220 / 262
砂漠と餓鬼と塵芥編
砂漠と餓鬼と塵芥7
しおりを挟む
アクタを飯に誘ったもののオジサンは村のどこになにがあるのか知らないし、アクタも飲食店の場所は知っていても入ったことがない。ピッカー用の屋台は多いがまともな店を構えている飲食店など限られていた。そのうちの一つである『居酒屋 ジャンクコレクション』で二人は今日の打ち上げを始めていた。まともといっても朽ちたコンクリ壁と積んだだけのコンクリ瓦礫にモルタルを塗ったくっただけの石壁で周りを囲い、正面の観音開きのドアはどう見ても海上コンテナに使用されていたやつを流用している。屋根はおそらく太陽光パネルを溶接したもの。当然発電なんぞできるはずもない。縦に割って寝かせたドラム缶の上にトタン板が張っただけのテーブル、椅子は一斗缶であればまだいい方、数本のパイプをただ半円に溶接しただけの椅子や一度プラ樹脂が溶解して不定形に固まった、まるで座ることを拒否する椅子が店内に並ぶ。幸いまともな部類の席に着けた二人は瓦礫壁に貼られるメニューを見廻す。畜産が盛んな村だけあって畜産物が豊富にあるかと思いきや殆どが富裕層が住む都会に送られているため肉は合成物らしい。卵や乳製品は多少余るのか比較的低価格といえた。このあたりで酒といえばトウモロコシで作った蒸留酒のコーンウィスキーを水やソーダ、ジュースで割るか、もしくはそのまま飲むのが一般的なようだ。
オジサンの前に子犬が入りそうなくらいな口径の大砲の薬莢を輪切りにしたジョッキに氷を詰め、ダバダバと透明なウィスキーとソーダがなみなみ注がれたハイボールが届く。アクタには天然ミックスフルーツジュース(天然果汁1%)にした。
お疲れ! とオジサンがグラスを差し出すとアクタはキョトンとしてこちらの顔をのぞいたあと何かを察してグラスをカチリと合わせ、お疲れ!と周りの喧騒に負けない元気な声で叫んだ。乾杯をしたあとジュースを口にしたアクタはより一層目を輝かせ、大事に大事にジュースをチビチビと飲む。ジュースは今まで誰かが飲み残して路上に捨てた物を飲んだのがただ一回だけだったらしい。ふぅと一息両者は人心地が付いたあと、先に口を開いたのはアクタだった。
「オジサンはどうしてこの村に?」
「ん? ああ、量子コンピュータを探していてな……」
「量子コンピュータ?」
「ああ、昔使われていたコンピュータでな、電脳が出てくる前はそれが使われていた。それをオジサンは探しては破壊する仕事をしていてな。もしアクタが見かけるか、知ってる奴がいたら教えて欲しいんだけど、そう上手くはいかないよな」
「どんな格好なの?」
「ん、こんなんだ」
手帳ほどのタブレットに映し出された動画にはまるでシャンデリアのように複雑でキラキラ光る造形をし、そこの幾本ものチューブのようなコードが繋がれた物体があった。
「これはコンピュータの本体でだいたい頑丈なケースに納められている。これが一台のときもあれば数十数百台並んでる場合もあるんだ」
動画を見たアクタは飲んでいたジュース口からこぼしながら、これ知ってる…… と呟いた。
「マジですか⁉」
「タカタカ砂漠にあるゴミ処理施設…… 僕が生まれた場所……」
「またあの砂漠かよ! っていうか今頃もう他のピッカーに荒らされてるんじゃないか?」
オカッパ頭をファサファサと揺らしウンウンと首を横に振る。
「無理だと思う。だってタカタカ砂漠の深い奥地だし沢山械獣出入りしてるし気付かれない様に入ったとしても、その量子コンピュータがある部屋は建物の地下でその道知ってるのたぶん……」
「そこで生まれたアクタだけってことか」
「うん、たぶん」
「どうしてそんな物を探してわざわざ壊してるの?高く売れそうだけど……」
「詳しく説明すると長くなるんだよなぁ。この世界っていろんな無線通信が使えないだろ」
「無線通信って遠くの人と話す方法でしょ? よく行くジャンクショップのオドパッキさんに教えてもらったことある」
「会話だけじゃなくさっきの動画とか画像とかデータに変換できるものならなんでもだ」
「えっ凄い! でもなんで今できないの? オドパッキさんも教えてくれなかった気がする」
「知らないだけさ。つい最近まで原因不明だったんだから。それも詳しく話すと長くなるなぁ。要はさっきの量子コンピュータがその原因の一つなんだ。だから世界各地にあるそいつらを破壊すればまた無線通信が復活する…… 可能性があるんだ。無線が復活すれば俺たち人間の社会生活はグッと向上する…… はずなんだ」
「へぇ~、オジサンはじゃあ、世界のために冒険してるんだ!」
「え? あ、ま、まぁ、そういうことになるかな。世界の困ってる人のために旅をしてるんだよオジサンは」
「わぁ、なんか憧れちゃうなぁ……オジサン格好いいなぁ……」
「よ、よせよぉ~照れるだろぉ」
“本当は世界各地に現地妻を作るためなんて口が裂けても言えませんよね……”
(黙りねぃ! ちゃんと依頼を受けてやってる仕事だろうが! 現地妻は、ほら、その、ご、ご褒美みたいなもんだろうが!)
そんな会話をしつつもオジサンの目的地はまたもやタカタカ砂漠と決定する。
うんざりした顔を見せるオジサンに、アクタはキラキラ輝かせ期待を籠めた瞳を向ける。
「なんにせよ、しゃあねぇな。じゃあ先生……」
「うん!」
「明日もよろしくお願いいたします!」
「やったぁ! 任せて!」
「その前に」
「うん?」
「前祝いだ! 好きな物食べろ! 全部俺の奢りだ!」
シンプルなコーンクリームスープは皿を舐め取って綺麗にしたくなるほどコーンの甘みが出ており、芋にチーズと合成塩漬け肉を乗せてオーブンで焼いた物は生クリームであえられシチューのように濃厚な味わい。砂抜きして白ワインで煮込んだナマズのような川魚はホロホロと白身が柔らかく、ドライトマトの旨味とケイパーの程よい酸味とブラックオリーブがアクセントで口に運ぶ手が止まらず、貴重な本物の牛の肩ロースの肉塊に岩塩をこれでもかと振り掛けて直火でじっくりと焼いた、どっちが縦だか横だかわからないステーキは焼けた岩塩が香ばしく口の中で弾け、溢れる肉汁と混じり合いある種のスープとなって喉を潤し口内に残った肉を腹の中に流しガツンと胃袋から落下音をさせる。
「オジサン……」
「ん?」
「しあわせ~」
「そりゃそうだ。美味い飯ほど人生を幸せにする物はないからな」
過酷な世界を生き抜いてきたアクタの目は会ったときからいつだって曇ることはなかったが、今だけは蕩けて別の生物、いやマスコットのようになっていた。オジサンはその姿に数十年生きてきて初めての感情をまだ言語化できずにいた。
オジサンの脳内に潜むAIはだまって優しくその光景を見守るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明日の出発はまた夜明け前と早いのでアクタはお腹と別の何かが満ち足りた表情で帰っていった。オジサンは酒場に戻りテーブルからカウンターへ席を移る。数個のドラム缶にステンレスの板を貼り付けただけの雑なカウンターテーブルに並ぶ、バーチェアがわりの脚立に座ると一人飲み始めた。先程まで飲んでいたハイボールは熟成も何もされていない透明な蒸留酒ベースであったが、今傾けているグラスを満たすのは数年間樽熟成された琥珀色のコーンウィスキー。手にするグラスは園芸用の手のひらサイズのブリキ製ミニポットだった。溶けゆく氷を見つめてはカラカラとグラスを振ってそろそろお暇しようとしていたときだった。
「おやまあ、 “オジサン” まだいたのかい」
聞き覚えのある酷く癇に障るしゃがれ声はつい先程嫌というほど味わったばかり。コンマ数%でも自分のことではないことを祈りながらも、その希望は早くも打ち砕かれる。
ヒョウ柄が目の端にチラリと入る。一つ空けた隣のカウンターに着いたようだ。
「ずいぶんと懐かれているじゃないかい」
「アンタにゃかなわねぇ。なんでこっちに座る」
「不幸そうにしてるやつの顔を見るのはアタシの大好物でねぇ」
「いい趣味してやがるな。残念ながらそう不幸でもないぜ俺は」
「そのわりにアタシにキレたこと後悔してそうな面してるけどね」
「……」
「ヒェッヒェッヒェッ…… その面だよ」
返しがないことから二人の間に沈黙が流れる。酒場は酔っ払い達もひき始め、先程までの喧騒が静まっていく。オジサンは懐から取り出した長煙管に葉を詰め火をつける。それからたっぷりの間を置いてからズバールは口を開いた。
「馬鹿な男だね、黙って連れ去っちまえばいい、あんなガキの一人や二人。そんでどこかで売っ払っちまう、そんな算段じゃなかったのかい?」
「アンタこそさっさっとケツ持ち組織に売りゃいいだろうが。少しはまとまった金になるんじゃないか」
「さっき言ったこと信じてるのかい? そんなケツ持ちこんなババアにいるわけないだろう。この村にいるのは国都から来てる税金食いのやっかいな武装警備隊だけさ。残念だったね」
紫煙をたっぷりと吸い込んだオジサンは、深く吐き出しながらズバールに目をやる。安いだけのアルコール臭い透明な合成酒をロックで飲んでいるようだ。
「アンタ、わざとカスみたいな小遣いしか渡してないだろ」
「他の店の売値知ったら嫌気がきてさっさといなくなっちまうと思ってたんだけどねぇ、なかなかしぶといよ」
「なんのためだ?」
「アタシが世話してやったなんだ。それぐらいしてもらって当然だろうが」
ズバールさんはボクの命の恩人なんだ───
「あのガキは純粋過ぎる。どうせいつか騙されてロクな目に合わないさ。自分で酷い環境から抜け出す術くらい身に付けないと───とんでもない目に遭う───アタシみたいにね」
他より全然少ないことだって知ってる───
「それが本音か」
「───さぁね」
長煙管の火はもうとっくに消え、二人の間に再び沈黙が流れる。合成酒を呷りミニ鉢のグラスを空けるとズバールはなにやら語りだす。
「この村はね、一見のどかで平和そうだろ。でもね、村民にかかる国都の重税はなかなかのもんだよ。払えなければあっという間に家土地財産うばわれゴミ拾いに落ちぶれちまう。広大な土地を必要とする畜産は特権階級のやつらが牛耳ってるし、アタシ達は皆爪に火をともすような生活だ。弱いものは奪われる。あんななりのアクタが金を持ったところですぐに身ぐるみ剥がれるのが関の山だよ」
ピッキングは恩返しなんだ───
「そうかもな。悪いが明日はアクタとのデートが早くてな、これで失礼する」
カウンターに置かれたのは数粒の硬貨。
「置いとくぜさっきの迷惑料がわりだ」
「気が効くじゃないか」
「まだ会って二日だけどな、アクタは純粋かもしれないが馬鹿じゃない、むしろ聡明だ。それでもアンタを見る目はなにも迷いが感じなかった」
「それを利用してアタシは悠々自適させてもらうのさ」
「そうか─── ま、よく考えたら俺の国でも子供が故郷の家族のために働いてる時代があったな」
「なんのことだい?」
「なんでもねぇよ。あばよ」
「純粋、ねぇ…… それが嫌なんだよあのガキの目が───」
だからそれでもいいの───
あの目
えぐられる
いままでしてきたことを
見透かすのか
物心ついたときには
野盗のカキタレだった
小さな集落を襲い
殺しあう毎日
女であったから
強い方に寝返っては
利用し利用され
何一つ信用できず
老いてからは
無駄飯喰らい扱い
金をもって逃げだし
追われ
行き着いたここで
ゴミ拾いに落ちぶれ
ゴミにまみれ生きてきた
拾っちまったのは
ただの気の迷いだ
なのにあのガキは
行き倒れてたあのガキが
輝いた瞳でアタシを見る
アタシをえぐる
いつも腹を空かせた餓鬼のくせに
オジサンの前に子犬が入りそうなくらいな口径の大砲の薬莢を輪切りにしたジョッキに氷を詰め、ダバダバと透明なウィスキーとソーダがなみなみ注がれたハイボールが届く。アクタには天然ミックスフルーツジュース(天然果汁1%)にした。
お疲れ! とオジサンがグラスを差し出すとアクタはキョトンとしてこちらの顔をのぞいたあと何かを察してグラスをカチリと合わせ、お疲れ!と周りの喧騒に負けない元気な声で叫んだ。乾杯をしたあとジュースを口にしたアクタはより一層目を輝かせ、大事に大事にジュースをチビチビと飲む。ジュースは今まで誰かが飲み残して路上に捨てた物を飲んだのがただ一回だけだったらしい。ふぅと一息両者は人心地が付いたあと、先に口を開いたのはアクタだった。
「オジサンはどうしてこの村に?」
「ん? ああ、量子コンピュータを探していてな……」
「量子コンピュータ?」
「ああ、昔使われていたコンピュータでな、電脳が出てくる前はそれが使われていた。それをオジサンは探しては破壊する仕事をしていてな。もしアクタが見かけるか、知ってる奴がいたら教えて欲しいんだけど、そう上手くはいかないよな」
「どんな格好なの?」
「ん、こんなんだ」
手帳ほどのタブレットに映し出された動画にはまるでシャンデリアのように複雑でキラキラ光る造形をし、そこの幾本ものチューブのようなコードが繋がれた物体があった。
「これはコンピュータの本体でだいたい頑丈なケースに納められている。これが一台のときもあれば数十数百台並んでる場合もあるんだ」
動画を見たアクタは飲んでいたジュース口からこぼしながら、これ知ってる…… と呟いた。
「マジですか⁉」
「タカタカ砂漠にあるゴミ処理施設…… 僕が生まれた場所……」
「またあの砂漠かよ! っていうか今頃もう他のピッカーに荒らされてるんじゃないか?」
オカッパ頭をファサファサと揺らしウンウンと首を横に振る。
「無理だと思う。だってタカタカ砂漠の深い奥地だし沢山械獣出入りしてるし気付かれない様に入ったとしても、その量子コンピュータがある部屋は建物の地下でその道知ってるのたぶん……」
「そこで生まれたアクタだけってことか」
「うん、たぶん」
「どうしてそんな物を探してわざわざ壊してるの?高く売れそうだけど……」
「詳しく説明すると長くなるんだよなぁ。この世界っていろんな無線通信が使えないだろ」
「無線通信って遠くの人と話す方法でしょ? よく行くジャンクショップのオドパッキさんに教えてもらったことある」
「会話だけじゃなくさっきの動画とか画像とかデータに変換できるものならなんでもだ」
「えっ凄い! でもなんで今できないの? オドパッキさんも教えてくれなかった気がする」
「知らないだけさ。つい最近まで原因不明だったんだから。それも詳しく話すと長くなるなぁ。要はさっきの量子コンピュータがその原因の一つなんだ。だから世界各地にあるそいつらを破壊すればまた無線通信が復活する…… 可能性があるんだ。無線が復活すれば俺たち人間の社会生活はグッと向上する…… はずなんだ」
「へぇ~、オジサンはじゃあ、世界のために冒険してるんだ!」
「え? あ、ま、まぁ、そういうことになるかな。世界の困ってる人のために旅をしてるんだよオジサンは」
「わぁ、なんか憧れちゃうなぁ……オジサン格好いいなぁ……」
「よ、よせよぉ~照れるだろぉ」
“本当は世界各地に現地妻を作るためなんて口が裂けても言えませんよね……”
(黙りねぃ! ちゃんと依頼を受けてやってる仕事だろうが! 現地妻は、ほら、その、ご、ご褒美みたいなもんだろうが!)
そんな会話をしつつもオジサンの目的地はまたもやタカタカ砂漠と決定する。
うんざりした顔を見せるオジサンに、アクタはキラキラ輝かせ期待を籠めた瞳を向ける。
「なんにせよ、しゃあねぇな。じゃあ先生……」
「うん!」
「明日もよろしくお願いいたします!」
「やったぁ! 任せて!」
「その前に」
「うん?」
「前祝いだ! 好きな物食べろ! 全部俺の奢りだ!」
シンプルなコーンクリームスープは皿を舐め取って綺麗にしたくなるほどコーンの甘みが出ており、芋にチーズと合成塩漬け肉を乗せてオーブンで焼いた物は生クリームであえられシチューのように濃厚な味わい。砂抜きして白ワインで煮込んだナマズのような川魚はホロホロと白身が柔らかく、ドライトマトの旨味とケイパーの程よい酸味とブラックオリーブがアクセントで口に運ぶ手が止まらず、貴重な本物の牛の肩ロースの肉塊に岩塩をこれでもかと振り掛けて直火でじっくりと焼いた、どっちが縦だか横だかわからないステーキは焼けた岩塩が香ばしく口の中で弾け、溢れる肉汁と混じり合いある種のスープとなって喉を潤し口内に残った肉を腹の中に流しガツンと胃袋から落下音をさせる。
「オジサン……」
「ん?」
「しあわせ~」
「そりゃそうだ。美味い飯ほど人生を幸せにする物はないからな」
過酷な世界を生き抜いてきたアクタの目は会ったときからいつだって曇ることはなかったが、今だけは蕩けて別の生物、いやマスコットのようになっていた。オジサンはその姿に数十年生きてきて初めての感情をまだ言語化できずにいた。
オジサンの脳内に潜むAIはだまって優しくその光景を見守るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明日の出発はまた夜明け前と早いのでアクタはお腹と別の何かが満ち足りた表情で帰っていった。オジサンは酒場に戻りテーブルからカウンターへ席を移る。数個のドラム缶にステンレスの板を貼り付けただけの雑なカウンターテーブルに並ぶ、バーチェアがわりの脚立に座ると一人飲み始めた。先程まで飲んでいたハイボールは熟成も何もされていない透明な蒸留酒ベースであったが、今傾けているグラスを満たすのは数年間樽熟成された琥珀色のコーンウィスキー。手にするグラスは園芸用の手のひらサイズのブリキ製ミニポットだった。溶けゆく氷を見つめてはカラカラとグラスを振ってそろそろお暇しようとしていたときだった。
「おやまあ、 “オジサン” まだいたのかい」
聞き覚えのある酷く癇に障るしゃがれ声はつい先程嫌というほど味わったばかり。コンマ数%でも自分のことではないことを祈りながらも、その希望は早くも打ち砕かれる。
ヒョウ柄が目の端にチラリと入る。一つ空けた隣のカウンターに着いたようだ。
「ずいぶんと懐かれているじゃないかい」
「アンタにゃかなわねぇ。なんでこっちに座る」
「不幸そうにしてるやつの顔を見るのはアタシの大好物でねぇ」
「いい趣味してやがるな。残念ながらそう不幸でもないぜ俺は」
「そのわりにアタシにキレたこと後悔してそうな面してるけどね」
「……」
「ヒェッヒェッヒェッ…… その面だよ」
返しがないことから二人の間に沈黙が流れる。酒場は酔っ払い達もひき始め、先程までの喧騒が静まっていく。オジサンは懐から取り出した長煙管に葉を詰め火をつける。それからたっぷりの間を置いてからズバールは口を開いた。
「馬鹿な男だね、黙って連れ去っちまえばいい、あんなガキの一人や二人。そんでどこかで売っ払っちまう、そんな算段じゃなかったのかい?」
「アンタこそさっさっとケツ持ち組織に売りゃいいだろうが。少しはまとまった金になるんじゃないか」
「さっき言ったこと信じてるのかい? そんなケツ持ちこんなババアにいるわけないだろう。この村にいるのは国都から来てる税金食いのやっかいな武装警備隊だけさ。残念だったね」
紫煙をたっぷりと吸い込んだオジサンは、深く吐き出しながらズバールに目をやる。安いだけのアルコール臭い透明な合成酒をロックで飲んでいるようだ。
「アンタ、わざとカスみたいな小遣いしか渡してないだろ」
「他の店の売値知ったら嫌気がきてさっさといなくなっちまうと思ってたんだけどねぇ、なかなかしぶといよ」
「なんのためだ?」
「アタシが世話してやったなんだ。それぐらいしてもらって当然だろうが」
ズバールさんはボクの命の恩人なんだ───
「あのガキは純粋過ぎる。どうせいつか騙されてロクな目に合わないさ。自分で酷い環境から抜け出す術くらい身に付けないと───とんでもない目に遭う───アタシみたいにね」
他より全然少ないことだって知ってる───
「それが本音か」
「───さぁね」
長煙管の火はもうとっくに消え、二人の間に再び沈黙が流れる。合成酒を呷りミニ鉢のグラスを空けるとズバールはなにやら語りだす。
「この村はね、一見のどかで平和そうだろ。でもね、村民にかかる国都の重税はなかなかのもんだよ。払えなければあっという間に家土地財産うばわれゴミ拾いに落ちぶれちまう。広大な土地を必要とする畜産は特権階級のやつらが牛耳ってるし、アタシ達は皆爪に火をともすような生活だ。弱いものは奪われる。あんななりのアクタが金を持ったところですぐに身ぐるみ剥がれるのが関の山だよ」
ピッキングは恩返しなんだ───
「そうかもな。悪いが明日はアクタとのデートが早くてな、これで失礼する」
カウンターに置かれたのは数粒の硬貨。
「置いとくぜさっきの迷惑料がわりだ」
「気が効くじゃないか」
「まだ会って二日だけどな、アクタは純粋かもしれないが馬鹿じゃない、むしろ聡明だ。それでもアンタを見る目はなにも迷いが感じなかった」
「それを利用してアタシは悠々自適させてもらうのさ」
「そうか─── ま、よく考えたら俺の国でも子供が故郷の家族のために働いてる時代があったな」
「なんのことだい?」
「なんでもねぇよ。あばよ」
「純粋、ねぇ…… それが嫌なんだよあのガキの目が───」
だからそれでもいいの───
あの目
えぐられる
いままでしてきたことを
見透かすのか
物心ついたときには
野盗のカキタレだった
小さな集落を襲い
殺しあう毎日
女であったから
強い方に寝返っては
利用し利用され
何一つ信用できず
老いてからは
無駄飯喰らい扱い
金をもって逃げだし
追われ
行き着いたここで
ゴミ拾いに落ちぶれ
ゴミにまみれ生きてきた
拾っちまったのは
ただの気の迷いだ
なのにあのガキは
行き倒れてたあのガキが
輝いた瞳でアタシを見る
アタシをえぐる
いつも腹を空かせた餓鬼のくせに
1
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
絶世のディプロマット
一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。
レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。
レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。
※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。
異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~
ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。
対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。
これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。
防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。
損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。
派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。
其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。
海上自衛隊版、出しました
→https://ncode.syosetu.com/n3744fn/
※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。
「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。
→https://ncode.syosetu.com/n3570fj/
「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。
→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
蒼海の碧血録
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる