砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

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砂漠と餓鬼と塵芥編

砂漠と餓鬼と塵芥16

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 “フハハハハハハハ! つまりレビューというのはオペラやミュージカルといった大掛かりな舞台演目ではなく、飲み屋や小劇場といったところでメインに行われていた大衆娯楽をさすのだ。だが19世紀も半ばになると誕生したばかりのトーキー映画が瞬く間に流行り始めてな……” 

 あ、オジサン起きた

 “まて、ここからが歌劇の歴史の大転換点なのだぞ。劇場の舞台からスクリーンへと移行する……”

 ごめんね、また後で!

  “ぬぅ……この魔王ダーの歌劇史概論を差し置いて……” 

「オジサンおはよ!」

 着の身着のままベッドに倒れ込んでいたオジサンは朝もだいぶ過ぎた昼前になって目が覚めた。隣ではアクタがヘーゼルカラーのクリクリした眼で覗き込んでいた。

「アクタ……か。おはよ。ん? アクタ、お前……まさか……」

「なに?」

「風呂入ってさっぱりしたな! 髪の色なんか二段階くらい薄くなって、アトレイユからビョルン・アンドレセンに早変わりだな」

「ア、アトレ……、ビョルン?」

「『ネバーエンディングストーリー』に『ヴェニスに死す』だ。ダーに教えてもらえ。その間俺はちょっくらシャワー浴びてくる。そしたら飯でも食って観光でもするか!」

「やったぁ! 早く出てきてね!」


 ねぇねぇ、今度はネバーエンディングストーリーにヴェニスに死すだって! 教えて!

 “フハハハハ…… 我はなにか? アマプラ? ネトフリか? まあいい。だが『ネバーエンディングストーリー』はいいとして『ヴェニスに死す』だと。アクタにはまだ早いだろうが” 

 僕には早いの?

 “少なくとも子供が見て楽しめる作品ではないな。映像美や音楽は素晴らしいが……キモいおっさんが美少年のケツを追っかけ回すという映画だ。ネバーエンディングストーリーの方は楽しめると思うぞ。そらダイジェストだ” 

 うわっ! へぇ~、本の世界の話なんだね。この人がアトレイユ? あ、なんか大っきい岩の巨人とか亀とか。犬の顔したドラゴンも! 


「よし、行くぞ」

「え!? オジサンもう出たの⁉ はや!」

「早く出てきてと言ったじゃないか。それに俺は元々カラスの行水だ」

「カラスの行水ってなに?」

「ダーに教えてもらえ」

「うん!」

 ねえ、ダー!

 “……このおっさん言うだけ言って、全部我に説明させるつもりか?” 



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 自分達の手持ちの食料でブランチ(朝昼兼用)をすませ、路駐してある武装バイクに乗り込む。いつものようにオジサンの膝の上にちょこんと座るアクタの頭髪より爽やかな香りとふわふわとした癖のある薄い琥珀色の髪が鼻をくすぐる。以前焦げた飴色だった髪は洗髪によって本来の輝きを取り戻したようだ。

「なんか触り心地も良くなったな」

 オジサンがワシワシと髪を撫でると、えへへ~と甘えた声をだして腹にもたれかかる。

「今度からもうちょっとまめにお風呂入ろっと」

「そうしろそうしろ。ノミだのシラミだの湧いたら面倒くせぇからな」

「タカタカ砂漠から出るガスのおかげでその辺は大丈夫みたい」

「それ有毒ガスぅ! ノミシラミのほうがマシぃ!」


 車を走らせ物資の補給のために市場へ向かう。運河をそって大小様々な工場や倉庫が建ち並び、その内側に商店が数多く並んでいた。商店といっても建物を構える店舗はほぼなく、テント型の店舗、早い話が屋台で多くの店が営業していた。店によっては屋根も壁もなく、路上にシートを広げただけのスタイルで商いをしているところもあった。

「なんかガーヴィレッジの市場と似てる。こっちのほうがずっと人が多くて広いけど」

「このゴチャゴチャした雰囲気はどこの街もかわんねぇな。ってか缶詰地雷だの空缶閃光手榴弾置いてる横で普通のツナ缶だの缶ジュース売るのやめろよ。危なかっしくてしょうがねぇな」

「オジサン見て見て、こっちは炭火串焼の隣でガソリンの量り売りしてるよ」

 アクタが指差した店は、モクモクと煙を上げて正体不明の肉だか魚だかを焼いている横の店舗で、ステンレス樽から伸びるホースで、空き瓶に液体を詰めて量り売りしていた。樽はボルトが緩んでいるのかポタリポタリとあちこちから中身が漏れている。

「アクタ、早くここから離れるぞ」

「大丈夫だよ。これガソリンって名前のお酒みたい」

「んだよ、紛らわしい」

 お兄さん飲む? としわくちゃな顔をし、パイプを口に咥えたかなりの高齢と思える男から盃をだされる。
 ああせっかくだから一杯もらうか、とハーフショットくらいの味見用だろうと思いオジサンは受け取り口に含もうとする。

「ウィスキーの倍はアルコール強いから気をつけてね~ 盃ひと~つで~ダウンさ~♪」

 その聞いたことがある旋律に盃を男に突っ返すとアクタの肩をつかんで逃げるようにその場を去る。

「アクタ、やっぱりここから離れるぞ!」

「うん! やっぱりやばいの?」

「あの爺の話が本当ならアルコール度数80%だ。炭火焼の舞った粉火で着火するぞ。しかもその隣は自作爆弾用の爆薬量り売りの店じゃねーか。一歩間違得れば周辺吹っ飛ぶぞ」

「えぇぇぇ!!」

「買うもの買ったしとっとと行こうや」

「わかった!」


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 次に二人が向かったのは『エウレカタワー』というビルだった。せっかく高い建物があるのだから登れる所に行こうと、二人が泊まるホテル『ホールディングハウス』のフロントで聞いたところ案内された場所だ。
 地下階はカジノ、地上階付近は高級ブランドと思われるテナントがガラス張りの工房を併設して並んでいた。通路から職人が一点一点作っている様子が窺える。


 プリンタで殆どの物がコピーできるこの時代に一点一点ハンドメイド。それが一番の高級品になるとはな。

 “オーダーメイド、受注生産の一点ものでしょうね” 

 だな。

「すごいなぁ、僕も服自分で作ってるけどレベルが違うなぁ」

「そりゃ、ボロキレつなぎ合わせただけの貫頭衣と金持ちゴージャスさん達向けの服とじゃな……だが作ってるだけでもお前は凄い」

「へへ~、あ、あそこからスカイデッキだって」


 展望スカイデッキのある地上280メートルの地点まで20秒で到達するという高速エレベーター前に列ができていた。

「一人1000チェップ⁉ あの、子供割とかは……」

「無いです」

 にべもなく断られ、しかたなく2,000チェップ払って展望へ登る。展望スカイデッキに着くなりアクタは走る。展望窓に激突せん勢いで張り付き声を上げていた。オジサンももし他に観光客や守衛がいなかったら、窓枠に張り付いて叫びたいほど内心盛り上がっていた。

 “地上300メートル92階。2007年メルボルンで竣工当時は世界で最も高いタワーマンションだったそうです” 

 こりゃいい眺めだ。なるほど、大河の支流で運河が形成されているのか。向こう側は見渡す限り砂漠しかねぇな。あそこに見えるのは糞爆弾猿の廃ビル郡か…… 帰る時は迂回して行くぞ。

 “オドパッキ様もご存知なかったところをみると最近住み着いて繁殖したんでしょうね” 

 そだな。そういえばさ、俺ってこっちのこと辺境の島かなんかかと勝手に思ってたけど、そうでもなさそうだな。

 “単にハンターユニオンが未開拓な大陸でしょうね” 

 ポラリスのやつもこっち側は手を出さなくて大丈夫と見越したのかな?

 なんでこの街だけ略奪もなくきれいに残ってんだろ?

 “街に一通りの設備がコンパクトにまとまっている。運河に囲まれシンガポールのような小国の軍隊でも防衛が可能だった。知的水準や倫理観が高い住民が締めていた。周辺に高火力の機獣が少ない、などなど様々な要因が偶然重なったからでしょうね” 

 なぁ、こっち側も量子コンピュータ捜索しないといけないわけ?

 “まぁ、そうでしょうね” 

 こっち側ってさ、ハンターユニオンないじゃん。

 “そのようですね。

 ユニオンないとさ現地妻経費使えないじゃん。

 “そうですね” 

 だからさ、適当なこといってユニオン支部作ってからにしようぜ、量子コンピュータの探索。そうすれば女も金もウハウハじゃん。

 “相変わらずのゲス野郎で安心しました。最近父性に目覚めたのか優しい目ばかりしてたものですから、私としてはやりづらくてしかたなかったんですよ” 

 お前さ、もう少しオブラートに包むってこと覚えようか。
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