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アスファルト編
さぁ、行くんだその顔をあげて
しおりを挟む船首の下部が開きタラップとなって物資が運び出され、タラップの周りに市場でよく見かける何台ものターレットトラック(築地豊洲市場で走っている運搬船用の特殊なトラック)に積み込まれ街の中へと吸い込まれて行く。
街はアスファルトに囲まれている。否アスファルトに囲まれた所に街を築いた、という表現が正しいだろう。アスファルトの外は荒野が広がる。
このアスファルトの隔壁は高速道路が横倒しになってできたものだと一瞥してわかった。
と、なれば…あった!道路標識。
ええっと…
おいおいマジかよ…
男が倒れた高速道路に刺さる、ハゲかかって赤錆た道路標識には、
横浜公園
湾岸線
空港中央
といった見慣れた地名があった。
これ首都高の羽田方面の道路じゃねぇか!
ってーことはなにかい?ここは日本の東京で、もしかして未来ってやつですかい?
俺、酒飲んで倒れている間にタイムスリップでもしちまったって事?
冗談きっついわー。
にしても、海がみえないねー
海無くなったん?
海無くなったから、船陸上で走らせよかってことなんかね。
にしたって、なんで高速道路みんな倒れてんの?
もぅ、疑問がいっぱいさね。
さ、どうしよっかね俺?
ま、とりあえず街に入るかね。
汐留川と書かれている水門がこの街の入り口になっている。倒れた高速道路の間に無理矢理設置したのだろう。川はないのでもはや水門ではなくただの門だ。何台ものターレットトラックと共にドサクサにまぎれて男は街に入っていった。
そこには昨日までの、お酒を飲んで潰れる前まで知っていた東京の街並みではなかった。これまでの経過で、ある程度予想はしていたがここまでとは。
屋台の様なテントが立ち並びそこで運び込まれた物資を売買する市場があった。
道幅は5~6メートル程と広いがその中を、ターレットトラックがビュンビュン走る。
時折り怒声というか罵声というか怒鳴り声が聞こえる。何言ってるかわからないが、どけっ!とか、うるせぃ!とかだろう
男は仕事柄築地に行くことが度々あったが、それに近しいノリだ。
しかし、売ってる物は鮮魚じゃない。
そこで売っていた物は、漫画やテレビでしか見たことない銃器の数々。拳銃とかライフルならまだわかる。ガンベルトがついたどでかいマシンガンや、おそらく自分では持てないだろうバズーカ砲、 ああこれランボーが使ってたなっていうロケット弾。
男はミリタリーは好きだが、詳しくはない。でも小銃とかミニガンとかガトリングとかの違いくらいはわかる。
おいおい、売ってるよブローニングM2とか対物ライフルとか、お!あれ『ターミネーター2』でシュワちゃんが使ってたやつじゃね?
ミリタリーマニアがいたら大歓喜だね。
っつーかよー日本も銃器解禁かよー。
俺酔い潰れてる間に何があったんだよ。
お祭りの出店で焼き鳥売るノリで、グレネード売ってるじゃんか。
話してる言葉は日本語?英語?中国語?なんだ、皆んなてんでバラバラだぞ?その割にはコミュニケーションはとれている。どういうことだ?みんなマルチリンガルなの?
片方が日本語で、返す言葉は日本語じゃないのに意思の疎通がとれているぞ。
通貨がわからん。電子マネーのようだが、スマホみたいな道具でやりとりしてるな。でも無線じゃない。わざわざケーブルつけたり、財布同士を直接接触させたりしてるな。
それにしてもあらゆる人種や変な格好の奴が普通にいるな。黄色も黒も白も。全身タトゥーのやつや、機械丸出しの義手や義足。やったら背がでかいのは、サイボーグか?2メートル以上あるやつらがウヨウヨいるぞ。
おおーあれはモヒカンにトゲ付き肩パッドの伝統的な無法者スタイル。買い物してお辞儀してるから見た目の割に礼儀正しいのかもしれねぇな。
男は興味深く銃器に目をやりながらも、売り物だけではなく、人々の容姿や通貨、言語や会話のやりとりなどつぶさに観察していた。
時折り客寄せの声はかけられるが言語がわからないのでスルーしていたが
「おい、あんた!」
ん?日本語で声かけられたな。俺か?
「そんな丸腰でハンターマーケット彷徨うなんて大したもんだな。でも、護身銃くらい買ってったらどうだ?」
声をかけられた方に顔を向けると、白い布を頭にターバンの様に巻き、ベージュの帆布の様なマントを羽織った、黒目の男がいた。40~50代くらいで無精髭が様になっている。店は『スナックけいこ』という看板の上から書き殴ってあった『GODAIGO銃砲店』と。
店前には青いビニールシートの上に様々な銃器が所狭しと並べられていた。
ここはハンターマーケットっていうのか。
ってか護身銃ないと危ないんか。
ってか何だよこの看板。雑すぎだろ。
ってかゴダイゴってなんだよ。
おっさんの名前か?皇族かよ。不敬罪だわ。
それとも999かよ。
ガバメントが800cで売ってるよ。
1番安いのが錆びた小さいリボルバーで300cか。AKっぽいのが1200cだな。って、貨幣価値がわからねぇから高いのか安いのかわからねーよ。
「ありがとう、これでもローキックには自信があるんだ」
「なんだよ、格闘家か。とてもその体格じゃそうは見えねぇな。おっと失礼」
「よく言われるんだ、弱そうだって。それよか、今文無しで困ってんだ。何か小銭でいいから欲しいんだけど、質屋みたいな所ないかな?」
「なんだよ、金ねえのか。何売るんだ?素材ならユニオンだし、鉄屑なら工場だ。銃器ならうちでも買い取るぞ」
「いや~大したものじゃないんだけど、古銭を持っててね、どこかで売れるかなって」
そう言って俺は硬貨を数枚見せる。
これは本当に今のお金が欲しいのと、ダメ押しの確認の為である。日本の100円硬貨や10円硬貨を見ての反応で、現代か否かわかる。
「ああ、今時グラスク前のコインだなんてよく見つけたな。しかも錆びてないな。俺にはわからんが、好きそうな奴はいそうだな。こういうのはマーケット抜けたとこの横丁にある『ドンキーホーム』で売れるかもな」
「おおし、ありがとう!金ができたらまた来るよ!」
「どうせ小銭にしかならねーよ、文無しが。情報料くらいは出世払いしろよ。せいぜい死なねーようにな。」
口は悪いが、いい人だな。
グラスク?なんだろうな。
にしても、やっぱり硬貨が珍しいんだな。いったいどんだけ未来なんだ?
思案しながらも言われた通りハンターマーケットを抜け大通りに出た男は、またもやその光景に目を奪われた。
そこでは予想通りというか当然なのかもしれないが、走っている軽トラ、バイク、バギー、ジープなどどれもが銃器で武装されていた。いわゆる"テクニカル"という武装車両だ。
あの軽トラには4連装対空機関砲。あのバイクは両サイドにガトリングガン、ジープに搭載されているのあれ対戦車砲だろ。50ミリくらいありそうだな。
なんだよここ武装ゲリラの街かよ。テレビで何年か前に過激派組織「イスラム国(IS)」が乗ってたのを見たけど、まんまだな。
お、トヨタピックアップ走ってるじゃん!頭にはM2で荷台には対空機銃か。やっぱトヨタアズナンバーワンだね。
おっと、余計なとこばかり目がいってしまうな。
ドンキーホームか、マスコットはペンギンじゃなくてゴリラなのかな?
お、あれ…か?
そこには巨大なプレハブ小屋があった。
高さは4階層くらいか、横幅はバスケットコートのサイドラインくらいか。
看板にはデカデカと「ドンキーホーム』と書いてある。日本語以外にも5ヶ国語で書いてあるので、間違いないだろう。
やはりゴリラがマスコットキャラのようだ。
入口の脇には戦車が止まっている。男はその戦車を眺めながら店内に入っていく。
すんげぇな、こんな近くで戦車みたの初めてだわ。値札付いてるよ、売りもんかよ。
『シャール2c』 200,000,000c
シャール2cが戦車の名前かな?2億の後のcってのが単位か。そういやマーケットでクレジットって聞こえたな。
ん?キャッチコピーか?
"ラーメンから戦車まで"
商社かよ。
わざわざ6ヶ国語で書いてあるわ。
それよかラーメンあんのかよ。
そっちの方が気になるわ。
まぁ、いいや。
店内凄いな、所狭しと天井までビッチリなんやかんやが置いてあるぞ。ジャンル関係なく無差別に陳列してあるな。なんで、対戦車ロケットの隣で歯ブラシ売ってたり、防弾チョッキと女モンのパンティ一緒に置いてんだよ。ってか商品で通路塞ぐな!
これ、絶対店員把握してないだろ。
もういいや。早く売るもん売ってこよ。
お、店員さん…だよな?
スキンヘッドで頭から鋲がいくつも出てるし、目はX-MENのサイクロプスのバイザーみたいだし、身体は筋骨隆々だけど義足でもはや、男か女かも分からん。でも、ドンキーホームのエプロンしてるから店員だよな…
「すんませーん!」
「@&8〆$\?#:」
何言ってるかわかんねぇな。
勢いで通すか。
「えっと、この硬貨売りたいですが、どこで売ればいいですか?」
「€5#1○☆…っと、すいません今翻訳機作動しました。それでしたら、3階の奥のトイレの隣の事務所に行って下さい。連絡しておきますので」
おおっと、なんか機械音声っぽいけど、翻訳機ついてんのか、どれがだ?
まぁ、いいや
「ありがとうございます」
「はい、ごゆっくりどうぞ、ドンドンドン、ドンキーホーム~♪」
なんだよテーマソングあんのかよ。しかもパクリじゃねぇか。
歌いながら壁にかかった電話で連絡してくれてるな。
あんな未来的な格好してんのに無線じゃないんだな。
男は店内をひやかしながら、事務所前までやってきた。
とりあえずトイレで溜まりに溜まった物を上から下から全て出し切った。
今までよく我慢できたものである。
トイレは室内全てがステンレス製なのかな?というくらいメタリックであった。
ボットンであった。
手洗いがなかった。
ようやくスッキリした後、鋼鉄製っぽいドアをガンガンとノックすると「どうぞ」と声がかかる。
そっと、ドアを押して開けようとするも手前に引いて開けようとするも開かない。すると、
「そのドアね、横にスライドさせて開けるの」
マジかよ、と思いつつスライドさせようとするも開かない。
「思いっきりだよ!」
と中から声がかかる。
なんでだよ!と思いつつ、全体重で渾身の力を込めると、ようやくドアが少しずつスライドしていく。
部屋ではガラス板かアクリル板かわからないが鉄芯入りの透明な仕切りがあるカウンターの向こうに、小さい丸い色眼鏡をかけ、どこから首でどこから顔がわからないほどの太さのおっさんがいた。コーンヘッドみたいに尖った頭にはスキンヘッドなのかハゲなのか、眉毛も髭も毛らしいものは一切ない。顔にシワがないのでそこまで歳はいってないかもしれないが、妙なオーラというか圧力を感じる。
「ああ、ごめんね。そのドア防犯のために特殊合金製で重さが200キロあってね。重かったでしょ?対物ライフルはおろか対戦車ロケットだってせいぜい傷つくレベルなんだ。でも、壁がプレハブだから意味ないんだけどね。ははっ!」
「いや、なんて事ないですよ。この程度。毎日のトレーニング前の柔軟体操レベルですよ」
ふざけんな!こちとらただでさえ炎天下の中何時間も歩いてぶっ倒れそうだってのに、なんで、ここまできてウエイトやらなきゃならねぇんだ!という気持ちを押し殺して、精一杯強がった自分をほめたい。
「嘘だぁ、足が子鹿みたいになってるよ」
「ははっ、実は5時間もかけてトライアスロンした後で、少し足腰きちゃってたね」
このやろ見抜くんじゃねーよ。てめぇ接客業務だろ、少しはリップサービスしろや!
「で、何が売りたいって?」
いや、ボケたんだから返せよ!
寂しいだろ!
「そのトライアスロンの最中にね…「まだそのボケ続けるの?面白くないよ」
「…旅の最中にこれを見つけましてね」
少し恥ずかしくなりながら、硬貨をカウンターの上にだした。
すると、さっきまでこちらを小馬鹿にしていたコーンヘッドの様子が少しピリッとしまり、カウンターの仕切りの隙間から手を出した。
「ふーん、2,000年代の日本硬貨か
1円が6枚
5円が3枚
10円が8枚
50円が2枚
100円が7枚
500円が8枚
全種あるんだね。硬貨だけ?もしかしたらお札もある?」
「まぁ、財布ごと拾ったからあるよ。ほら」
そう言って俺は
千円札を22枚
五千円札を2枚
一万円札を6枚
出した。
「へぇー大量じゃん。なによりほとんど劣化していない。ねぇ、財布もみせてよ」
「あぁ、これも売れるか?」
俺は身分証や病院の診察券など余計なカードを抜いて、空にした財布を渡した。
「そりゃ、売れるよ。2,000年代の革製品がこんな綺麗な保存状態なんだもん。しかも本物の牛革だ。一つ言っておくけど、君馬鹿そうだから騙してこれらを二足三文で買おうと思ったら簡単にできるけど、僕はちゃんとした商売人だから正直に言うよ。こんな綺麗な状態で100年以上も前の牛革の財布が丸ごと出てくるなんてすんごく珍しいし、レトロコレクターは黙っていないね。でも、君はコレクターに流す術はないよね、僕自身これ買わなくても困らないし。だから安く買い叩かせてもらうよ」
「鑑定早いなぁ、ってか本当に正直で一言も二言も多いわ。でもそういうの嫌いじゃないんでね。で、いくらで買ってくれる?」
「あ、怒んないんだ。つまんないなぁ。鑑定早いのは当たり前でしょ。おっとそうだね、今明細をだすよ」
一円 6×5c
五円 3×10c
十円 8×3c
五十円 2×50c
百円 7×20c
五百円 8×100c
千円 22×300c
五千円 2×500c
一万円 8×1,000c
財布 2,000c
計18,724c
コーンヘッドは仕切りの隙間からノートくらいの端末を出す。
「はいこの金額だよ。OKならここにサインして財布のデバイス出して」
こ、これは中々いい金額なんじゃないか?1cが10円だったとしても、元とれてるぞ。だいたい1c=10円だったら、さっきのマーケットでAKが12,000円で売ってるってことになるしな。
ま、それより問題はと…
「金額は良い、ただ一つ頼みがある」
「なんだい、値上げだったらお断りだよ」
「いや、俺今デバイスをパクられちまって文無しなんだよ。だから、安いのでいいから財布のデバイス代をそこから引いて、財布ごとくれないかな?」
「えーめんどくさいなぁ。君頭悪そうだと思ったけど、それどころか鈍臭いんだ。救いようがないじゃん」
「ほっとけ!」
「いいよ、じゃあそこに並んでるデバイスどれでも持ってっていいよ。どうせ質流れ品で初期化もしてあるから」
そう壁際を指さすと、10数台のスマホ型の端末がならんでいる。
男は少し思案しながらも、1番武骨で丈夫そうなやつを手に取った。
「じゃあ、これで。いくらだ」
「ん、いいよ。哀れだからあげるよ」
「へっ…実はあなた良い人なんですね!いやーあった時からそうじゃないかと。流石ドンキーホームの社長!」
「うざいなぁ、僕こー見えて超忙しい人だからクレジット移したら早く出てってくれないかな?」
「へへ、すんません。ありがとうございます。それじゃ、こうやって起動して、指紋認証して、財布画面出して、あーはい、こことことをピッと接触させればいいんすね。はい、クレジット頂きました。失礼しやす」
そう言って振り返って、いつの間にか閉まっていた特殊合金製200キロのドアに手をかける。またこのドアを開けなきゃいけないのかと、思いつつ渾身の力を込めた瞬間、プシューと音を立てて自動でドアが空いたため、思わずズッコケてしまった。
「ごめんね、出る時は自動なんだ」
「いやー残念ですわ、また筋トレ出来ると張り切ってたんですが」
「じゃあ、また閉めるね」
プシューと音を立てて200キロのドアは閉まった。
「閉めんなや!」
「ちょっと聞きたい事があったんだ。デバイスサービスしたからその代わりと思ってよ」
「なんですかい?」
慌てて出ようとした俺を、また部屋に閉じ込めたコーンヘッドは、こちらを見ながら口を開いた。
「君、2,000年代から来たの?」
その時コーンヘッドの丸眼鏡は鋭く光っていた。
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