砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

文字の大きさ
上 下
231 / 262
砂漠と餓鬼と塵芥編

砂漠と餓鬼と塵芥18

しおりを挟む
『Bar ミュルデポニエ』はウエストサイドストーリーに出てくるような古びたレンガ造りの集合住宅、その半地下に構えた店だった。建付けの悪い分厚い合板のアーチドアを開けて入ると、立ち飲み用のハイテーブルが四脚に、五~六人が座れるボックスソファ席一つ、カウンター五席と小ぢんまりとした店内だった。飾り気のない打ちっぱなしコンクリートの壁にはキープボトルと思わしき酒瓶がずらりと飾られる。
 傘がついただけの裸電球の灯りに羽虫が飛び交う中、常連と思われる数組の客が立ち飲みし、ソファ席の客と歓談してなかなかのにぎわいをみせている。カウンターには端の席に後ろ姿で一目で女性とわかるパンツスーツの客と、白金のワンレングスに白銀のスパンコールボディコン姿のバーメイドがなにやら話し込んでいた。

「店ごと私を買いあげるって……」

「もったいなかったんじゃ……」

 そんな会話が聞こえてくるカウンターに向かい、女性客とは反対側の席に座ろうと手をのばす。

「金持ちで下品でセンスのない男は願い下げね。顔なんかいくらでも変えられるんだし。ねぇ、オジサマ。何飲む?」

 女性客と話しながらフレンドリーにこちらに話しを振りつつオーダーを聞いてくる。一人で切り盛りするのに慣れているなかなかのやり手と感じる接客だ。

「貧乏で下品でセンスなしだったらどうしてた?」

「大歓迎よ」

「安心した、それなら席に座れる。ジンをくれエクストラドライの、氷いっぱいのグラスになみなみとね。ライムたっぷり、あと炭酸水に君の分のドリンクも」

「ごめんなさい、気前の良いお客さんはお断りなの」

 魅惑的なアルカイックスマイルをこちらに向けて酒のメイキングを始めるのでジョークだと受け取る。


「オジサンここ初めて?」

 女性客が聞いてくる。黒髪を後ろ結びにそばかすがあり小顔で丸いリスのような目と笑くぼで愛嬌のある顔だ。美女というほどではないが好感がもてる。

「まあ、初めてってかこの街には昨日来たばかりだよ


「じゃあ旅行者? トレーダー?」

「いや、相棒の付き添いさ」

「その相棒さんは?」

「すぐそこのホテルでおねんねしてる」

「え、そこのホテルってホールディングハウス?」

「まあね」

「リシュ、私のお客様とらないで。はいジンと私はベルモット頂くわ」

 いきなり質問攻めされるオジサンに助け舟で入る女店主と静かな乾杯をする。

「ようこそミュルデポニエへ」

「素敵な夜になりそうだ」

「それでそれで、オジサンってホールディングハウスに泊まってるの? 私の家もそこなんだ」

「にぎやかな夜になりそうだな」



 そして酒はすすみ、気分も良くなってきたオジサンは女店主とリシュと呼ばれた女性客に奢りつつ、楽しいひと時を過ごし、さて深酒にならないようアクタのこともあるしと、店を出ようと会計をお願いしたのだが……



「しまった、財布を忘れた……」 

 クレジットを収めたデバイスは持ってるものの、チェップを入れた小袋をホテルに置いたままだったことに気付く。

「あらあら、オジサマ。初見でツケ払いはできませんよ」

 今まで和やかに妖艶な笑みで接客をしていた女店主のオーラがピリッと張り詰める。
 
「私が立て替えてあげる」

 助け船を出したのはリシュだった。同じ建物に住んでるからちゃんと返してくれるとでも思ったのか、それにしても警戒心が薄い。

「返すとはいえ、女性に奢られるのは俺の主義じゃないんだがな……」

「いいの、その代わり結婚して」


 ……。


「ファッ?」


 オジサンはもとより接客のエキスパートの女店主も刹那に固まった。もし後ろで騒いでいる常連客の耳に届いていたなら彼らもまた沈黙したであろうが、幸い賑やかな雰囲気に水を差すことには至ってなかった。

「ちょっとリシュ…… もしかして……」

「うん。あの件」

「結婚だと…… あのな、自慢じゃないが俺は美人局はすでに経験済みでな、いまさら結婚詐欺ごときにひっかかるか!」

 “ほんっとに自慢にならないですね” 

 黙りねぃ!


「詐欺じゃない証拠に、もうすぐパパが来るから挨拶して」

「知ってる知ってるぅ。それってこわーーーいお兄さんくるんでしょ。俺知ってるんだから。スパイクの付いた皮のベストに真っ赤なモヒカン頭でガトリング小脇に抱えてさ、 “おめぇ俺の女に手ぇだしたな。三つ数えるうちに有り金と持ち物全部置いてきな。イーチ、ズガガガガガガガ!!” って蜂の巣にされるやつだ」

「有り金ないじゃん。持ち物も小汚いカーキのシャツとパンツに古臭い拳銃PL-15Kと軍用マチェット。それじゃあガトリングの弾薬代の方が高くつくじゃない」

「仰る通りで、ってかずいぶん銃器に詳しいな。じゃあ何かい? 本当に飲み代払ってくれて、ついでに君みたいな魅力的な人と結婚できるってのかい?」

「話の流れ的には確かに結婚はついでかもしれないけど、ちょっとイラッとくるわね。でもそういうこと」

「じゃあそのまま今日は初夜ってランデブー? 帰るとこ一緒だし」

「しちゃう?」

「しちゃおっか!」


 “ふせて!” 


 オジサンがテンション高めの返事をした時だった。
店のドアの蝶番が吹き飛び分厚い合板アーチドアが蹴破られ倒される。
 店内に響くモーターの駆動音。割れる酒瓶。破裂する裸電球。えぐれるコンクリ壁。叫び声も掻き消される機関銃よりもけたたましい銃砲。鳴り止み。そして。


「全員動くな!」


 拡声器から発せられる。

 意図的に人の高さから弾道を外した威嚇なのだろうが、店内は見ずとも半壊していることは想像に難くない。
 暗がりのなかオジサンはリシュを抱えて伏せていた。頭から被ったガラを振り落としそっと顔を向ける二人。街灯に照らされ逆光で浮かび上がった姿は小脇にガトリングを抱えスパイクが全身に立つ強化外骨格だった。



「ほら、俺の言った通りじゃん。ずいぶんワイルドなパパだね」

「ちょっと見ないうちにイメチェンしたのかも」

「おっと」

 泣きべそ一つ見せずにサラッ返すリシュに少しだけ不意を突かれたオジサンであった。


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


拙作の読者様はおそらくほとんどの方がワンレンボディコンを知ってる年齢層だと思うんですけど、若い読者様がいるかもしれないので説明します。

まずボディコンはボディにぴたっと張り付いてボディラインを強調するような素材を使った服の全般です。
日本だと一般的に肩なしで胸までのチューブトップをイメージする人が多いですけどね。
ちなみに作中に登場するのはチューブトップです。

ワンレンはワンレングスの略で、昨今流行りの前髪ぱっつんではなく、後ろ髪と前髪の長さが同じに切りそろえた髪型のことです。
バブル時代のワンレンというと、ロングヘアでしたけどね。
作中ではロングヘアです。

つまりバブルです。
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

処理中です...