砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

文字の大きさ
上 下
118 / 262
マリーゴールドから“悲しみ“と“絶望”の花言葉が無くなった日

マリーゴールドに 嫉妬の言葉が 残った日

しおりを挟む

 「パ、パンツァーイーターを討伐したと……? そ、それは本当ですか……って、あなた方ならありえる、のか?」

 
 ポルトランドに着いてすぐ、ハンターユニオンの受付で、パンツァーイーター討伐完了の報告をすると、すぐさま支部長との面談の席が用意された。
 錫乃介とマリーは支部長室のソファーにどかりと足を大きく組んで座り、支部長秘蔵のぶっとい葉巻を勝手にヒュミドールという入れ物から出してバカバカ吸っていた。ちなみに葉巻はバカバカ吸うものではない。
 これがそこらの三下ハンターがやったならば衛兵を呼ばれて、牢屋に2~3日はぶち込まれても文句は言えない狼藉だがこの二人、錫乃介のほうは赤丸急上昇のハンターで、二つ名こそ“ドブさらい”だが、ユニオンでは既に上級ハンタークラスの重要人物として扱われている。
 そしてマリーもユニオンの受付なんかをやっていたが、あれは暇つぶしの小遣い稼ぎでドンチャックを脅して無理矢理やっていただけで、本来ならベテラン回収屋として知名度も実績も実力も抜群の、やはり上級ハンタークラスの人物であった。


 「おいタヌ山、アタシを疑うのかい?」

 表情が見えなくなるほどの白く濃い煙をバカーーと吐き出し、ドスの効いた声で支部長タヌ山タヌキックに圧力をかける。タヌ山はマリーの横で直立不動だ。

 「め、滅相もございま「アタシが持ってるアンタの裏帳簿、どっかで落としちゃうかもねぇ」

 「そ、その話はもう終わった「落としちゃうだけだよ。公表するのを止めてあげただけだよあの約束は」

 「マリーさん!ホント勘弁して下さい。疑うわけじゃなく、ちょっと話を聞きたいだけなんです!」

 「ダイノーシスの専門家呼んで嘘かどうか判断するって、疑ってるのと同位じゃないかい?」

 「ユニオンの決まりなんです! こんだけデカイ案件、討伐証明あっても無くても一緒なんです!」

 
 もう泣きそうなタヌ山を、それでもマリーは圧力を緩めることなくさんざん虐めて楽しむ。


 “いったい何があったんでしょうね?”

 さぁな。ただセメントイテンのドンチャックも舎弟にしてるって言ってた事を考えると、今後マリーを敵に回すのだけはやめとくわ。

 “賢明です”


 錫乃介もまた、どこからか取り出したティアドロップのレイバンをして、バカーーと煙を吐き出す。


 コイーバ・エスプレンディードスかぁ。昔働いていたシガーバーで一番高かったなぁ。

 “この世界じゃ、錫乃介様の時代より高いでしょうね”

 だろうな。



 「キルケゴールです。入ります」

 ようやく登場した彼のおかげで、タヌ山虐めは幕を閉じた。

 「これくらいにしといてやるか。また今度なタヌ山」

 と、支部長室から出ようと立ち上がるマリー

 「待って下さい、まだ面談はこれからなんです!さっさと帰って欲しいですけど!!」

 「そんなにいて欲しいならしょうがないねぇ、さっさと嘘発見器でもなんでもしな」
 

 再びどかりとソファーに座ると、バカーーと白い煙を吐き出す。


 「それではよろしくお願いします」

 キルケゴールは向かいのソファーに座り、おもむろにヒュミドールから葉巻を取り出すと、備え付けのシガーカッターでカットし、葉巻用のガスライターで火をつける。


 「え、なんでお前まで吸ってんの?」

 「裏帳簿って声が聞こえましたがなにか?」

 バカーーと白く濃い煙を吐き出し、ぞんざいに答えるキルケゴール

 「もういや!!」


 タヌ山はその場でぶるぶる足と手と顔を震わせて天を仰いだ。


 「アンタいいキャラしてるじゃないか。気に入ったよ」

 葉巻を口に咥え、ニヤリと笑うマリー


 「さぁ、はじめますよ」

 キルケゴールもまたニヤリと笑い返し、煙を再び吐き出し、葉巻用の灰皿シガーアシュトレイに静かに置く。


 「それではまずは錫乃介さん、パンツァーイーターを二人で討伐したのは本当ですか?」

 「当たり前だ。んじゃなきゃここに来るわけねぇだろ。キルケの能力知ってんのに」

 「はい、ありがとうございます。それではマリーさん。そのパンツァーイーターはどうやって倒しました?」

 「錫乃介が誘雷とかいう雷で一旦は倒したと思ったらまだ生きてて、TNT火薬を満載したアタシのトレーラーでどついてトドメを刺した」

 「はい、ありがとうございます。タヌ山、二人とも嘘言ってません。報奨金を出してOKですよ」

 取調べを早々に終え、キルケゴールはまた葉巻を口に咥え、煙を口内に燻らせる。


 「はっや!取調べはっや!ってかなんでワシ呼び捨て……わかったよもう」

 何かを諦めたかのように、デスクへ回るタヌ山。
 
 「おいタヌ山。俺は300。マリーが700にわけろ」

 「お前まで!……はい……わかりました」

 全てを諦めたかのように、デバイスを二つ用意するタヌ山。


 「何言ってんだい、それは回収屋の時の分け前だろ?」

 「無理すんなよババア。俺の国ではそういうの年寄りの冷や水って言うんだぜ。あの改造武装トレーラーお値段おいくらかな?」

 「嫌な男だね。そういうところが旦那そっくりなんだ」

 「光栄だね。ありがたく受け取っておきな。それにアンタがいなきゃ死んでたしな俺は」

 「それはお互い様だけどね」



………………



 タヌ山から報奨金が入った財布デバイスふんだくり、ついでに葉巻も鷲掴みで奪った二人はユニオンを出たところで立ち止まった。


 「それじゃ、これかり祝杯打ち上げといくかい」

「すまねぇなマリー、ちょいと先約があってな。なんせ俺は今、夜の帝王だからな」

 「そういや女買いまくったんだっけね」

 「そう言う事だ。今夜は眠れそうもないから、祝杯はまた日を改めてな」

 それだけ言い残し、錫乃介はジャノピーをゆっくりと走らせた。
 

 「アタシが“年寄りの冷や水”ならアンタは差し詰め、“武士は食わねど高楊枝”かい?」

 その姿を見送るマリーは、僅かに笑みをこぼしながら呟くのだった。

 

………………


 
 『鋼と私』

 「おーい、またやっちまった!頼むぜぃ」

 「なんでぃ!てめぇ、2~3日前に直してやったばかりじゃねえか! いや、まてその前にパンツァーイーターはどうなった⁉︎」


 工場長サカキの問いに、無言でサムズアップする錫乃介。

 
 「やったか! 遂にやったか!」

 「ああ、やったぜ」

 「30キロのワイヤーを用意しろと言われた時は大丈夫かコイツと思ったが……そうか、やったか」

 
 溶接用のレトロなゴーグルを付けたままのサカキの目にはうっすら涙が漂っているのが、錫乃介には察せた。


 「ま、トドメを刺したのはマリーだけどな。岩屋に挟まれ動けなくなった山椒魚かと思いきや、そっから這い出して来やがった。そこをトレーラーごとドカーンとな。おっとマリーは無事だぜ」

 「そうか、マリーがやったか!」
 
 「それでよ、バイクが雷の影響で電気系統が狂ってな、その修理と支払いの残りを持って来たぜ」

 「あん? 残りだ? 前金で払ったろうが」

 「あのスティンガー、改造費用はもちろんだが、あれ本体そのもので調達費用いくらかかった?」

 「おめぇが払った10万cでやりくりしてやったよ」

 「んなわけねぇだろ。足りるかどうか知らんがホラよ」

 錫乃介が懐から取り出した財布デバイスは、先程タヌ山から支払われた報奨金が入った物だった。


 「てめぇ、気付いてたのか?」

 「ああともよ。この世界じゃこの手のミサイルは生産数が少ない。誘導が意味ねぇからな。その高性能ゆえに調整できる奴も少ないから費用も嵩む。どうやって入手したからしらねぇけど、少なくとも一式数百万だ。ただのロケット砲とは訳が違うんだからな」

 「やたら詳しいじゃねえか」

 「当たりめぇだろ。俺は前にアスファルトの街で銃器整備ずっとやってたんだぜ」

 「へっ! とっとと工場売っ飛ばして、隠居生活でもしようと思ってたのによ」

 「そいつぁ困るな。まだまだ俺のジャノピーが世話になるんだからよいらねぇって言っても置いてくぜ。修理代も込みだ」

 錫乃介はジャノピーと財布デバイスをシートに置く。


 「一つ聞きたいんだけどよ、何でこんな大枚はたいてまでスティンガー用意したんだ?」


 ゴーグルの奥の瞳は財布を見る事なく、錫乃介の顔を見つめ、そっと口を開く。


 「120キロのワイヤーを担いで30キロメートル飛ばすにはロケット弾じゃだめだ。多段式に改造したミサイルじゃないとな。それに耐久性も正確な飛翔性も必要だからな。総合的に必然的にスティンガーになった」

 そこで会話を止めると僅かに思案した後再び口を開く。

 「そして、マリーの旦那は俺のダチでもあってな。昔っから喧嘩仲間で、ハンター仲間でもあって、あいつの息子は俺にも良く懐いていた。パンツァーイーターに旦那と息子さんやられた時には、俺もハンター仲間を集めて弔い合戦したが結果は知っての通りだ。そんなとこか。変なこと思い出させるんじゃねえよ」

 「わりぃな。好奇心で古傷突いてよ。でもよ、あのスティンガーのおかげでバケモンは倒せた。さっきも言ったがここがなくなると困るから受け取っておけ。年寄りの冷や水は程々にしておけよ。全くジジババはどいつもこいつも……」

 「ぬかしやがる、テメェももうすぐジジィだろうが」

 「俺は永遠の二十歳だ」

 「キメェよ!」

 
 くだらないやり取りを最後に、錫乃介はその場を後にした。シートに残した財布デバイスには2,990,000cの文字が表示されていた。
 

収支12,350c

 


………………



 とあるホテルの一室。戦いを終え疲れを癒すためにシャワーを浴びるマリーがいた。
 50半ばとはいえ、日焼けし鍛え抜かれた無駄肉の無い体はハリがあり、胸も尻も垂れている様な所は見受けられない、スレンダーで均整のとれた肉体だった。

 
 なんだろうね、なんかムシャクシャするね。あの野郎アタシの誘いを足蹴にしやがって。
 本当に報奨金で女買いまくりに行ったんじゃないだろうね?

 ……ん? もしかして、アタシ妬いてるのかい?
 やんなっちゃうねぇ、いい歳こいて……


 明日から新しいトレーラー探さなきゃいけないってのに、何考えてんだか。

 

 ……若い娘用の換装ボディはいくらだったっけ?


 脱衣場の姿見の前でよぎった思いは、自分へのジョークだったかもしれなかった。


 マリーゴールドから“悲しみ“と“絶望”の花言葉が無くなった日 了
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

処理中です...