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第一章

神崎の提案

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 五限目の国語で全科目のテストが返却された。
 数学は平均点を二点だけ下回ったが、それ以外の科目は全て平均点を超えた。英語はクラスで一桁に入るくらいの出来で採点ミスを疑ったが、何度答えと照らし合わせても点数は変動しなかった。
 
 授業中に行う小テストでは、返却時に先生から「もっと頑張れ」としょっちゅう声をかけられていた。
 今回はいつもと違い、「よく頑張ったな」と言われ、嬉しい気持ちもあったが、褒められ慣れていないためか気恥ずかしくもあった。

 これも楓が勉強に付き合ってくれたおかげだ。今日の帰り道、報告しておこう。それとお礼も。

「天野、どうだった?」

 神崎が五限終わりに話しかけてきた。まるで、同じ悲しみを共有したいとばかりに。

「まあ普通だな」
「もしかして、お前赤点回避したのか?」
「当然」
「裏切り者め」

 どうやら神崎は赤点をとってしまったらしい。今回のテストは現代文、古典、数学ⅠとA、英語表現、日本史、現代社会、生物基礎と化学基礎の全九科目だ。

 数学に関しては、この前の数学Aの小テストで神崎がクラス最低点を叩き出していたので、苦手であることはわかっている。俺も下から数えた方が早かったので、人のこと言えないけど。英語も同じく苦手なはずだ。単語テストで五割を超えたところを見たことがない。安定して三割くらいの正答率だった気がする。打率なら三割って悪くないんだけどなあ。

 他科目に関しては、よく知らない。けれど、少なくとも三科目は赤点になっていると思われる。化学の計算問題で俺の答えを写そうとしてきたので、化学も赤点だろう。あの問題、俺も間違えてたんだけどね。
 神崎は四科目赤点をとったと予想。

「何科目赤点だったの?」
「聞いて驚くな。八」

 八!? 聞いて驚いてしまった。いやいや、さすがに嘘だよな?「ハチ」と「イチ」を聞き間違えたのかもしれない。

「一科目だけか。じゃあ、そんなに悪くな......」
「八だ!」

 聞き間違えではなかったようだ。
 カバンに手を突っ込んで、くしゃくしゃになった解答用紙を取り出し、全て見せてきた。

 えーっと、俺の想像の上をいく男だった。

 数学、英語、化学に当たっては、予想通り赤点をとっていた。特に数学は酷くて、一桁だった。俺も楓がいなかったらこれくらいの点数をとっていた可能性は大いにありえる。感謝。

「逆になんで古典は赤点じゃないんだよ。これならオール赤点の方が面白かったのに」
「これ以上赤点を増やしてたまるか。古典はあれだ。千草の唯一の得意科目なんだよ。あいつも勉強はそんなに得意じゃないけど、古典だけは得意だから助けてもらった」

 おい。俺も裏切っていたから言えた義理ではないが、神崎も自力で何とかしたわけではないのか!何とかなってないけど。
 正直、自分だけ赤点を回避し、さらにそこそこの点数をとることができて、多少の負い目を感じていたが、そんなことを感じる必要はなかったようだ。

「そうなのか」
「お前は仲間だと思ってたのにな。もしかして、南さんに教えてもらったのか?」
「そんなとこ」
「......裏切り者め」

 二度目の裏切り者扱いをされてしまった。

「いや、神崎だって須藤さんに教えてもらってたじゃねえか」
「俺は一科目だけだ! それに、天野は南さんの邪魔はしたくないから~、とか言ってたくせに。学年一位の秀才に教えてもらえるとか羨ましすぎるだろ。イカサマだろ」

 イカサマではないと思うんだけど。確かに楓の助けは借りない、というか借りれないと思っていたから、あんな風に言ってしまった。そこに関しては俺が悪いのか?

 楓は新入生代表挨拶をしただけで、一位と決まったわけではないぞ。まあ、上位なのは間違いないけど。

「......悪かったよ。次からは自力で何とかするなんて言わないから。ちゃんと楓の力を借りる、と伝えておくよ」
「お前だけズルいな......」
 
 俺も努力してないわけではないからね? 一応、勉強はしたからね?
 
 神崎は何か思いついたのか、ニヤッと笑ってる。悪い顔だ。ろくな事を言わない気がする。

「いいこと思いついたんだけど、次の期末考査前、勉強会を開かないか? 南さんに勉強を教えてもらう会」
「嫌だ」
「即答かよ。親友の一生のお願いを訊いてくれよ」

 一生のお願い、とか久しぶりに聞いたぞ。楓に一生のお願いと言われて、何度も無理難題を押し付けられた小学校時代を思い出す。

「これ以上、楓の迷惑になるわけには......」
「そこを何とか! 千草も呼んで、四人で!」

 さらに増やすな!
 状況としては須藤さんがいた方が楓的にも男女の数が合って良いのかもしれないが、負担が大きすぎる。自慢ではないが、俺の学力の低さは神崎に匹敵する。今回は楓という最強の助っ人がいたから、なんとかなったが、勉強開始前の学力は神崎と大差ないだろう。

 俺が二人になってみろ......。考えただけでゾッとする。彼女は自分の勉強をすることができなくなってしまう。そう思うのなら、俺も質問するのをやめろ、という話なんだけど、彼女の頼みを聞き彼氏役を引き受けてるのだから、俺は良いよね? ダメかな。

「でもなあ......。考えておくよ」
「さんきゅーな!」
 
 そんな笑顔で期待されても困る。

 
「ということなんだけど、断っておこうか?」
 
 放課後、今日も二人で下校していた。五限目終わりに神崎と話していたことを楓に伝えていた。

「え、すごい楽しそうじゃん! やろうよ、勉強会!」
「でも、神崎は俺と同レベルの学力だし、神崎の彼女も勉強は得意ではないらしい。楓の負担が......」
「全然気にしないよ! 私、テスト期間そんなに詰めて勉強する方じゃないし、余裕あるよ」
「いつ勉強してるの?」
「毎日、予習復習欠かさずやってたら、テスト期間になって焦ることは全くないよ。だから、一日くらい勉強会で潰れても支障ないでーす! それに誰かに教えると、定着率がいいらしいしね」

 彼女は嫌な顔をするどころか、嬉々とした表情を浮かべていた。
 
 須藤さんとは面識があるのだろうか?

「神崎の彼女の須藤さんとは話したことあるの?」
「ううん。一度もないよ。クラス違うしね~。仲良くなるきっかけにしたいね」

 俺はどちらかと言えば、積極的に交友関係を広げていくタイプではないけれど、彼女は違うようだ。

「じゃあ、神崎に伝えておくよ」
「よろしくっ」

 こうして二人で帰っていると、付き合っているのが演技であることを忘れそうになる時がある。
 二人で休日遊びに行くようなことは今のところないし、話すのは登下校の時だけ。休日に会ったのはテスト期間の一度だけだし、連絡先を一応知っているが、毎日連絡を取り合うこともない。
 けれど、二人で話すこの時間が俺は好きになっていた。たまに一人で登下校することがあるけれど、最近では寂しさを覚えるようになっていた。人間、たった数ヶ月で変わってしまうものなんだな。

 俺たちがいつも別れる公園が見えてきた。

「なあ、今度二人でどこか出かけない?」
「急にどうしたの? 本当の彼氏になりたくなったの?」
「バカ。テストでお世話になったから、そのお礼みたいなものだよ。何か食べたい物ある?」
「なるほど! んー、そうだな~。最近、駅前にできたスイパラ知ってる? そこ行きたい」

 スイーツパラダイスのことで良いのかな? 駅前にそんなところあったかな。電車を利用することが少ないので、パッと思い出すことができなかった。

「場所はわからないけど、スイパラね。わかった。また都合がつく日あれば教えて」
「土日なら基本的に空いてるよ。部活もやってないし、友達と買い物に行くくらいしか予定ない」
「了解。また連絡するよ」

 彼女は「待ってるね~」とご満悦な表情をしながら、言った。

 公園の前で別れた後、勉強会を開催できるようになった、という趣旨のメッセージを俺は神崎に送っておいた。
 一分もしないうちに、返信がきた。俺に感謝しているようだったが、本当に感謝すべき相手は俺ではなく、楓だ。
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