよっ」
彼女が手に持っていたのは、この店の食事券だった。
「......それで払うの?」
「そうだけど?」
「そんな悪いよ。自分の分は自分で払うよ」
おそらく足りないけど、そう言うしかなかった。
「本当、気にしないでね? お母さんに悟とデートするって言ったら、このお食事券持たされたんだよねえ。せっかくだし、使わないと!」
「家族で行ったりしないのか......?」
デートするって言ったら、勘違いされないかな。というか、勘違いされた結果が、その食事券じゃないだろうか。普通に友達と遊ぶだけで焼肉屋の食事券を持たせるとは考えにくいし。
最近は会っていないけど、楓の母親とは一応顔見知りだ。最後に会ったのは小学生の頃だと思うので、俺の存在を忘れられていてもおかしくないが、どうやら覚えてくれているようだ。
そういえば、以前に楓が家族との会話の中で、俺の話題を出しているというのを青葉ちゃんから聞いていたので、そんなに不思議なことでもないか。
「家族でも行くよー。お父さんがよくこういうの貰ってくるんだよね。今回もそうなの。先月、家族で行ったばかりだし、気にしないでね。むしろ、食べてくれないと私がお母さんから何言われるかわかんないし」
前々から薄々感じていたことだけど、楓の家って裕福だよな。楓の兄貴のことはわからないけど、娘二人を私立に通わせていたわけだし。二人とも変わった理由で、公立に移ったけど。
天野家なんて最後に焼肉に行ったのがいつかを思い出すことができないくらい前のことだぞ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺の言葉に彼女は笑顔で頷いてくれた。
遠慮しすぎても困らせるだけだし、ご馳走になることにしよう。
「今度四人でどっか行きたくない?」
ロースを口に入れる前に楓が言った。
四人というのは、俺たちプラス神崎と須藤のことだろう。それ以外に思い当たる人物がいないのは、自分の交友関係の狭さに少し悲しくなる。
「行ってみたいね。夏休みとか」
校内で、四人で話すことは時々あっても、どこかへ遊びに行ったことは今までない。楓と須藤の仲も良いらしいし、楽しいに違いない。
「またちーちゃんに訊いてみよー」
「俺は神崎に訊いとくよ」
普段と何ら変わりのない会話をしているうちに、お腹は満たされた。
「大満足」
「美味しかったね~」
焼肉って本当人を幸せにするの得意だよな? 楓に感謝してもしきれない。
「混んでるし、出よっか」
俺たちが出る頃には、満席で店の外まで待っているようだった。早めに来て正解だった。
会計を済ませた楓に感謝の意を伝え、俺たちは家に帰るため駅に向かった。外はすっかり暗くなっていた。来た道を通って帰るのに、初めて歩く道であるかのように思えた。
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