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サンドスチーム編
勧進帳
しおりを挟むズタ袋を被され声を聞くことしかできない錫乃介は、船の主のトーンの落ち込みになんの疑いもなかった。
「なんてことなの、この私がそんな失策をするなんてね」
「失敗で良かったさ。街は再建すればいい。最悪のケースは免れたんだ」
そしてルーラーの気持ちを慮っての言葉だった。
「……良くないわ、私としたことが戦果をまったく上げることなく大量の無駄弾を使ってしまった。情報不足とはいえ地下都市の存在にまでは気が回らなかったわ。次の作戦は地下に届くよう地中貫通砲弾を使って曲射する。礼を言うわよ錫乃介、今度は現調を徹底しなきゃね」
ルーラーの言葉を聞き終わるまえに、男は自らの顔面を片手で叩き抑え俯くと共に後悔が押し寄せる。
わかっていたはずだ。
注意はしていたはずだ。
逃げ延びた覚醒機獣達の件はルーラーが最後の判決を出すまでは決して言わぬつもりであったのに。
不可視、拘束、脅迫、美声、女、色香、同情、油断、電脳へのジャミング、どれもミスの言い訳にならない痛恨の選択だった。
「……そっちかよ。滅ぼしたこと悔やんでるわけじゃなかったんだな」
「なんでよ、当たり前でしょ。より、やつらが人類の驚異になるってわかったんだから、いち早く新しい殲滅作戦を開始しないと、今までに送ってるドローン部隊も戻さないといけないわ」
「この覚醒した機獣が今後人類社会に有益になるっていってもか」
「未知数すぎるわ。圧倒的に人類よりも潜在的なアドバンテージを持ってる奴らよ。身体能力だけじゃない、飛行能力も遊泳能力も地中活動能力もよ。そいつ等が種族の垣根を超えて社会生活を営んでいるのよ。ひとたび組織的な軍事活動をされたら、人類なんてひとたまりもないわ。そんなことぐらいあなたにはわからなくてもその優秀な電脳さんならわかるでしょ」
「俺でもわかるわい。それならそれで構わねえだろ、生存競争に人類が負けただけだ。それに人類だってしぶとい。機械化だアンドロイドだ、って充分対抗措置を進化させてるじゃねえか。そうそう負けるとは思えねぇ」
「追いつかないわ、あなたが言う覚醒機獣達の進化の速さに。いい、私は街同士の交易、ハンターユニオン、軍隊、マフィアの統括と監視、それから人類が滅亡しないよう圧倒的な驚異を取り除く、そうやって均衡を保っているの。それがポラリスにプログラムされた私の仕事であり存在理由。この覚醒機獣の存在は人類にとって圧倒的な驚異にほかならないわ」
「驚異と言っても人間が絶滅させられるわけじゃない」
「数多の生物を絶滅させた人間のあなたがそれを言うなんて滑稽ね」
「確かにそうだな。でもな、人間はそこまでヤワじゃない。機獣達の家畜の身に落ちるかもしれないが、ゴキブリのように生き抜くやつもいるだろう。そこから一発逆転するかもしれない。これは新しい生存競争の始まりなんだよ」
「なぜそこまで機獣を庇護するの? 変な人間ねあなた」
「かもな。それに種族的な血の交わりもあるかもしれない。人間に興味を持ち人間社会に入っていった機獣達もいただろ。ポラリスに創られたお前がそれを知らないわけないよな。逆に人間も機獣や動物に深い愛情を持ち、一緒に成りたいやつもいるんだ」
「確かに機獣から人間になった変わった奴等いたわね。人間の方はどうかしら? そんなやついるの? 深い愛情だなんて所詮は愛玩ペットじゃないの。ネズミだのゴキブリだのはどうするつもり?」
そのルーラーの台詞に我が意を得たりとこのディベートの勝ちを確信し、ふっ、と相手に気づかれぬよう鼻で笑う。
「お前はまだケモナーを知らない」
“あ、始まった”
「知らないわよ」
「教えてやる。人類の次の段階、それがケモナーだ」
「はい? この人何を言いはじめたの電脳さん」
“わかりかねます”
「いいか、ケモナーをなめんじゃねぇ。あいつらはミジンコさえも美少女化して愛でる重度の変態だぞ。猫だろうが犬だろうがトカゲだろうがネズミだろうがゴキブリだろうがそんなのわけねぇんだよ」
「ミジンコを美少女化……病気?」
「ある意味そうだ、詳しく説明してやる。ケモナーには段階があってな、ケモナーレベル1はただの美少女化だ。そこから耳をつけたり尻尾を生やしたり目を変えたり毛を生やしたり徐々に原体に近付いていく。俺はまだ耳尻尾毛皮に目、ぐらいまでしかいけないケモナーレベル20ぐらいの初心者だが、ケモナーレベル100になると原体そのままに性愛を持つ。この時代、覚醒した機獣は言葉を交わし人に近づこうとしていることから、人間そのものになろうとする者も増えて来るだろう。それに人間の生体パーツ交換は容易くケモノ化するハードルも高くないため、ケモノ化する人間も増えるだろう。ケモナーにとっては待ちかねた 時代なんだ。ケモナー達を見てケモナーに覚醒する人間も沢山生まれる。そして、近い未来は機獣と人間が交わったできる街もできるだろう。そこを皮切りに生存競争ではなく機獣と人間が融合をしていく。それこそが、新しい人類の黎明編となるのだ。つまり、ケモナーは」
そこで言葉を止め、間をとり、タメを敢えて作る。下に俯いてから、バッと頭を上げ声の方向を睨む。
「新しい人類の始まりなんだ」
静寂がおとずれる。そしてAIの口が開かれ艶麗なる美声が発せられる。
「殲滅作戦実行するわね。早くこの部屋出なさい、持ち物は返すから」
「あいや、しばらく!」
「あんまり変態とは話したくないの、それじゃあね。46サンチ電磁加速砲全門発射用意。曲射による垂直集中砲火」
それまで他の音を吸収していた中枢部には駆動音とキュインという甲高い音が鳴り響く。
「待てやーーーー!!」
声の方向に駆け寄るも、その一帯は素通りしてしまう。
「弾道計算、電磁気力調整OK」
同時に共鳴したスピーカーのボリュームが次第に上昇していく様な音がする。
「ケモナーの未来がぁぁぁ!!!」
あらん限りの欲望を交えた叫びを男は放つ。共鳴音のボリュームは既に最高値を示す。
「46サンチ電磁加速砲撃ち方はじ……え?」
何が起きたのか把握できないが、発射行動が止まると、ふぅ、とルーラーが息を吐く音が聞こえる。そんな音、聞こえるばずもないのに。そして沈黙の間がおとずれる。
(えぇ……変態の……? ……あなたが……なら……そう……のね……わかったわ)
「……喜びなさい変態。殲滅計画はたった今凍結されたわ」
錫乃介の叫び声だけが渦巻く部屋に予期せぬ静謐な竪琴の音色が響く。
「え、な、なんで?」
「あなたの変態熱意に負けたってところかしらね」
「わかってくれたか! ケモナーの熱意」
「わかりたくないわね私は。でも凍結したとはいえ、あの廃墟の覚醒機獣達が人間の街に侵略しようとしたら容赦はしないわ。逆に人間が滅ぼそうとしても助けない。でも、仮に機獣達の街ができたなら、その時は交易を検討してあげても、よくってよ」
「あ、ありがとうございますルーラー様!靴でも足でもなんでも舐めます!」
「メーサー砲起動」
「退室しまーす!」
外で待ち構えていたモディ達には既に話がついている模様で、拘束を解かれ荷物を受け取り着替えを済ます為に部屋を借りる。なぜならパンツを替えたかったからだ。
いや~どうにかなったな勧進帳計画。
“これのどこが勧進帳なんですか?自分の性癖ぶちまけただけじゃないですか”
ほら、レポートは用意したけどそれ以外はほぼノープランで口八丁でなんとかしたじゃん。しかも嫌疑かけられてからは完全な白紙状態。勧進帳も義経に嫌疑かけられてそっからは弁慶のノープランの出たとこ勝負って内容だろ、観たことないけど。
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「しばらく!」
なんて、決まったんじゃないの?
“決まってないですし『暫(しばらく)』ならもはや演目が違います”
似たようなもんよ。それじゃ飛び六方でもしますかねぇ。
あっそれそれそれ。
(なんか、ムカつくわねあの変態。にしても人間になりたい機獣か……まさかあなたもそうだったなんてね、サンドスチーム)
両手を開き片足を上げてケンケンケンと片足飛びをする、歌舞伎独特の飛び方“飛び六方”をして戯ける姿を見ながら、AIは深いため息のあと、少しだけ笑みをこぼすのだった。
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