砂漠と鋼とおっさんと

ゴエモン

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マリーゴールドから“悲しみ“と“絶望”の花言葉が無くなった日

聖母マリアの黄金の花

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 話は錫乃介がUSDビルを出て行った後に遡る。
 
 ロクに別れの挨拶もせずに飛び出した錫乃介を見送った後、彼の事を少々の誤解も含めて過大評価をしていた山下も、すべき事は終わったと感じていた。

 
 「俺達もあと数日プラントノイド共の様子を見てアスファルトへ帰還する」

 「ああ、山下達にも世話になった。まだ何も返せるものが無いが、この借りはいずれ……」

 新宿解放作戦の決行前にさ貸し借り無しの約束ではあった。とは言え山下や錫乃介から受けた物は言いようの無い恩をサロットルは感じていた。
 サロットルは指導者としては冷徹で無能とあらば切り捨てることも厭わない合理主義者だが、共に戦った仲間には情け深く義を重んじる人間であった。


 「それは錫乃介にしてやってくれ。俺達もアイツに助けられたんだ。新宿に着いてからすぐにアヘンをばら撒くヤツにやられてな。全滅しかねない危ないところだった」

 「山下もだったのか……」

 「あぁ、あの野郎には俺自身助けられたのは二度目だ。
 だから、ここでアイツ抜きでアンタから礼を受け取れる程恥知らずじゃねえよ。それにな俺達にはちゃんと街から報酬が出るんだ。公務の一環だからな」

 「錫乃介には無いようだが……」

 「ヤツは別口で来たし、ユニオンのノルマだったから仕方ねぇ。早いとこ借金返してやんな」
 
 「これは、重いな……今まで一番」

 「ちげぇねえな」

 山下はいつもの室内に響く笑い声ではなく、小さく苦笑の様な表情を浮かべ、展望ラウンジを後にした。


 階下に降りるエレベーター内では、山下は先程の会話を反芻していた。

 ちげぇねえ、俺とした事が不覚にもハンター歴一年の奴に二つも借りを作っちまうなんてな……


 「山下、錫乃介に二回助けられたって言ってたけど、一回目ってアスファルト侵攻の時か?」

 隻眼の美少女が山下の顔を覗き込む。


 「そうだ。あん時の長距離ロケット砲ヴァルキリーが一斉砲火していたら、俺達はここには居なかったかもしれねぇ」

 「その話は聞いた。アスファルトに撃ち込まれる前に壊滅させたって、でも本当に錫乃介が……」

 「まぁここでのアイツの道化っぷりを見てたら疑いたくもなるわな」

 「女のケツ追っかけてるだけかと思ってたのに……」

 「俺が居ないとき、アイツはどうだった?」

 「……少し口説かれたくらい」

 「なぁに~!ようやく口説かれたか!こいつぁ傑作だ!!」

 
 その言葉に狭いエレベーターを揺るがす大声で山下は笑う。
 隻眼の美少女ーーシンディは山下の態度に顔を真っ赤にさせる。
 
 そのまま口説かれてろよ、という爆笑しながら山下が言った台詞に、人の気も知らないで……と女心を覗かせる少女の姿があった。




 
 その夜展望ラウンジでは、サロットル、エヴァ、シェスク、アミンの四人が集まっていた。

 
 「というわけで、錫乃介はもう新宿を出た」

 サロットルの報告に三人は驚きと戸惑いを隠せない。


 「錫乃介が外の街では英雄? あんな馬鹿やってたやつが?」
 とアミン。

 「莫大な金額の保証人? ただの呑兵衛じゃ無いのか……」
 とシェスク。

 「報酬はあるとき払いで酒を飲ませろって? それも飲まず行っちゃったの? 何なのよ、まだお礼も挨拶もしてないのに……」
 とエヴァ。
 

 「自分のファンに会いに行くという体で、彼は此処を飛び出た。我々に負担をかけないようにな。最後まで道化を貫きながら、この新宿を解放したのは間違いなく彼だ。私は彼をこの新宿復興の立役者であり、真の英雄であると記録に残したい」


 ファンの女の子がいると騙されてはしゃいで飛び出しただけなのに、自らの評価がうなぎ登りになっていた事を錫乃介は知るよしもなかった。

 それから山下達がアスファルトへ帰還してから数日後、再び外の世界からの訪問者がやって来て、サロットル達を更に驚かせる事になる。

 
 「こちらが新宿復興の為に錫乃介様が、苦しみながら書いた資料です」

 「なんだと……彼はどこまで我々の事を。くっ!」

 錫乃介の使いで来たロボオからサロットルとエヴァへ渡されたタブレットには、外の世界で即現金化出来る物、交易に関する事、ハンターユニオン支部に関する事、屋内プランテーションの技術供与の件等、様々な案件に対する提案が盛り込まれた資料であった。そして、酒を飲ませる権利をこのロボオに譲与するとも。


 「伝言です。“さっさと借金返せよ!俺はもう立つ事すらできねえ”」
 
 「錫乃介さん……苦しんでって、いったいそちらで何が……」

 ロボオの伝言を聞いたエヴァは、本心から錫乃介の事を心配した。
 
 「飲み過ぎの二日酔いです。たかだか日本酒一升と焼酎四合空けたくらいで。口ほどでもないですね。それから伝言の続きです。“エヴァちゃん今度飲み行こうねぇ!” だそうです」

 「何なのよアイツ……」

 本心から心配してしまった数秒前の自分を呪いたい、そんな気持ちにかられながらも呟く。
 そして、

 「今度来たらそんなもんじゃ済まさないんだから……」

 おそらくエヴァが生まれて初めて見せる悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 新宿ではまたも錫乃介の評価が爆上がりすると共に、再訪の暁には嫌と言っても飲ませてやろうと決心するエヴァであった。
 




 一方その頃

 錫乃介はセメントイテンのハンターユニオンで、ジャノピーが無くても出来る仕事は無いか、受付のおばちゃんに縋っていた。
 50代くらいだろうか引き締まったウェストの細身のスタイル。歳のわりに贅肉らしいものが見当たらない。迷彩のタンクトップにデニムのベスト。結えた髪は山吹色、老眼鏡の代わりの度付きゴーグルを額に、シケモクを咥えて、受付業務をしている。おそらく元ハンターなのかと伺わせる


 「おねえさーん、何かちょっとでいいから仕事なーい? 今乗り物無いけど大概の事は出来るよ」

 「まずはそのあからさまなお世辞を止めるんだね。そうしないと、『パンツァーイーター』の討伐にソロで行かせるよ」


 錫乃介の事をチラ見もせずに、キーボードを打ちつつディスプレイに向かうおばちゃん。


 「パンツァーイーターって何だ? あ、わかった。パンチラ好き過ぎて、とうとう口に目一杯パンツ詰め込んでハムハムしてないと呼吸が出来なくなった変態だろ? 大丈夫、変態なら俺得意だから」

 「変態はお前だ」


 咥えたシケモクをプッと吹き出すと、見事にデスクの上にあったショットグラスにホールインワン。
 ようやくジロリと錫乃介を睨むと口を開く年増のサラ・コナー。

 「パンツァーイーターってのは戦車でも装甲車でも、鋼鉄を齧りとってくるサメとワニを足して一億倍に強化した化け物だ。表皮は特殊装甲より頑丈で、おまけに口から45ミリ対戦車砲をぶっ放してくるおまけ付きだよ」


 それだけ言うと、またどこからかシケモクを取り出し咥え、火を付け作業に戻る。

 「ソイツでっかいの?」

 「5~6階建てのビルを寝かせて砂漠を這っている感じさ」

 「空飛ぶタコ野郎とどっちがヤバイの?」

 「さぁね。両方戦わせてみたらわかるんじゃ無いか?」

 「何それ。怪獣大決戦じゃん。胸熱過ぎるんだけど。観てみたいな」

 「アンタ私と駄弁りに来たのか?仕事を探しに来たのか?」

 ディスプレイを見ていた視線が錫乃介に向かう。

 「まぁ、ある意味おばはんを口説きにきた?」

 「鬱陶しい男だね。ホレ、さっき入った猿機獣退治のリクエストやって来な。北に20キロの廃墟だよ。一体50c。爆発する糞を投げ付けてくるから気をつけな」

 受理手続きをしハンター証を錫乃介に返すと、ぶっきらぼうにそれだけ言う。

 「あらま、アドバイスまでありがとう。見た目によらず優しいねおばはん。あ、それとも俺に惚れたか」

 
 錫乃介の軽口が終わるやいなや、いつの間にかおばちゃんは拳銃を懐から抜いていた。


 「さっさと逝きな」

 知覚するよりも早く錫乃介の眉間に銃口を当て、静かに囁いた。


 「いきな、のニュアンスがちょっとこわーいんですけど。それじゃ、行ってきまーす!」


 スタコラとユニオンを飛び出ると、外に向かって走り出す錫乃介。

 
 なんなんだよアイツは。ルーキーみたいだが、怖いもの知らずなのか馬鹿なのか……

 受付のおばちゃんはシケモクをショットグラスにプッと吹き出すと、不思議なオールドルーキー眺めていた。

 
 「ようマリー、戻ったぜ」

 「何だい、まだ死んでなかったのかい?」

 受付のおばちゃんに“マリー”と声をかけたのは、ガタイの良いハンター達の中でも一際大きい体格が目立つ、ラオウ山下であった。

 「ああ、残念ながらな」

 「ヤバい案件だったらしいじゃないか?」

 「元々は行方不明者の捜索だったんだがな、とんでもねえ大事に巻き込まれちまった」

 「へぇ~アンタがそんな事言うとはね。そんでアスファルトに戻るのかい?」

 「いや、任務完了で休暇だ。別にする事もねえが、ちょいと知りたい事が出来てな、ポルトランドに向かう」

 「戦いにしか興味のないアンタが知りたい事? どういう風の吹き回しだい?」

 「なに、錫乃介ってお人好し英雄のしでかした事に興味がわいたのさ。それじゃ、くたばれよマリーゴールド・マリー」

 「ああ、先にあの世に行ってな」


 古くからのお決まりの様な挨拶を交わすと、マリーは先程リクエストの受理手続きをしたままのモニターに目を戻す。


 赤銅、錫乃介……さっきの頭がパープー野郎か……英雄……?
 


 
 “何で受付のおばちゃんからかって命の危機に瀕しなきゃならないんですか。
 あれオートマグIIIでしたよ。撃たれたら頭消し飛んでますし、俄に本気でしたよあの人。余計な事しないでください”

 ほら、俺ってサービス精神旺盛じゃん? 日がな一日ディスプレイと睨めっこしてるのも大変かな? って思ってさ、息抜き息抜き。

 “絶対余計なお世話だと思います”

 あのおばちゃんただ者じゃねーな。

 “ええ、動体視力強化してなかったとは言え、銃を抜くところが見えませんでしたよ”

 あぶねーあぶねー。


 二日酔いも抜け、ようやく仕事にあり付けた錫乃介は、揚々と次の現場へと足を向けるのであった。
 
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