砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

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マリーゴールドから“悲しみ“と“絶望”の花言葉が無くなった日

リベンジ・トラジェディ

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 「俺っちこんなジャッキーばりのノースタントアクションする歳じゃないんだけどなぁ」

 「ジャッキーって奴は知らないけど、そのうち車でビルに突っ込むシーンなんて嫌でももやる事になるさ。ハンターだの回収屋だのヤクザな商売やってりゃね」
 
 「カースタントまでやらされんの? 勘弁してくれ……よ……」

 ん? そうか、なんで俺はわざわざ……


 マリーの手を借りて植込みから這い出た錫乃介は、紙巻をプッとテラスの外に吹き捨てると、何事か思いついたのか服を叩きながら口を開いた。

 「マリーさん、私大変な過ちといいますか、誤解といいますか、そもそも最初から間違えておりましたよ。お馬鹿さんですね、ククク……」


 吹き捨てられた紙巻はそのままテラス下に落ち、ジュッと音をたてる。
 この採石場跡地の底は水深10メートル程の人造湖になっていて、地下15~16階は吹き抜けの宿泊客のみ利用できる、高級水中ラウンジになっていたのは昔の話。今は管理されていない水溜りにはまともな魚など居らず、怪しげな影がいくつも蠢いている。意外にも水は透き通り一見綺麗だが、蠢く水生機獣が近寄り難い不気味な水場を演出している。
 先程の爆発で降った瓦礫を餌と勘違いしているのか、食らいつき、奪い合い、ばしゃりばしゃりと賑やかな音がテラス下から聞こえている。

 
 「一体何の話だい? 今更怖気付いたわけじゃ無いだろう?」

 「違いますよマリーさん。とりあえず地上に戻りますよ。説明はその後で」

 「頭打っただろ、アンタ」

 「いえね、自分の愚かさに少々腹が立っているんですよ」

 「やっぱり頭打ったね」

 「まぁ、打ちましたが」

 打ったと言っても超高分子量ポリエチレン製のヘルメットをかぶる錫乃介の頭に外傷は無い。衝撃で揺さぶられることはあるが。


 さぁ、戻るかと二人が踵を返して、地底湖に背を向けたその刹那、背後で先程からばちゃりばちゃりと立てていた音が一瞬消えた。そして突如降り始めたゲリラ豪雨の様な水音がする。

 マリーと錫乃介は揃って顔を背後にそっと向けた。

 そこには地底湖より姿を現した巨大な口が、まるでワニともサメともいえる禍々しいノコギリ牙が隙間なく生えている巨大な口が、二人が立つテラスを齧りとらんとする巨大な口が、目の前で開いていた。


 「マ、マリーさん……あれって……パンツ食い魔?」

 言うや直ぐに走り出す錫乃介。


 「パンツァーイーター……こんな所にいたのかい……アンタお目にかかれるなんて運が良いねっ!」

 答えるマリーも即座にホテルに向かって走り出す。


 「そんな運いりまっしぇーーーん!」

  
 情けない声を出しながら叫びチラリと後ろを見ると、パンツァーイーターの口の舌の部分は対戦車砲が据えられており、ライフリングがこちらを向いていた。


 「まずい!」

 その叫びと共にダッシュスピードを早めて、ホテル内へ入れるガラス扉へ前方宙返りの要領で背中から二人でガラスをぶち破り突入ダイブする。タイミングが息を合わせたかと思えるほどピッタリだ。

 二人とも上手く足から着地すると、その勢いで前方の床に飛び込み伏せると、背後から45ミリ砲の轟音、そしてガラス扉付近で起きる爆発。
 一瞬にして爆風と爆発音が二人を襲う。
 少しの間伏せたままだが、二発目が無さそうなのを確認する前にほふく前進で距離を離す。

 「マリー!あいつ超ヤバイ奴なんでしょ! 何でこんなとこいんの⁉︎」

 必死になって錫乃介が隣にいるマリーに問う。
 しかし、マリーはほふく前進はしているものの、どこか心ここに在らずと言った状態で錫乃介の声が届いていない。


 「どうした、頭でも打ったか?」


 錫乃介の問いには応えず立ち上がり、たった今逃げて来た方を振り返って睨む。明らかに今までに無い、尋常では無い眼力である。
 

 「ああ、少し打ったみたいだ」

 錫乃介の方を向く事なくその一言を残して、マリーはパンツァーイーターが待ち受ける地底湖に向かって歩み始めた。左手にはウィンチェスターM1982。右手にはオートマグⅢを携えて。



 「はいはい、そう言うのいいから」

 一足跳びに背後に近づきマリーの履くレザースキニーのベルトをガッシリ掴む錫乃介。

 
 「痴漢ならもう少し若い奴相手にしておきな」

 それでも前に進もうとするマリーの腰を両手を回して抱える様に掴む。

 「そうだな、痴漢するときはそうするよ」

 
 砲撃によって破壊され、まだ燻っている出入り口の向こうでは、パンツァーイーターの45ミリ砲が喉の奥に収納されていくところが見える。

 対戦車砲を仕舞い込んだ怪物は、また眠りに付くのだろうか、それ以上暴れることなく地底湖に静かな水音を立て沈んでいった。


 「どうやら、寝ているところを起こしちまったみたいだな。機嫌悪そうだからまた今度にしようや」


 ほんの一拍の間ーーもしかしたら数時間かもしれないがーー硬直していたマリーは、ふぅと一息吐くと、引き金に掛けていた人差し指を外して懐中のホルスターにオートマグⅢを仕舞い、ウィンチェスターは左肩に乗せた。


 「すまない、少し興奮した」

 
 「……仇か?」


 「ああ、そうだ。もう、復讐だなんてバカバカしいと思ってたんだけどね」


 右手で懐中からクシャクシャの紙巻を取り出し咥えると、ベルトのバックルから取り出したシガーライターで火をつける。


 「こんな時代だ。いつ誰が死んだっておかしくない。旦那と息子が生きてた時だって、その覚悟はしてたつもりだった。
 アタシ等なんて機獣からしたらただの餌だからね」


 深く吸い込むと紙巻は赤く発熱する。


 「眼前にしたらそうは感情が許さねぇよな」

 「でもさ……自分でもねーー意外だったよ」

 「意外なんかじゃ、ねえさ」


 マリーは天井を仰ぎ見ると、ふぅと煙と共に、それだけでは無い何かを吐き出していた。




 
 「それよりアンタ、いつまでアタシの尻触ってんだい。金とるよ」

 「おっと、案外触り心地が良くてな」

 「やっぱり痴漢してたのかい。いや、その前に“案外”は余計だよ」

 「褒めてんだよ。隙を見せたらまた触ってやるからな」

 「ケッ、ほざけ」


 二人は活動を止めていたセキュリティロボが動き出した気配を感じ、地上に戻るべく階段を上がっていった。


 駆けながらも咥えタバコで吐き出した紫煙は、マリーの顔を優しく包みその一雫の涙を隠していた。
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