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第二章

南楓とボウリング

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 ボウリング場に入ると、UFOキャッチャーなどが設置されている、ちょっとしたゲームコーナーが見えた。そこまで規模が大きいわけでもないので、そんなに騒がしいという印象は受けなかった。遊んでいる人もそんなにいなかった。
 入ったすぐの右手に受付があったので、俺たちは向かった。受付カウンターにはお姉さんが二人立っていた。

 綺麗だな、と思ったけれど、そんなことをつぶやけば、きっと白い目で見られると思い、お口はチャックしておいた。

「一時半に予約していた南です」

 おお。予約済みだったのか。だから、遅れるわけにいかなかったのかもしれない。今は一時十五分なので、少し早いが問題ないだろう。
 
 こういうところはしっかりしてるんだよなあ。感心していると、受付の人が予約表のようなものを見て、確認を取っているようだった。確認が取れた後、一枚の紙を渡された。

「私が名前を書いといてあげるよ」
「おう。頼むわ」

 この名前はスコアシートに必要なものだろう。
 書き終えた楓が受付の人に渡すと、靴のサイズを聞かれた。

「23.5cmです。悟は?」
「多分、27くらい、です」

 靴をプレゼントする可能性も考え、一応、サイズを覚えておこう。誕プレとかに、ね? 
 しかし、靴なら一緒に買いに行って試着してもらった方が良いよな。サイズは合っていても彼女の足に合わなければいけないわけだし。もう一つ問題があるとすれば、俺のセンスで決めなければならないこと。
 まあ、これらは靴をプレゼントすることに決定してから考えれば良いか。

 その後、俺たちは投げ放題の代金を支払った。楓の分を払えたらかっこよかったのだが、残念ながら俺の財布にそんな余裕はなかった。

 支払いを済ませた後、自分たちに合ったサイズのボウリングシューズを受け取り、三階に向かった。一階には受付しかなく、二階と三階にレーンはどうやらあるらしい。今回俺たちが指定されたレーンは三階にあるので、階段で上ることにした。
 エレベーターを利用しなかったことに、特に理由はない。楓が階段で上がろう、と言ったので、それに従っただけだ。

「悟が最後にボウリングに来たのっていつ?」

 近所にボウリング場がないため、めったに行かない。が、数週間前、神崎に連れて行かれたばかりだった。俺の服を買うのに付き合ってもらう代わりに、ボウリングに付き合えとのことだった。どうやら今度、須藤とボウリングで対決をし、賭けをするらしくその練習に付き合わされることになったのだ。
 飯を奢るとかその程度なら練習のためのボウリング代を払うよりも安くつきそうだが、彼女にかっこ悪い姿を見せたくないのだろう。その気持ちは、少しだけわかる。

「少し前に神崎と二人で行ったけど」
「うそ......」
「何その絶望した顔は」

 楓の表情から笑みがスーッと消え、赤点を取ってしまったかのような暗い顔をしてる。
 ため息を吐いた後、口をへの字に曲げて、こちらを見てきた。俺なんか悪いことした?

「てっきり、悟は未経験者だと思ってた......」
「確かに友達は少ないけど、全く遊ばないわけではないからな? ボウリングくらい行ったことある。てか、何の関係があるの?」
「関係あるよ! 未経験者だと思ってたから、ケーキを賭けて勝負しようとしてたのに!」

 最後に「あ、ちーちゃんがおすすめしてたケーキ屋ね」と付け加えた。駅前のところか。プリンは買ったことがあるけれど、俺もケーキは食べたことない気がする。

 じゃなくて、楓さんちょっと考えが汚くない? そんなこと言われたら俺も負けるわけにはいかない。何が何でも勝つ。逆に俺が勝てば、ケーキを奢ってもらえるってことだよな?
 賭け事があちこちで起こっていて、みんなギャンブルにハマったりしないか、将来が心配になる。

 彼女は「今日のためにイメトレばっちりしてきたのになー」と言いながら階段を上っており、なぜか俺が責められている気分になった。
 
 三階に着くと、一気に騒がしくなった。休日ということもあり、学生が多い。家族連れもちらほら。

 指定されたレーンに移動し、黒色のソファーに荷物を置き、一息吐く。

「ケーキを賭けて、勝負ね!」

 楓は捨て台詞のように言って、ボールを取りに行った。俺もゆっくり立ち上がり、自分に合ったものを選びに行く。

 席に戻ると、ウキウキでパネルを操作する楓がいた。誰が見ても、楽しそうに見えるだろう。

 スコアが表示されるディスプレイを見ると、『かえで』と書かれたその下に『さとりゅ』という文字が目に入った。

「あのー、俺の名前なんだけど」
「懐かしくない? ひらがなで書いてたら、思い出してさ、使っちゃった」

 頭に手を当て、「てへっ」とか言ってくる。これが男なら目潰しを食らわせていたかもしれない。

 俺も思い出すまでに少々時間がかかった懐かしいあだ名。小学校低学年の頃に自分の名前を言う時に噛んでしまい、そこから周りに『さとりゅ』というあだ名で呼ばれるようになり、数ヶ月ほど続いたあだ名だ。
 今の俺には死ぬほど似合わない。あの頃はまだ小さくて、活発な少年だったから、多分。

「それじゃあ、行ってまいる」

 そう言って、彼女は勢いよく立ち上がり、ピンを倒すため歩いて行った。さて、腕前はいかほどか。


「ケーキが楽しみだよ」

 そう言った俺の隣で「うぅ......」とうな垂れる楓。
 想像以上に楓が下手だった。俺も上手い方ではないが、途中から手加減しても勝ててしまうレベルだった。俺より先に腕の限界に達したのか、後半はガターを連発していた。『-』がスコアシートに並んでいた。

「よく勝負挑めたよね」

 俺は皮肉っぽく言った。

「私も自分が上手くないのはわかってたけど、こんなに大差をつけられるとは思ってなかった......先月二、三回ぐらい行ってたから、そこそこできる気がしてたんだよね。てか、悟が上手いのが悪い」
「何で俺が悪いことになるんだ......」
 
 上手いという自覚はないけれど、もしかしたら人並みにはできるのかもしれない。逆にスポーツ全般が得意な楓の苦手なものを見つけて、勝ち誇った気持ちになった。

「約束は約束だし、いつかちゃんとケーキ買いますねー。いつか、ね」

 なかったことにされそうだ。まあ、別に俺自身はそこまでケーキを食べたいというわけではないので、そんなに気にしないけど。

「あー、予定より早く終わっちゃった。どうしよ?」

 楓のプランではもう少し投げる予定だったのだろうけど、腕が早々に悲鳴をあげてしまったのだろう。

「帰る?」
「え」
「冗談だけど」

 眉間にしわを寄せて、睨まれた。

「帰りたいなら、帰ってもいいですけどー」

 楓は不貞腐れた態度をとり、吐き捨てるように言った。機嫌を回復してもらいたいけど、どうしよう。

「えっと、この後のご予定は?」
「この後? 帰宅?」
「当初の予定を教えていただきたい」
「ここを四時半すぎに出る予定だったけど」

 スマホで時間を確認すると、まだ四時にもなっていなかった。

「じゃあこの下のゲームコーナーで時間潰そうよ」

 彼女は目を輝かせ、「ナイスアイディア!」と『ディ』にアクセントを置いて言った。すっと立ち上がり、階段の方へ歩いて行った。どうやら、機嫌が直ったようだ。
 俺も立ち上がり、後を追うように下の階へ向かった。
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