砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

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マリーゴールドから“悲しみ“と“絶望”の花言葉が無くなった日

復讐なんてやめておけ!なんて当事者でもないのによく言えるよな。

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 砂埃を巻き上げポルトランドへ向かう魔改造ジャイロキャノピー。今回の戦果は錫乃介にしては珍しく上々だが、表情はどこか優れない。愛車の塗装がガリガリ削れフロントスクリーンはヒビだらけ、サイドミラーはもげ空調は効かず、ヘッドライトもテールランプもとうの昔に割れて点かなくなっているのが原因では無い。


 …………


 昨日、レベル3のセキュリティロボ三台をリヴォルバーカノンのコーラ瓶の様な大きさの30×113mmB弾がまとめて吹き飛ばし、地下15階に辿り着いた時の事だった。
 地下15階から最下層地下16階は吹き抜けの高級ラウンジになっており、地底湖を中から一望出来る巨大なアクアリウムであった。
 月と星々に照らされ、ひどく透明な水質の地底湖が青白く輝いている光景は、女性を口説くには最適なシチュエーションかもしれない。
 カノン砲の砲撃音で目覚めたのか、魚型の機獣達がせわしなく動き回り、月光をチラチラと反射し幻想的な雰囲気を演出するが、こちらと目が合った瞬間特殊強化アクリルガラスにぶつかってくる。当然弾き返され数度と繰り返すと、無駄な事を悟って他へ泳いで行ってしまう。
 そして、その地底湖の奥が黒くそこだけ不透明であったが、目を凝らすと巨大な物体が鎮座していたのが見える。

 
 さっきのパンツァーイーターか。でっけぇバケモンだぜ……

 ”寝ているようですね。このまま騒ぎを起こさないうちに引きましょう”

 「マリー」

 「皆まで申さずともわかってるよ。大丈夫だもう変な真似はしないさ。そこの高そうなインテリアだけ掻っ払ってとっとと帰るよ」

 そう言ったマリーの目は、先程の復讐心に囚われた目では無く、悔しさか、悲しさか、諦めか、全てがないまぜになった瞳になって怪物を見つめていた。
 
 
 最下層の目ぼしい物を運び終えてから、トレーラー付近でキャンプを張った。
 ホテル内に部屋は幾らでもあるのだが、生き残ったセキュリティが居ないとも限らないので、用心に越した事はない。
 ジャイロキャノピーに搭載されているマルチアングルのカメラに、有線でナビにリンクさせて監視を任せると、錫乃介はグースカ寝始める。
 日中はアクション映画さながらのスタントを度々こなし、夜は馬車馬の様に荷物を運んでいたので、身体の疲労はMAXであったために横になった瞬間には眠りに落ちていた。マリーもまたトレーラーヘッドにある休憩スペースで休むと言って乗り込んだ。


 そして、一刻程、まだ夜明けまで2~3時間はある刻限。


 “錫乃介様、マリー様が何処かへ行かれました”
 
 寝袋でイビキをかく錫乃介を、ナビが起こす。

 ……あん、なんだよ便所だろ? ババアでも恥じらいくらいあるさ。

 “様子がおかしいです。まだ建物内は安全を確認したわけはありませんので、念のためついて行ってあげて下さい”

 面倒くせぇババアだなぁ……はぁ。


 マリーはロビーにある、地底湖を一望できるテラスの柵に肘をかけ紙巻を吸っていた。見下ろす水面は鏡面の様に静かで夜空を美しく写す。
 
 
 「おい、なーにしてんだ。ババアが黄昏たって絵にならねえぞ。とりあえず一本寄越せ」

 「別に、なにも」

 錫乃介の悪態には反応せずに紙巻を差し出す。

 「嘘つけワニザメパンツ食い魔を倒す算段でも考えてたんだろ」


 テラスに残っている流線型の古びたベンチのオブジェに腰をかけて、マリーのシガーライターで火をつける。


 「ああそうだね。どうやって血祭りに上げてやろうかなってね」

 「何か思いついたか?」


 いや何も、と紫煙をため息混じりに吐き出し、言葉を続ける。

 「実はね、アイツには旦那と息子をやられたあと復讐してやろうと何度も挑戦してんだよ。でもね対戦車ロケット弾でも、爆弾飲み込ませても、地雷も毒餌も効きゃしない。30人以上のハンターで討伐部隊を編成したのに壊滅させられた事もあったね」

 指先寸前まで燃焼した紙巻を、弾いて地底湖の水面に落とし、ぐるりと振り返り柵に背中を預けるマリー。


 「マジかよ想像以上の化けもんだな」

 「兎に角堅いのさ、外側も内側もね。そりゃ戦車を丸齧りするくらいだからそうなんだろうけどさ。後は大口径の要塞砲でぶち抜くくらいしか手が無いなと思っていたら、ある時から姿を消した。どこに行ったかと探してたら何年も経っちまって諦めていたんだけど……」

 「ここでご対面と」

 「ああそうだ。だけど、この穴に潜まれちゃ要塞砲で撃つことも出来ないね。あと残された手は原爆でも落とすか……」

 「物騒な事考えるねえ。奴も案外そういう兵器から逃れてここに辿り着いたのかもしれないぜ」

 錫乃介の紙巻もまた指先寸前まで燃えてきたところで、床に落とし足で踏み消す。
 
 「何にせよ、ここで奴とやり合う気ならトレーラーは中身ごと貰ってくぞ。俺は回収屋であるマリーの手伝いをしに来ただけだ。ババアの復讐に巻き込むんじゃねえぞ」

 「例え復讐するにしたって回収品売り捌いた金使い切るまでやらないよ」

 「わかってりゃいいんだ。俺は寝なおすぜ」


 そう言い残して錫乃介は寝床に戻って行った。
 
 
…………


 
 ったく、嘘でも復讐なんかしねえって言っとけよ……

 “マリー様はまたホテルに戻られると思いますか?”

 戻るだろうな。ずっと復讐するためだったんだろ? 他の男も子供も作らねえで回収屋として生き抜いてきたのは。

 “そうですねぇ、何か倒す案は無いんですか?”

 散々マリーがやることやったんだろ。ミサイルでもなけりゃ無理無理。倒せるわけないっしょ、爆弾体内から破裂させても効かない奴どーすんの?
 だいたい案があるところであんなバケモン相手したくないよ俺。美少女助けて俺に惚れるなら喜んでやるけどさ、何でババアに協力しなきゃならないの? 仮に倒してババアに惚れられても嬉しくねえし。
 まあ、酒奢ってもらってるから万が一案が浮かんだら助言くらいしてやらないこともないけどさ。万が一ね、万が一。


 とは言ったものの、どうにか出来るとも思えず、ナビと会話しつつも頭を巡らせながらジャイロキャノピーを走らせていた。
 先を行くマリーのトレーラーはアルミネートには戻らず、真っ直ぐにポルトランドへ向かって砂煙と排ガスを上げている。その途中大きな川の跡に差し掛かった。
 砂漠では年間を通して全く雨が振らないわけではない。僅かな雨季の期間があり、一時的に局所的な豪雨が降る。その時だけ出現する川の事をアラビアからアフリカにかけて“ワジ“や“ワーディ“、アメリカ大陸では“アロヨ“、日本では“涸れ川”と呼ばれており、この川もその一つであった。
 こんな世界でも砂漠には雨季があり、その豪雨は川となって近くの海や大河に流れ込む。錫乃介達がいる付近では、ポルトランドに大河があるため比較的湿度が高く雨の頻度も砂漠の割には多かった。
 余談ではあるが、ポルトランドがこの辺りで一番大きい街でありえたのは、大河だけではなく、大量の水に恵まれた街だったからと言えよう。
 トレーラーはそのワジを横断し、錫乃介も後に続く。このワジはかなりの幅で数百メートルはある緩やかな渓谷で、向こう岸まで続く流水の跡が付く大地を走る。


 ワジ……川の跡……雨か。

 
 海の砂浜の様に波打つ曲線の砂紋は自然が描く造詣美。それを見つめる錫乃介の脳裏によぎる何かがあった。


 あ~あナビ、俺閃いちゃったよ~どうするよ? あのババアに惚れられちゃうかも。嬉しくねえなあ。

 “その割にはここ数日で一番嬉しそうですよ。いったい何を思いついたのですか?”

 ふへへへへへ、ポルトランドに着くまでに説明すっから知恵貸せや。100%倒せるかわからねえがやってみる価値はあるぜ。


 今までの暗鬱たる気持ちから一変、錫乃介は鼻歌を歌いマリーのトレーラーの前を蛇行運転し始めていた。
 鬱陶しく思いながらもマリーは何故か錫乃介の蛇行運転を眺め続けるのであった。
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