砂漠と鋼とおっさんと

ドブさらいの錫乃介漫遊記

強くてニューゲーム

　あ～あ、汚染された湖か。なぁ、このショッカーみたいな全身スーツで本当に大丈夫なのか？　頭なんてただのフルフェイスメットに見えるけど。放射能すごいんじゃないの？

　“この辺りの放射線は線量計によると1mSv/sですからご安心下さい”

　1ミリシーベルトって言われてもよくわからないんだけど？

　“福島原発事故作業員の年間避難基準が20mSvです”

　まずいじゃん1ミリシーベルトってめっちゃ高くない？　20日間いたらアウトってこと？

　“いえ、毎秒ですからもうとっくに超えてます。もしその防護服が紛い物だったらもう手遅れですからご安心下さい”

　手遅れだからご安心って新しいよな、ってか毎秒かよ。もう今更ドタバタしてもどうにもならんなそりゃ。

　“意外に落ち着いてますね。ご安心下さい、錫乃介様の細胞をチェックする限り今のところ以上は見られません”

　ナビすげぇな、そんな事までわかるの？

　“はい、外傷はもとより内臓疾患くらいまで把握出来ます。遺伝子の損傷まではわかりませんが”

　それ1番肝心なやつ。ダメじゃん。

　“ご安心下さい。ちゃんと被曝用の治療薬も貰っていますから”

　でも、あれって安全圏に戻って使わなきゃ意味無くない？

　“ご安心下さい、弔いはしますよ”

　なにひとつ安心できない“ご安心”の連呼のせいで不安が募るばかりだよ。
　


……………………


　件の湖を見た瞬間その美しさに言葉を失った。明鏡止水という表現があるが、それにふさわしい湖であった。たまたまなのか、地形の関係なのかはわからないが、そよ風すら感じずに凪ぐ広大な湖面は静かに水を湛え、目的地である建造物とその周辺の鏡像を写していた。高濃度の放射能で汚染されているとはいえ、湖畔には草木が生い茂辺り一帯は砂漠のオアシスを思わせる幻想的な雰囲気を醸し出している。まともな世の中なら間違いなく観光名所になっていただろうと錫乃介は思う。
　機獣はおろか鳥類や小型哺乳類も見当たらない。僅かに昆虫らしき生物は見られるがその他は強烈な放射線で生息出来ないのだろうか。水面をのぞき込むが、少なくとも見渡せる範囲に動くものは見られない。にしても息を呑む様な透明度の高さである。プランクトンや水生植物さえも存在出来ないのかもしれない。
　

　こんな綺麗な湖なのに放射能まみれとはね。元は有名な湖だったりするのかね？

　“そうではないようです。おそらく核廃棄物の貯蔵庫かなにかがスクラッチによって露出し破損。川がないところを見ると、その地に地下水が湧き出したか雨水によってできた湖だと思われます”

　成る程ねぇ。この湖の底にはプルトニウムだのウランだのが眠ってると。もったいないねぇ、あの建物をホテルとかにすれば最高のリゾート地になるのに。

　
　
　錫乃介がヘルメットから見やる湖畔に佇む建造物は、遠目には草木に囲まれ飾り気のない古城のように見える。周りの景色に溶け込みその姿はあたかもヨーロッパにある湖上の古城、ドイツのシュヴェリン城やスイスのシヨン城と被る。
　しかし、近づくにつれ全体が元は全面ガラス張りの巨大な廃ビルであることが判明する。高さは6～7階建て、広さは中々のもので見える側面だけでも数百メートルはありそうだ。建物を覆うガラスはそこそこ残っているのを見ると、この辺りではあまり激しい戦闘が起きなかったのだろう。その前に放射能で死に絶えてしまったか、避難したかは定かではないが。


　　なんだこれ、まるでどっかのIT企業みたいにお洒落なビルだな。なんのビルだ？

　“過去のデータには該当するものがありませんね。結構広そうですが、あまり有名な建物ではなかったのでしょう”

　機獣とかはいそうか？

　“どうでしょう。今のところよくわかりませんね”

　よく考えたらさ、視認が出来ない機獣の調査なんてどうやんだよ。もし二酸化炭素とかアルゴンガスの機獣とかだったらどうしようもなくない？　下手すりゃあ酸素奪われて即死かもよ？

　“そんな攻撃できるんだったら、もっと死因不明の被害者がいてもおかしくないと思われます”

　そういやそうだな。でもどうやって調査すんだよ。

　“調査は機獣の討伐や捕獲ではなく、発生源の調査ですから、なにかしら気体が発生する物探して適当に報告すれば良いんじゃないですか？　どうせ機獣かどうか確認しようも無いんですから”

　ナビって結構いいかげんだな。でもその案採用。

　
　警戒を怠ることなく、建物内部に侵入していく。正面玄関は広く、中心部は吹き抜けの構造で、空が見える。内側にもビルがあり回の字型の構造のようだ。
　所々ガラスが割れ散乱した床を進む。ヘッドライトをつけるまでもなく、中は自然光で充分に明るい。1Fにはコンビニや日用品の物販があり、スター○ックスをパクったようなカフェもあるため商業施設に見えるが、アルファベットで書かれたボロボロの案内板を読む限り、欧米の研究施設のビルであると思われた。

　
　………K……G…   NA…T……N…L  LAB…LA…OR…って書いてあるな。
　
　“後半の『ナショナル・ラボラトリー』、国立研究所ということだけはわかりますね”
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　1F、2F、3Fと流し見で探索をして行くと1F以外はオフィス室や、ナビでも機能がよくわからない機器が設置された実験施設などがあった。今までの廃ビルと違い、内装や資材は荒れているものの殆ど残っている。とはいえ、どれも強い放射線を受け高濃度の放射性物質であるから、このままでは売れはしないだろうが。
　

　放射能がなければ宝の山だなここは。マリーの奴が喜ぶぞ。

　“放射性物質を無害化する技術があるって言ってましたけど、さすがにこの物量は無理でしょうしね。チマチマやるならともかく”

　
　それから1時間ほど歩き回ったが、発生源らしきものは何も見つからず、後は中心部の建物を残すのみとなっていた。


　なんかさ、こういうところって下手なお化け屋敷より怖いんだけど。バイオハザード的な？　研究の失敗作とかに襲われるやつ。

　“ありがちですねぇ。放射能で変異したモンスターを閉じ込めた所があの中心部とか？”

　わぁ、あるある。怪談物だとさ、夏休みに田舎行って肝試しした際にお寺にある仏像倒しちゃったりしてさ、その後村の長老とか出てきて“封印を解いたな！”　とか言って、村に災いがぁ！　ですったもんだあるのと似てるよな。そんな危ないならコンクリでも流し込んで固めておくなり、絶対人が入れないようにその寺に電気鉄柵でもしておけよって思うよな。

　“ちょっとそれとは違うような気がします”
　

　愚痴りつつもアサルトライフルAK308を胸元に構え、回の字型の中心部を目の前に向かう。

　
　やっぱりここかな？　最初からいかにもって感じだったし。

　“わかってても先にそういう所に行くのは嫌なんですよね”

　そうそう。RPGでこっち進んだら絶対イベント起きるじゃん！　ってところは後回しにするのがゲーマーの基礎。初心者はイベント起きそうかどうかもわからないからね。

　“ゲーマー玄人は？”

　イベントとか構わず進む。そしてクリアしてから強くてニューゲームのニ周目でゆっくり楽しむ。
　
　“錫乃介様もそうだったと”

　いや、俺の時代は“強くてニューゲーム”なんて出て来たのクロノトリガーからかな？　なんにせよずいぶん後だったから、そんなヌルゲーできなくて根性でニ周三周したもんよ。

　“その訳の分からない粘り強さはそこで培われたと”

　そんな褒めるな。さ、入るぞ。どんなモンスターがでるやら。

　“別に褒めてないんですけどね”