砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

文字の大きさ
上 下
228 / 262
砂漠と餓鬼と塵芥編

砂漠と餓鬼と塵芥15

しおりを挟む
 制限速度を守りのんびりと走る武装バイクから覗くオルドゥールの街並みは清潔感が溢れていた。過去オジサンが巡ってきた街とは一線を画し、半壊したビルやバラック小屋などが視界に入ることは一見なかった。流石に建物の老朽化は隠せない面はあるが、まめに修復され、メンテナンスが行き届いていることが窺える。
 オフィスビルと高級ホテルが建ち並び観光地のような光景は、ハイウェイをぬけ郊外に近くなるにつれその雰囲気が変化していった。

「なんかだんだんビルがなくなって、建物がボロボロになってきたね」

「まぁ、そういうもんだろ」

「この辺りは低所得者の居住区だ。ご多分に漏れず中心街は富裕層、それを囲むようにして低所得の居住区、一番外側に工場や田畑がある」


 牽引されるリアカーに乗るタコ坊主とアクタ達がどうやって会話しているのかと言うと、オドがリアカーに積んでいたゴムホースの両サイドに漏斗を付け、それを運転席から繋ぎ即席の伝声管にしていた。先ごろの糞爆弾で死にかけたための措置だ。もう遅いが。
 四半刻も走ると、高さは無いが広い敷地を専有する無骨で飾り気のない建物が見えてくる。この辺りで一番大きな工場のようだ。


「あの工場だ。裏手の門に止めてくれ」

「オ、オドさん? こ、こんなおっきな工場でなおすの?」

「そうだ。ここなら一通りの設備がそろっている。といってもこの大きい方の建物自体は製造ラインだから、実際に俺が作業するのは裏の研究開発室だけどな」

「どっかの街工場みたいなところに行くのかと思ったぜ。これもしかして半導体製造工場か?」

「ああ、元は、な。今は電脳製造にかわっているが」

「なんで、こんなところに伝手があるんだよ。なんか想像つくけどさ」

「大体ご想像の通りだ」

「そうか、工場に仕出しする弁当屋だったか…… 大変だよなアレ。俺もバイトしてたけどさ、ひたすら同じおかず詰めるの苦痛でさ……」

「どんな歪んだ想像したらそこに辿り着くのだ?」

「ギャグだよギャグ」

「この工場の偉い人なのオドさん?」

「偉いかどうかわからんが、自由に出入りを許されている人間だ。さ、ここで止めてくれ」


 二車線ほどもある幅があるスライドゲートの脇に止めると、タコ坊主は武装バイクに繋ぐフックを外し作業道具の入ったリアカーを引っ張っる。

「こっから先はお前らは入れない。アクタ、電脳を渡してくれ」

「はいこれ。お願いします」

 マムの電脳を受け取ったオドパッキは、普段みせるエンジニアとしての真剣な表情とはまた違った、顔をみせる。といってもタコ坊主の顔の表情など違いはアクタくらいにしかわからないが。

「アクタ、一つ聞きたい。これをなおす費用は10万チェップかかる。今お前が身につけている電脳はこのマムの電脳より何倍も性能が良いとみえる。10万も払えばさらにより何倍も性能が良いのが買える。それでもこれをなおすか? 元のマムの電脳に戻らないこともわかったうえで」

「うん!」

 一切躊躇も迷いもない真っ直ぐな返答だった。

「そうか、愚問だったな。なぁおっさん」

「ん?」

「宿はこのホテルを使え。友達割はないがうちの社割が利く、少しは安くなるだろ。このカードをフロントに出せ」

「え、俺やっすいやっすい木賃宿でいいんだけど」

「安心しろ、そこもホテルとは名ばかりで似たようなものだ。なんせここの社員寮も兼ねてるからな。それに良くわからん宿に泊まっても連絡が取りづらいだろ」

「え、別に俺ならそこの工場の敷地借りてテントでも大丈夫だよ。連絡取り放題」

「僕もオジサンと一緒なら野宿でも大丈夫だよ」

「いいからそこに泊まれ。こんな所で野宿なんかしたら通報されて衛士が来て留置所にぶちこまれるぞ。この街は有線の通信網が要所にちゃんとあるんだからな」

「ああそれなら大丈夫。留置所みたいな所で泊まるの俺慣れっこだからどうってことないよ。下手すりゃその方が金かかんないじゃね?」

「ちゃんと! その宿に! 泊まれ!」 

「冗談だって。そんな大声出すなよ、守衛がびっくりしてるじゃないか。アクタがいるのにそんなことするわけないだろ」

「お前のせいだろ! ……二、三日後に連絡する。大人しくしてろよ。問題起こすなよ。のんびり観光でもしてろ。無駄金は使うなよ。金欠になっても知らんぞ。じゃあな」

 言いたいことだけ言って、タコ坊主は踵を返すとリアカーを引っ張り厳重なセキュリティのかかったゲートを、ノーチェックで入って行くのだった。



「まったく、職人肌で生真面目で小言が多いな」

 “誰のせいですか。それよりそのカードの社名見てください” 

 ん? オルドゥール・オクトパス・オドパッキ・オーガナイゼーション。略称O・O・O・O(クアドラプル・オー)

「ま、思った通りだな」

 カードをみながら、鼻でフッと息を吐き出し呟く。

「なにが?」

「アクタ、やっぱりアイツは……オドは……」

「うん」



「タコだったわ」

「え?」

 “そこじゃねーよ” 



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



「創業者かもしくはその一族だな」

「それって社長とか副社長みたいな偉い人ってこと?」

「社長か副社長か知らんが、少なくとも役員以上だな」

「役員って?」

「取締役とか経営責任者とか専務と常務とか会社経営の中心を担う人だ」

「じゃあやっぱり偉い人なんだオドさん」

「たぶんな。なんでガーヴィレッジみたいなゴミの街でくすぶってるのかわかんねぇけどよ」

「僕の依頼があったからオルドゥールに来たわけだもんね。あ、でも、そういえば何日かお店休んでたことあったかも」

「もう、会社は引退してて、なんか大事な要件があるときだけ来てたのかもな。さ、着いたぞ、ここがタコ坊主が泊まれ泊まれとうるさい高級ホテルさんですか、と……」

 二人が仰ぎ見る建物は赤レンガ調の古びた集合住宅。通りに面した外側に鉄骨の非常階段がせり出し、隣接する建築物も色合いが違うだけでデザインや作りはよく似ている。そのような似た建物が通りを挟んで向かい側にも一様に並び、路面にはずらりと路上駐車が停まっていた。

「なんかまるでウエストサイドストーリーの世界だな。違うのは路駐の車が武装されてるってことだ」

「ウエストサイドストーリー? なにそれ?」

「説明するの難しいから、こういう時こそアクタの自分の電脳に聞いて映像でもだしてもらえ。その方がわかりやすい」

「うん」

 だってダー、見せてくれる?

 “この魔王ダーをずいぶん安い使い方してくれるな。まぁいい。貴様の脳内にウエストサイドストーリーの名場面を観せてやろう。ほれ” 

 うわっ、頭の中に映像がながれてる! あ、本当だこの街よく似てるね。え? なんでずっと指パッチンしてるの? え? なんで、踊りだすの? え? なんで喧嘩してるのこの人たち。さっきまで一緒に踊ってなかった? 

 “フハハハハ! 良いツッコミだ。だがミュージカルとはそういうものだ。歌と踊りがメインだからな。これは演劇の一ジャンルなのだ。そもそもウエストサイドストーリーはオペラのロミオとジュリエットが題材であり……” 

 ふんふん。

「おい、いつまで電脳の説明聞いてんだ。ホテル入るぞ」

「あ、ごめーん」

 じゃ、またあとでねダー。

 “ぬぅ……この魔王ダーが歌劇のなんたるかを説明しようとしたときに……” 


 その日はチェックインを済ませた後、部屋に入るやいなや背嚢をおろしベッドに寝転ぶと、オジサンは旅の疲れかすぐに寝落ちしてしまった。アクタが叩いても耳元で叫んでも起きることはなかった。とはいえ狭いながらも初めてのホテルに高揚し、オジサンの隣にもぐり込んで魔王ダーと尽きぬ会話を楽しむも、自身もやはり寝落ちしてしまうのだった。
 まともなシャワーを浴びそれなりに柔らかいベッドで寝るのは、あのゴミ処理場の居住施設以来のことだった。なんだか少しだけ懐かしを感じる部屋だった。
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...