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第一章

残念ながら、雨

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「雨だなあ」

 体育館に向かう途中、神崎がつぶやいた。楓の願い虚しく、体育祭当日は大雨だった。たとえ止んだとしても、グラウンドの状態から体育祭を行うのは不可能に近いだろう。
 先生の話をよく聞いていなかったせいで三日前まで知らなかったけれど、雨が降った場合、体育祭は延期されるのではなく、バレーボール大会に変更になることになっていたそうだ。楓の朝のテンションはとても低かった。彼女の様子からどれほど体育祭を待ち望んでいたのかが窺える。俺からすれば、授業が潰れるのであれば、正直どちらでも良かった。

「バレーってそんなに得意じゃないんだよなあ。お前は?」
「俺も得意じゃないけど、苦手ってわけでも」
「じゃあアシスト頼むわ」

 スポーツの中でバレーはどちらかと言えば、好きな部類だ。得意ではないけどね。

 体育館に入ると、ボールと床が接触する音がよく聞こえる。他にも体育館シューズが擦れる音、学生の笑い声などあらゆる音が耳に入ってきた。雨音はかき消され、ほとんど聞こえなかった。
 俺たちは遅い方だったらしく、入ってすぐに号令がかかった。クラス順で整列し、先生の長い話を聞き終えた後、準備体操に移った。何十回と聞いたことがある音楽に乗せて、念入りに身体を動かした。
 準備体操も終わり、一旦解散となった。

 チーム分けはすでにされていたので、俺はチームの人たちの元へ行った。一クラス三つチームを作ることになっていた。チームは自由に決めても良かったので、とりあえず、神崎とくっつき、枠が余っているチームに入れてもらった。

「天野ってバレー好き?」
「普通」

 いきなり一度もコミュニケーションをとった覚えのないクラスメイトくんに話しかけられた。パッと名前が思い出せない。誰だったかな。富田、いや、富岡だったかな。人の名前を覚えるのは不得意ではないと思っていたけれど、クラスで目立つタイプではない彼のことはどうも思い出せなかった。向こうは特徴のない俺のことを覚えていてくれたのに。

 好きか嫌いの二択で答えろ、と言われたら、好きと答えるけれど、普通という選択肢があるのなら迷わず普通を選ぶ。

「なあ、富永ってバレー部だっけ?」
「ああ」

 そうだ! 富永だ。神崎が話しかけてくれたおかげで、俺は名前を間違えずに済んだ。しっかり覚えとこう。バレー部の富永。
 普段、目立つタイプではないけど、少しテンション高めで積極的なのはバレーボールという自分の得意分野だからだろうか。

「じゃあこのチームの代表は富永でいいよな?」

 異論を唱える者はいなかった。俺の記憶が正しければ、富永以外にバレー部はいない。富永が適任だろう。

「うい」

 代表者がいると、統率がとりやすくなるし、プラスに働くことが多いだろう。チーム分けをした段階で、こういうことは先に決めておくべきだったのかもしれない。チーム分けをした日は本当にチームを分けただけで、誰が同じチームなのかもきちんと把握できていなかった。

「早速、練習始めよう。時間もそんなにないし」

 富永の一声で始まった練習。俺が言うのも何だけど、上手い奴はほとんどいなかった。みんなバレーボール初心者感が全面に出ている。その中でも神崎は様になっている方だった。苦手とか言う割にそこそこできてしまうのが少しムカつく。身長が高いのも有利に働くのだろう。
 一番動けている神崎を見た後に、富永を見ると、レベルの違いを感じさせられた。安定感はあるし、サーブの勢いも数倍はあるように見える。初心者の俺からしたら、あんな速いボールが飛んできたら避けたくなる。他のグループの練習風景を見ると、どこも俺たちのグループより少し上手いくらいで、大差はないように思えた。ちょこちょこ上手い奴がいるけど、おそらくバレーボール部員だろう。どのグループにも一人以上はいそうだ。

 楓はどうしているのだろう。朝、一緒に学校まで来てから一度も会っていなかった。体育館内をぐるっと見渡すように、捜してみた。すぐに見つかった。身長はそれほど高くないのに、目立っていた。それは彼女の持つ品格みたいなもので、オーラ的な目に見えないけど、何か他の人とは違うと感じさせるものがあるからである。
 バレー部には劣るが、かなり上手い方だと思う。しっかりトスは上げるし、サーブも決めている。ニコニコしてて楽しそうだ。体育祭でなくても、しっかり楽しめているようだ。

「天野!」
「ん? あっ」

 名前を呼ばれたので、振り返ったが手遅れだった。一瞬何が起こったのかわからなかったけど、思考が可能になり、自分の身に何が起きたのかを分析してみる。
 俺は今、倒れている。なぜ倒れているのかというと、ボールが直撃したからだ。分析をするまでもなく、状況を把握できた。俺は楓の練習風景に見とれていて、ボールが接近していることに気がつかなかった。せっかく神崎が俺の名を呼んでくれたのに。

「ごめん。大丈夫?」

 クラスメイトの渡辺が声をかけてくれた。謝られたので、多分、渡辺が上げたボールが俺に当たったのだろう。

「大丈夫大丈夫。俺がぼーっとしてただけだから」

 渡辺は悪くない。俺の不注意が原因だ。

 大丈夫、とは言ったが、液体が顎を伝うのがわかった。そして、何が伝っているのかも。

「鼻血出てんぞ」

 神崎がそう言い、肩を貸してくれた。先生からも心配されながら、体育館を出て、トイレに入った。

 洗面所で血を流していると、神崎がトイレットペーパーを持ってきてくれた。

「ありがとう」
「何ぼーっとしてたんだよ。南でも見てたのか?」

 正解。けれど、うん、と素直に言いたくなかった。

「上手い人のプレーを見てたんだ。参考にしようかと......」

 苦しすぎる。上手い人ならうちのグループにいるではないか。どうしてわざわざ他のチームのを見る必要がある?

「富永でも見とけよ」

 おっしゃる通りです。誤魔化しきれないと判断した。

「えーっと、あの時はちょっとだけ楓のこと見てたかな......ちょっとだけ」
「最初から素直になれよ。彼女のこと気になる気持ちはわかる。けどさ、迷惑だけはかけないようにしようぜ」

 神崎はポンと俺の肩を叩いた。なんかかっこいい。

「悪かった」

 鼻血が止まったので、合流した。が、すぐに全学生が集合させられた。練習時間はどうやら終わりのようだ。貴重な練習時間を無駄にしてしまった。俺が鼻血なんかに手間取っているうちに練習時間が終わってしまった。申し訳ないと思いながら、俺も列に並んだ。
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