砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

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ドブさらいの錫乃介漫遊記

富める者の義務

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 茶を飲み一服終え、刀削麺を食べるべく夜の街に繰り出す。まだ宵の口であるため人通りも多く商店も開いている。軒下に派手目な看板や赤い中国提灯が並ぶ光景はここが観光地だった名残か。今は飲食店かサバイバル道具や銃砲屋ばかりだが、昔は観光グッズが並んでいたのだろう。
 観光する気もないので、パッと視野に『削削』という看板が見えたので、とりあえずそこに入る事にする。サクサクとでも読むのだろうか。
 客席は20席程で先客はチラホラ3組くらいか、厨房では大鍋で湯が沸かされており、グラグラと客席まで音が聞こえ、辺りを湯気が支配している。既に来ていた客用だろうか料理人が手早く生地から麺を切り落として鍋に入れると、荒々しい湯気は収まり厨房の視界も広がる。
 メニューを吟味することなく、この店で1番人気の刀削麺をお願いすると、注文を受けた10歳くらいの丸刈りの男の子は厨房に元気な声でコールし、先払いという事なのでその場で支払いも済ませる。


 男の子へのチップ3c
 刀削麺7c

 残金287c
 
 “宿代またボラれましたね。最近小金持ちになって交渉もロクにしないもんだから、腕が落ちたんじゃないですか?”

 いやいや、さっきの油断したかもしれないけど、それまでのはノブリスオブリージュだよ。富める者の義務ってやつ? 少しは庶民に還元しなくちゃ。

 “ノブリスオブリージュ言いたいだけでしょ。
 錫乃介様のは競馬で勝って無駄に赤提灯で知らない人に奢って、勝ち以上に散財して結局マイナスの小汚いジャンパー着てるおっさんと一緒なだけですよね。ブルゾンとかジャケットじゃなく、ジャンパー。ついでにワンカップとモツ煮もつけましょうか?”

 お前22世紀の電脳のくせに昭和の大井とか府中とか詳しすぎだろ。


 程なくして男の子が持って来た丼は、玉子とトマトを炒めた餡の刀削麺だった。麻辣とオイスターソースで味付けされたそれは、トマトの酸味と麻辣の刺激を玉子で纏めてあって癖になる。白米と食べても美味しいのは間違いないだろう。といわけであっという間にかっこみ、白米も小サイズを追加注文し、まだ餡の名残がある丼に入れて腹に流し込み今夜の食事は終了となった。酒は節約のため飲まない苦渋の決断をした。

 白米3c
 残金284c

 
 いや~美味かったね。これならビール大瓶5本はいけるな。今日のところはこれくらいにしてやるけどよ。

 “錫乃介様、先程から……”

 あ~やっぱり? 店内にいる?

 “ええ”

 なーんか視線感じてたんだよね。俺のファン?

 “そのようですよ。少々ヘビースモーカーですが”

 ヤニ臭いのはノーセンキュー。なんかやりそう?

 “連絡とってる様子もないので、まだ監視だけって感じです”

 そろそろマフィアは飽きたよ。こっちからやる?

 “それは悪手です。また街に居られなくなりますよ”

 それもそうか。にしても相変わらず情報早いね。

 “その件ですが……”

 ああ、そう言えば野良ドローン回収してるときに何か言いかけてたね。

 “ええ、風呂にでもつかりながら話しましょうか”

 風呂は危険じゃない?

 “どうせ丸腰なんですから、全裸でもフル○ンでも一緒ですよ”

 それじゃあ常に俺が真っ裸の変態みたいじゃん。



 グダグダ話しながら店を出てシャオプー公設湯屋までブラブラ歩く。もちろんつけられているのは承知済み。しかし尾行する側もさるもの、店を出てからは入れ替わり立ち替わりで常に違う人物が監視しているらしい。
 わざと迷ったふりして人気のない道を通ったりしたが、向こうから動く気配はない。やはり監視に徹底しているのか。
 錫乃介は丸腰とはいえ、道中拾った鉄パイプだけは背中に紐で縛って身につけている。L型ジョイントが先端に付いているため、これで殴られたらかなりのダメージがあるだろう。人間レベルなら、だが。
 
 結局アクシデントもなく風呂屋に着く。歴史ある八の字型の瓦葺き屋根の建物は、どことなく道後温泉を思わせる。AIの番台で金を払い男湯側を潜ると、脱衣場には冷たい飲料の販売機が置いてあったので、後で飲むことにする。
 ここシャオプーでは川が街の中心部を流れているだけあって、水が豊富であり浴場もサウナではなく、湯に浸かれるタイプの贅沢な風呂であった。
 肩まで浸かれたのはどれくらいぶりか、高揚した気分で自然と変な声も出る。
 
 
 ふぃ~~あ~~

 ひさびさに肩まで浸かるねぇ。気持ちよかたいよかたい。このまま潜って古代ローマでも行ってみたいね。

 “なんでそんな呑気なんですか”

 だってこの中には尾行いないっしょ? じゃあ伸び伸びとしようじゃないの。それで、話しって?

 “それなんですが、マフィアの情報の早さについてです。どう思われますか?”

 ん~光無線とか狼煙とか飛脚とか電波通信の類いが使えない世界でも遠距離通信の方法は色々あるんだろうけど、どうもピンと来ないんだよね。どれも中継地が必要だし、それを機獣に荒らされることなく、維持管理保守出来るとは思えないんだよね。
 そういや光無線は昔はまだ実験段階で実用化までもうすぐみたいな話しだったけどどうした?

 “宇宙での光無線通信も、衛星を介さない地上のみでのLED通信も実用化されてましたよ。でも全てスクラッチでおじゃんですけどね”

 へぇ~地上のみで? 中継の色んな課題どうやってのりこえたんだろ。

 “送受信器や中継機を街灯や屋根など様々な物や所に設置は想像着くと思いますが、広域帯の対応はバルーンで空に浮かべました”

 ほっ? 風船?

 “受信送信できるバルーンが超安価でしたので各街の空にいくつも浮かんでました”

 はぇ~、面白そう。でもそれはそれで色々問題あったんじゃないの?

 “そうですね、バルーンに鳥の巣が出来たりしてそれを取り除こうとしたら、動物愛護団体が騒ぎだしたので、鳥の巣用のバルーン浮かべたらそっちには巣が出来なかったんです。それでよくよく調べたら、その鳥は通信の光が天敵を寄せ付けない事から送受信器のバルーンの方に巣を作ってる事が判明した、とかあったそうです”

 笑えるわそれ、そういや鳥は光の感知が人より優れてるんだっけ。鳥で思い出したけど、伝書鳩の方が今はまだ現実味あるんじゃないか? ん?
 伝書鳩……そうかナビが気付いたのはドローンだな。

 “そうです。おそらく情報伝達に自律型の小型ドローンを飛ばしてるんですよ。昆虫型でも鳥型でも魚型でもなんでも良いんです。マイクロチップでも持って目的地に行きさえすれば”

 確かに。でも、そんな簡単なこと何でユニオンはやらないで、ロボオとか職員使ってたんだ? 別にドローンなんてマフィアの専売特許じゃあるまいし。

 “砂漠にいた頃はやらなかったのではなく、出来なかったんです”

 出来ない? なんで?

 “おそらくですが気候と機獣のせいです。砂漠の熱波や暴風のせいで小型ドローンじゃ何百キロも移動できないんですよ。機体を大きくすれば移動は問題ありませんし高高度も行けますが、その分機獣に狙われ易くなりますからね。更に言うと地図があったとしても砂漠は座標が求め難い、そんなところでしょうか。実際アスファルトにいた頃野良ドローンいました?”

 そういやいなかったな。ポルトランドのンゴンゴ河下ってから徐々に気温が下がってから野良ドローンは出始めたな。

 “そこから情報の伝わり方も早くなったと思いませんか?”

 確かに、俺の存在が多少知られたせいもあるのかもしれないけど、クーニャンの病院では即入院できて、この街にも入るの楽だったしな。
 という事はこの辺だとマフィアに限らずユニオンや軍も、ドローンを使ってる可能性があるわけだ。
 
 “可能性の域を出ませんがね。砂漠地帯仕様の小型ドローンだってあるかもしれませんし”

 俺がいた時代では自律型で台風の中も観測できるドローンは大型だけどあった。でも電波通信ありきだしめちゃくちゃコスト高いからな。この時代にあったとしてもコスパ悪すぎるな。

 “結局はそこなんですよ。可能だったとしても、コストがかかり過ぎたら通信としては実用化とはいえないんですよ。インフラになるには低コストでないと”

 だね。あのさ、どうでもいいんだけど。

 “はい”

 俺もう限界なんだよね。

 “何がですか?”

 のぼせるわ、もう。

 “さっさと湯から出ればいいじゃないですか、子供ですか”


 湯屋5c
 冷たい珈琲牛乳2c
 残金277c

 
……………………


 あいつらずっと俺が風呂から出るの待ってたんだなぁ。ご苦労ご苦労。

 “どうするんです? このまま宿戻ったら店主に迷惑かけるかもしれませんよ”

 そうだなぁ、巻き込むのはちょっと可哀想か……いや、別によくね?

 “それもそうですね”

 よ~し、このまま帰ろう。


 だいぶとのぼせ気味の頭を夜風に晒し、ひと気も少なくなった夜道をトボトボ歩く。こんな時は下駄の方が風情がでるなぁと思いつつ、尾行も気にせず、店主の事も気にせず宿に向かう。
 上を見上げれば三日月よりも細い二日月が、平遥古城の夜空に浮かんでいたのだった。
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