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第1章 帝国の継承者と古代の遺産
第33話 神の心臓
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「何事だ?」
「こんなの僕も初めてだよ」
けたたましく鳴り響くサイレン音に、ティナも動揺する。この船の主人である彼女だが、まだ知らないことの方が多い。
「こんな時に限ってマギアマキナが近くにいないとは運が悪い」
さっきまでそこら中で、後片付けに従事していたマギアマキナたちだが、不幸なことに出払ってしまっている。
「あ、まだルーナがいるよ。ルーナ、ルーナ起きて、ルチアも起きて、大変だよ」
機械人形であるはずのルーナも騒ぎ疲れたのか、ルチアたちと一緒にひっくり返って眠っている。
ティナは必死にルチアとルーナを揺り起こす。
「んー、うるさい。何の音? あれ、ティナ様、おはよう、どうしたん?」
ルーナもようやく目を覚まし、ティナの顔を見つめ、キョトンとする。頭の中まで警報音が響いてきたのか、少し青ざめる。
「って、やば、この警報、非常事態ってやつじゃん」
「ルーナ、この船一体どうなちゃってるの?」
「うーん、わかないけど、この音は敵じゃない。たぶん機関室の方だと思う。でも、あそこにはファビウスたちがいるから問題ないっしょ。さーて、もうひと眠りっと」
こんな状況にあってもルーナは楽天的だ。すぐに何事もなかったのかのように眠り始めようとする。古代帝国末期に作られた彼女は危機に鈍感だった帝国人の悪習が染みついているのかもしれない。
「ファビウスたちのところ! 早く助けに行かないと!」
また大事な家族が奪われるかもしれない。少しでも不安を感じると悪い方へと考えが回ってしまう。居ても立っても居られず、ティナは道もわからないのに飛び出してしまう。
「待って、ティナ様って行っちゃった」
「とにかく私たちも後を追うぞ」
「しようがない。行きますか」
ルーナはティナの後を追って走り出す。
「ルチア、お前も来い。この騒音の中でも大いびきとは……ええい、早く起きろ」
あまりにだらしない顔で眠るルチアにいら立ったヴァレリアは、ルチアの胸ぐらをつかんで持ち上げ、数度ビンタを食らわせる。
「へぶっ。痛い、痛い。なにっ、もう、なんなのよ」
突然の殴打にルチアは訳も分からず抗議する。
「いいから行くぞ。寝坊助め」
「ちょ、まっ、わああああ」
ヴァレリアはルチアを引きずりながら、全速力で駆けだした。
クラッシス・アウレアは、魔導炉という魔力を利用した動力機関によって動いている。魔導炉は、いくつかあるが、もっとも重要で巨大な魔導炉は、艦内で一番安全な中央部に位置している。
生き物の心臓のような巨大な機関部の前で、ファビウスは膝をつき、天を仰いでいた。
「ああ……あ……」
漂白されたように血の気が引き、目の前の現実を受け入れがたいのか小さく悲鳴を上げながら、首を小刻みに横に振っている。
周りでは、ファビウスの指揮下で働いていたマギアマキナの工兵たちも涙を流し絶望している。
騒ぎを聞きつけてきたマギアマキナたちは、なんと声をかけるべきか考えあぐね、立ち往生している。
すでに、警報音も鳴りやみ、この機関室には、ティナとルーナ、ヴァレリアそして引きずられてきたルチアも到着している。
「どーしちゃったの、あれ」
ようやく目を覚ましたルチアが、ルーナに尋ねる。
「聞くまでもないっしょ。どう考えても原因はあれよ」
ルーナは、心臓のような形をした魔導炉を一瞥する。
巨大な魔導炉には、天井から伸びた、船の各部にエネルギーを供給する、いくつもの大きな管が接続されて、天井からぶら下がるようになっている。
魔導炉は、心臓のごとく力強く拍動し、絶え間なくクラッシス・アウレアを動かし続けているはずだが、今は、沈黙している。機関室は、熱い蒸気に満たされて、その余韻を感じさせるが、鋼鉄の心臓には、大きな亀裂が入り、熟れた果実のようにはじけてしまっている。
「これが、この船を動かしているんだ。すごい大きい。動いてないけど、壊れちゃっているのかな」
ファビウスたちの無事を確認し、安堵したティナは、つい純粋な感想が口を突いて出る。
それが痛恨の一撃となってしまった。ファビウスはその場に倒れ伏し、風に吹かれて飛んでいきそうなほどに意気消沈している。
「クラッシス・アウレアの動力源たる魔導炉、通称、神の心臓は、彼の最高傑作のひとつ、嘆くのも無理はないでしょう」
「ベリサリウス、いつの間に。そのデウス・コアってファビウスが作ったの?」
「ええ、ファビウスはクラッシス・アウレアの設計から建造までかかわっていますから、彼にとって、この船はいわば、子供のようなものです」
ファビウスと一緒にうなだれているマギアマキナの工兵たちもまた、ファビウスの指揮下で、クラッシス・アウレアの建造に関わっていたものが多い。神の心臓が破損した衝撃は、ルーナやヘレナのように感情豊かではない工房出身の作業用マギアマキナたちでも、悲嘆にくれるほどだ。
ともかく、これで、クラッシス・アウレアは、その主要な機関部を失い、最大の三十パーセントまで出力を低下させてしまった。
急遽対応を協議する運びとなった。
「それで結局、この船はもう動かないの?」
復旧した会議室で、いまだにうなだれるファビウスをしり目にルチアが質問する。
「ファビウス」
ベリサリウスは促す。この状況を一番的確に説明できるのは、いまだ立ち直れないファビウスだけだ。彼を頼るほかない。
「……現状、クラッシス・アウレアは魔導艦として空を飛ぶことは不可能だ。だが、他の設備は、サブの魔導炉があるから問題ない」
神の心臓は、地中深くで、千年の間、仮死状態にあったクラッシス・アウレアの中で、唯一活動し続けていた。クラッシス・アウレアやマギアマキナたちが、長きにわたる眠りの中で、完全に朽ちてしまわないように神の心臓が動き続けることで、その生命を維持してきた。
最も頑丈に作られたはずだったが、千年の時は長く、老朽化の末、ついこの前、ディエルナの戦いの日、空に浮かび上がったのが、とどめとなり、ついには大きく断裂してしまった。それが今回の事件の発端だ。
「修復自体は容易だ。数か月もくれれば、元通りに直してみせる」
だが、とファビウスは言う。
「再起動させるのは、我々だけでは困難だ。神の心臓は、莫大なエネルギーを作り出すが、その巨大さゆえ、起動のためには多量の魔力を供給する必要がある」
ファビウスは再び沈黙してしまう。
「再起動については私から説明しますね」
見慣れない顔の少女が、遠慮がちに手を挙げる。
褐色肌に銀髪の東方風の少女で、だぼだぼの紫紺のローブを纏い、華奢な体つきには不釣り合いな大きな黄金の杖を持っている。アメジストのような透明な瞳が美しい。
「見ない顔だが、彼女は?」
会議に同席していたヴァレリアが問う。毎日のようにマギアマキナたちが修復されているので、会うたびに新顔が増えていて、見ない顔だらけである。それでいて、みな均整の取れた容貌の持ち主のため目を引く。
「リウィアだよ。ベリサリウスたちと同じ軍団長」
「あんな小さい子供が」
「今更、驚いてどうするのよ。相手はマギアマキナよ。あのヘレナが最年長だって言うんだから、見た目じゃもうわからないわ」
「なっ。本当か?」
「うんっ。私が一番、お姉さんだよっ」
驚愕の表情を浮かべるヴァレリアに、ヘレナが自慢げな表情で、ぽんと胸を叩く。
マギアマキナは見た目によらない。子供のような言動とふるまいのヘレナが、実は最も、古株であると聞いて、ルチアは、ヘレナを子ども扱いしにくくなったことがある。
結局、ヘレナが年齢を感じさせないこともあって、いつも通りに接するようになったが、マギアマキナたちといるとこれが日常茶飯事だ。
「リウィアは最後の軍団が誇る最高の魔導士であり、魔導技術の専門家です。ファビウスたちと同じくこの船の建造に大きく貢献しています」
「ほらね」
ベリサリウスの話から察するに案の定、見た目とは大きく乖離した年齢である。
しかし、リウィアは、少女らしく
「そんなに褒められると照れちゃいます」
と顔をそむけた。
「んん。話を戻しますね。神の心臓の再起動に必要なものは大きく分けて三つあります。大量の魔力を集めるための天体魔導反射装置、それをコントロールするために必要な五つの帝国宝器、そしてティナ様です」
「え? 僕?」
「はい。神の心臓に注ぎ込む魔力は、ティナ様の持つ帝国宝珠マテル・パトリアエと合わせて五つの帝国宝器が必要です。そして帝国宝器を操れるのは、建国帝ロムルス・レクスの血を受け継ぐティナ様だけです」
「神器を五つも同時に使用するというのか」
ヴァレリアは驚嘆する。
「はい、その通りです。建国帝の血を受け継ぐティナ様ならば、理論上は可能なはずです。ただ、建国帝以降の皇帝で、帝国宝器を五つを同時使用した使い手は記録にありません」
「古代エルトリア千年の歴史でもいないとなると難題だな」
神器の同時使用は、極めて難しい。普段から神器を使用しているヴァレリアはそれを体感している。神器はその強力さと引き換えに、体には大きな負担となる。最上位の使い手でようやく二つ同時に使えるといった程度だ。それを五つ。しかも、通常の神器よりもはるかに強力で負担も大きい帝国宝器でやる必要がある。
「大丈夫。剣術も魔法もいっぱい練習しているし、使いこなせるようになってみせるよ」
ティナはぐっとこぶしを握って見せる。最近、ティナは、ルチアと一緒に、ベリサリウスたち軍団長やヴァレリアそれに元冒険者の女将、ブルネラに学問、剣術、魔法など様々な技術を学んでいる。両人ともめきめきと成長しており、自分の実力を謙遜しがちなティナもようやく自信がついてきた。
それに母親の形見である帝国宝珠はまるで体の一部であるかのようになじんでいる。ほかの帝国宝器も同じなら使いこせる気がしている。
「ティナのやる気はいいとして、肝心の帝国宝器はどうするのよ。ティナの持っているやつ以外どこにあるのかもわからないんでしょ」
「心配には及ばない。今頃、エルが方々を探し回っているはずだ。時期に全て見つかるだろう」
ウルが言う。
ディエルナでの戦い以後、エルは密偵部隊を率いて、アヴァルケン半島中で情報収集活動をしている。そのため、この会議も欠席中だ。
軍団長の中では唯一、ティナや仲間に対して反抗的な態度のエルだが、任務には忠実でともすれば、軍団一番の働き者であった。最重要任務の中には、散逸してしまった帝国宝器の捜索もある。
「うん。僕も帝国宝器をもっとうまく使えるように頑張らないと」
ティナは微笑を浮かべながらも、落ち込んでいる。
故郷にいる頃からの念願だった学院行きの計画をベリサリウスたちに話すつもりだったが、言い出しにくくなってしまった。ティナたちの家であるクラッシス・アウレアが危機にあるなかで、学院に行きたいなどとは口が裂けても言えない。
「ティナ君……」
学院行きを勧めたヴァレリアも、ティナの哀愁漂う横顔に、ぬか喜びをさせてしまったと胸が締めつけられる。
もう一人、心痛を感じているものがいた。ウルだ。彼女はティナの護衛として片時もそばを離れず、ティナとヴァレリアが話している間も、実は近くに侍っていた。
ウルとしては、クラッシス・アウレアのことなどマギアマキナたちに任せ、ティナには学院に行ってほしいのだが、それではティナが納得しないだろう。ウルたちも、自分の主人というものを理解し始めている。
なんとか良い口実はないものかとウルは考える。
「ちなみにその魔力を大量に集める設備というのは、クラッシス・アウレアにあるのか? 聞いたことがないぞ」
「はい。膨大な魔力は、天に浮かぶ、三つの月から、得る必要があります。そのためには天体魔導反射装置が必要なんです。帝国各地にその設備が点在していたのですが、昔の話になってしまいましたから」
リウィアは、現在の地図を持ち上げって穴が開くほど見る。
古代帝国時代の設備は、ほとんどがその混乱期に破壊されつくしてしまい、すべて無くなってしまっている。
「うーん。天体魔力を受け入れられる大規模な反射装置があって今も残っていそうな場所は……あ! ありました!」
地図を眺めていたリウィアが叫ぶ。
「ここです。ここ」
リウィアが指したのは、アヴァルケン半島の中央。
「アルテナ。アルテナの魔導学院はまだありますか?」
「ある、あるよ。僕も今年、そこに入学するはずだったんだ」
ティナが答える。
「よかった。魔導学院なら天体魔力反射装置が残っているかもしれません」
リウィアの言葉に、ウルは口実を得たと見えないように、小さく拳を握りしめた。
「こんなの僕も初めてだよ」
けたたましく鳴り響くサイレン音に、ティナも動揺する。この船の主人である彼女だが、まだ知らないことの方が多い。
「こんな時に限ってマギアマキナが近くにいないとは運が悪い」
さっきまでそこら中で、後片付けに従事していたマギアマキナたちだが、不幸なことに出払ってしまっている。
「あ、まだルーナがいるよ。ルーナ、ルーナ起きて、ルチアも起きて、大変だよ」
機械人形であるはずのルーナも騒ぎ疲れたのか、ルチアたちと一緒にひっくり返って眠っている。
ティナは必死にルチアとルーナを揺り起こす。
「んー、うるさい。何の音? あれ、ティナ様、おはよう、どうしたん?」
ルーナもようやく目を覚まし、ティナの顔を見つめ、キョトンとする。頭の中まで警報音が響いてきたのか、少し青ざめる。
「って、やば、この警報、非常事態ってやつじゃん」
「ルーナ、この船一体どうなちゃってるの?」
「うーん、わかないけど、この音は敵じゃない。たぶん機関室の方だと思う。でも、あそこにはファビウスたちがいるから問題ないっしょ。さーて、もうひと眠りっと」
こんな状況にあってもルーナは楽天的だ。すぐに何事もなかったのかのように眠り始めようとする。古代帝国末期に作られた彼女は危機に鈍感だった帝国人の悪習が染みついているのかもしれない。
「ファビウスたちのところ! 早く助けに行かないと!」
また大事な家族が奪われるかもしれない。少しでも不安を感じると悪い方へと考えが回ってしまう。居ても立っても居られず、ティナは道もわからないのに飛び出してしまう。
「待って、ティナ様って行っちゃった」
「とにかく私たちも後を追うぞ」
「しようがない。行きますか」
ルーナはティナの後を追って走り出す。
「ルチア、お前も来い。この騒音の中でも大いびきとは……ええい、早く起きろ」
あまりにだらしない顔で眠るルチアにいら立ったヴァレリアは、ルチアの胸ぐらをつかんで持ち上げ、数度ビンタを食らわせる。
「へぶっ。痛い、痛い。なにっ、もう、なんなのよ」
突然の殴打にルチアは訳も分からず抗議する。
「いいから行くぞ。寝坊助め」
「ちょ、まっ、わああああ」
ヴァレリアはルチアを引きずりながら、全速力で駆けだした。
クラッシス・アウレアは、魔導炉という魔力を利用した動力機関によって動いている。魔導炉は、いくつかあるが、もっとも重要で巨大な魔導炉は、艦内で一番安全な中央部に位置している。
生き物の心臓のような巨大な機関部の前で、ファビウスは膝をつき、天を仰いでいた。
「ああ……あ……」
漂白されたように血の気が引き、目の前の現実を受け入れがたいのか小さく悲鳴を上げながら、首を小刻みに横に振っている。
周りでは、ファビウスの指揮下で働いていたマギアマキナの工兵たちも涙を流し絶望している。
騒ぎを聞きつけてきたマギアマキナたちは、なんと声をかけるべきか考えあぐね、立ち往生している。
すでに、警報音も鳴りやみ、この機関室には、ティナとルーナ、ヴァレリアそして引きずられてきたルチアも到着している。
「どーしちゃったの、あれ」
ようやく目を覚ましたルチアが、ルーナに尋ねる。
「聞くまでもないっしょ。どう考えても原因はあれよ」
ルーナは、心臓のような形をした魔導炉を一瞥する。
巨大な魔導炉には、天井から伸びた、船の各部にエネルギーを供給する、いくつもの大きな管が接続されて、天井からぶら下がるようになっている。
魔導炉は、心臓のごとく力強く拍動し、絶え間なくクラッシス・アウレアを動かし続けているはずだが、今は、沈黙している。機関室は、熱い蒸気に満たされて、その余韻を感じさせるが、鋼鉄の心臓には、大きな亀裂が入り、熟れた果実のようにはじけてしまっている。
「これが、この船を動かしているんだ。すごい大きい。動いてないけど、壊れちゃっているのかな」
ファビウスたちの無事を確認し、安堵したティナは、つい純粋な感想が口を突いて出る。
それが痛恨の一撃となってしまった。ファビウスはその場に倒れ伏し、風に吹かれて飛んでいきそうなほどに意気消沈している。
「クラッシス・アウレアの動力源たる魔導炉、通称、神の心臓は、彼の最高傑作のひとつ、嘆くのも無理はないでしょう」
「ベリサリウス、いつの間に。そのデウス・コアってファビウスが作ったの?」
「ええ、ファビウスはクラッシス・アウレアの設計から建造までかかわっていますから、彼にとって、この船はいわば、子供のようなものです」
ファビウスと一緒にうなだれているマギアマキナの工兵たちもまた、ファビウスの指揮下で、クラッシス・アウレアの建造に関わっていたものが多い。神の心臓が破損した衝撃は、ルーナやヘレナのように感情豊かではない工房出身の作業用マギアマキナたちでも、悲嘆にくれるほどだ。
ともかく、これで、クラッシス・アウレアは、その主要な機関部を失い、最大の三十パーセントまで出力を低下させてしまった。
急遽対応を協議する運びとなった。
「それで結局、この船はもう動かないの?」
復旧した会議室で、いまだにうなだれるファビウスをしり目にルチアが質問する。
「ファビウス」
ベリサリウスは促す。この状況を一番的確に説明できるのは、いまだ立ち直れないファビウスだけだ。彼を頼るほかない。
「……現状、クラッシス・アウレアは魔導艦として空を飛ぶことは不可能だ。だが、他の設備は、サブの魔導炉があるから問題ない」
神の心臓は、地中深くで、千年の間、仮死状態にあったクラッシス・アウレアの中で、唯一活動し続けていた。クラッシス・アウレアやマギアマキナたちが、長きにわたる眠りの中で、完全に朽ちてしまわないように神の心臓が動き続けることで、その生命を維持してきた。
最も頑丈に作られたはずだったが、千年の時は長く、老朽化の末、ついこの前、ディエルナの戦いの日、空に浮かび上がったのが、とどめとなり、ついには大きく断裂してしまった。それが今回の事件の発端だ。
「修復自体は容易だ。数か月もくれれば、元通りに直してみせる」
だが、とファビウスは言う。
「再起動させるのは、我々だけでは困難だ。神の心臓は、莫大なエネルギーを作り出すが、その巨大さゆえ、起動のためには多量の魔力を供給する必要がある」
ファビウスは再び沈黙してしまう。
「再起動については私から説明しますね」
見慣れない顔の少女が、遠慮がちに手を挙げる。
褐色肌に銀髪の東方風の少女で、だぼだぼの紫紺のローブを纏い、華奢な体つきには不釣り合いな大きな黄金の杖を持っている。アメジストのような透明な瞳が美しい。
「見ない顔だが、彼女は?」
会議に同席していたヴァレリアが問う。毎日のようにマギアマキナたちが修復されているので、会うたびに新顔が増えていて、見ない顔だらけである。それでいて、みな均整の取れた容貌の持ち主のため目を引く。
「リウィアだよ。ベリサリウスたちと同じ軍団長」
「あんな小さい子供が」
「今更、驚いてどうするのよ。相手はマギアマキナよ。あのヘレナが最年長だって言うんだから、見た目じゃもうわからないわ」
「なっ。本当か?」
「うんっ。私が一番、お姉さんだよっ」
驚愕の表情を浮かべるヴァレリアに、ヘレナが自慢げな表情で、ぽんと胸を叩く。
マギアマキナは見た目によらない。子供のような言動とふるまいのヘレナが、実は最も、古株であると聞いて、ルチアは、ヘレナを子ども扱いしにくくなったことがある。
結局、ヘレナが年齢を感じさせないこともあって、いつも通りに接するようになったが、マギアマキナたちといるとこれが日常茶飯事だ。
「リウィアは最後の軍団が誇る最高の魔導士であり、魔導技術の専門家です。ファビウスたちと同じくこの船の建造に大きく貢献しています」
「ほらね」
ベリサリウスの話から察するに案の定、見た目とは大きく乖離した年齢である。
しかし、リウィアは、少女らしく
「そんなに褒められると照れちゃいます」
と顔をそむけた。
「んん。話を戻しますね。神の心臓の再起動に必要なものは大きく分けて三つあります。大量の魔力を集めるための天体魔導反射装置、それをコントロールするために必要な五つの帝国宝器、そしてティナ様です」
「え? 僕?」
「はい。神の心臓に注ぎ込む魔力は、ティナ様の持つ帝国宝珠マテル・パトリアエと合わせて五つの帝国宝器が必要です。そして帝国宝器を操れるのは、建国帝ロムルス・レクスの血を受け継ぐティナ様だけです」
「神器を五つも同時に使用するというのか」
ヴァレリアは驚嘆する。
「はい、その通りです。建国帝の血を受け継ぐティナ様ならば、理論上は可能なはずです。ただ、建国帝以降の皇帝で、帝国宝器を五つを同時使用した使い手は記録にありません」
「古代エルトリア千年の歴史でもいないとなると難題だな」
神器の同時使用は、極めて難しい。普段から神器を使用しているヴァレリアはそれを体感している。神器はその強力さと引き換えに、体には大きな負担となる。最上位の使い手でようやく二つ同時に使えるといった程度だ。それを五つ。しかも、通常の神器よりもはるかに強力で負担も大きい帝国宝器でやる必要がある。
「大丈夫。剣術も魔法もいっぱい練習しているし、使いこなせるようになってみせるよ」
ティナはぐっとこぶしを握って見せる。最近、ティナは、ルチアと一緒に、ベリサリウスたち軍団長やヴァレリアそれに元冒険者の女将、ブルネラに学問、剣術、魔法など様々な技術を学んでいる。両人ともめきめきと成長しており、自分の実力を謙遜しがちなティナもようやく自信がついてきた。
それに母親の形見である帝国宝珠はまるで体の一部であるかのようになじんでいる。ほかの帝国宝器も同じなら使いこせる気がしている。
「ティナのやる気はいいとして、肝心の帝国宝器はどうするのよ。ティナの持っているやつ以外どこにあるのかもわからないんでしょ」
「心配には及ばない。今頃、エルが方々を探し回っているはずだ。時期に全て見つかるだろう」
ウルが言う。
ディエルナでの戦い以後、エルは密偵部隊を率いて、アヴァルケン半島中で情報収集活動をしている。そのため、この会議も欠席中だ。
軍団長の中では唯一、ティナや仲間に対して反抗的な態度のエルだが、任務には忠実でともすれば、軍団一番の働き者であった。最重要任務の中には、散逸してしまった帝国宝器の捜索もある。
「うん。僕も帝国宝器をもっとうまく使えるように頑張らないと」
ティナは微笑を浮かべながらも、落ち込んでいる。
故郷にいる頃からの念願だった学院行きの計画をベリサリウスたちに話すつもりだったが、言い出しにくくなってしまった。ティナたちの家であるクラッシス・アウレアが危機にあるなかで、学院に行きたいなどとは口が裂けても言えない。
「ティナ君……」
学院行きを勧めたヴァレリアも、ティナの哀愁漂う横顔に、ぬか喜びをさせてしまったと胸が締めつけられる。
もう一人、心痛を感じているものがいた。ウルだ。彼女はティナの護衛として片時もそばを離れず、ティナとヴァレリアが話している間も、実は近くに侍っていた。
ウルとしては、クラッシス・アウレアのことなどマギアマキナたちに任せ、ティナには学院に行ってほしいのだが、それではティナが納得しないだろう。ウルたちも、自分の主人というものを理解し始めている。
なんとか良い口実はないものかとウルは考える。
「ちなみにその魔力を大量に集める設備というのは、クラッシス・アウレアにあるのか? 聞いたことがないぞ」
「はい。膨大な魔力は、天に浮かぶ、三つの月から、得る必要があります。そのためには天体魔導反射装置が必要なんです。帝国各地にその設備が点在していたのですが、昔の話になってしまいましたから」
リウィアは、現在の地図を持ち上げって穴が開くほど見る。
古代帝国時代の設備は、ほとんどがその混乱期に破壊されつくしてしまい、すべて無くなってしまっている。
「うーん。天体魔力を受け入れられる大規模な反射装置があって今も残っていそうな場所は……あ! ありました!」
地図を眺めていたリウィアが叫ぶ。
「ここです。ここ」
リウィアが指したのは、アヴァルケン半島の中央。
「アルテナ。アルテナの魔導学院はまだありますか?」
「ある、あるよ。僕も今年、そこに入学するはずだったんだ」
ティナが答える。
「よかった。魔導学院なら天体魔力反射装置が残っているかもしれません」
リウィアの言葉に、ウルは口実を得たと見えないように、小さく拳を握りしめた。
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