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第四話
【28】
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「そいじゃあ、イオを頼む。」
雨脚が強まる中、すっかり寝入ったイオをリヴィに任せ、ウォーブラは雨よけの外套を羽織って宿を出た。何とか二人掛かりでイオを気絶させ宿まで運びきったが、まだアサヒは帰っていない。この雨だから、どこかで雨宿りでもしているのかもしれないが……ひとまず先ほどの酒場を見て、周辺を捜すことにした。
「なぁ、フード被ったヤツ見なかったか? 俺のツレなんだけどよ。」
「さっきの子だろ。いや、見てないね。」
どうやら、酒場には戻ってきていないらしい。
アサヒは理性的で慎重だ。そう心配することはないだろう。
だが、酒が入っている。多少不安に感じているのも確かだ。初日にイオに付き合って飲んだ時、随分と早い段階で酔いつぶれてしまっていた。今日はそれほど飲んでいないとはいえ……どこかで倒れたりしていないだろうか。
このくらい雨模様の夜で見えるかは分からないが、一番高そうな場所に上がっていく。
酒の席でスノウが展望台がある、と言っていたが、おそらくここだろう。登りきると、雨の中で誰かが倒れていた。
すぐ傍らには、見覚えのある首飾りとベルトポーチに、抜き身の短剣。これは、アサヒのものだ。駆け寄ってソレを拾い上げ、倒れている男を見る。
「ギルダン!」
叩き起こして、襟首をつかむ。
「てめぇアサヒに何しやがった!」
「あの女にはまだ何もしてねぇよ! ……気が付いたら意識なくなってたんだ。どこに行ったかなんて知らねぇよ。 って、どこいくんだおい!」
あの女には、といったか。訊きたいことは山ほどあるが、今はそれよりもアサヒを捜す方が優先だ。
「捜しに行くに決まってんだろ。……あとで、話聞かせてもらうからな。」
それから、とウォーブラは半身だけ振り向くように目を見開いて、ギルダンを睨んだ。
「逃げんならとっとと逃げとけ。俺はリヴィと違って、加減できねぇからな。」
***
リィンの雨夜は、暗い。
水をはね上げながら、ぬかるみを走る。必死に目を凝らし、少しの音も聞き逃さないように周囲に気を配った。ザァザァと降りしきる雨音が煩わしい。濡れた三つ編みが重く揺れる。雨音が彼女の気配をかき消してしまうようだった。
「アサヒ! いたら返事しろ!」
頬に張り付いた横髪をかき上げたとき、身体の冷えを感じて、一度身震いをする。あまり身体を冷やすのも良くないだろう。
「一回戻るか……?」
アサヒの性格を考えれば、この雨の中無為に歩き回るとは思えない。だが、ギルダンと何かあったことは明らかだった。
「くそ、何で一人にしたんだ。」
駆け出して、アサヒの姿を捜す。雨を凌ぐ外套も、これだけ動き回っては意味がない。
不意に、視界が明滅して、ウォーブラは膝をついた。ほんの一瞬。先の光景が見えた瞬間、ウォーブラは薙刀を構えていた。
「―――またか。」
雨よりも冷たい、無機質な声。刃のぶつかる音は、雨にかき消されていた。
「あいにく、見えちまったもんでな。」
薙刀で大きく振り払って、ウォーブラは青年と距離を取る。こんな時に、狙ったように来やがって、と吐き捨てる。
「……邪魔者は取り払って、条件はそろっていた、はずだ。」
「邪魔者……まさか、アサヒのことか!」
小首をかしげて見せる青年に、ウォーブラは訊ねた。
「アレは鋭敏だ。だから排除した。」
「!」
ギィン、と鈍い音が空気を這った。気が付けば、自分から一息に距離を詰めて、薙刀を振り下ろしていた。ぎりぎりと力をこめて、腹から叫ぶ。
「てめぇ、アサヒに何しやがった!」
「言ったはずだが。排除したと。」
「ふざけんな!」
穿つように畳みかけ、雨ごと斬り払う。嘆息と共に、ウォーブラの攻撃は最小限の動きでかわされるが、わずかに切っ先が青年の覆面にかすり、ピンと三角に尖った耳が雨に濡れた。
「殺したのか!」
濡れて張り付いた服の冷たさも不快感も一様に消え失せていた。加速する感覚の中で、頭をガンガンと打ち付けるような怒りがウォーブラを突き動かしている。
青年の斬撃を弾いて、そのまま蹴りこんだ。軽い。寸前で威力を流された。だが、構わない。何度だってやってやる。
「俺を殺したいなら、他人を巻き込んでんじゃねぇよ!」
「守れないなら、巻き込むな。」
「ッ!」
冷めた声が、やけに明瞭に響いた。雨の音も、ウォーブラの薙刀も超えた一瞬。青年の切っ先が右目を覆う包帯をかすめる。濡れた包帯は存外早く、水底へ滑り落ちた。
濡れた短剣の刃先が、喉元に迫る。
雨脚が強まる中、すっかり寝入ったイオをリヴィに任せ、ウォーブラは雨よけの外套を羽織って宿を出た。何とか二人掛かりでイオを気絶させ宿まで運びきったが、まだアサヒは帰っていない。この雨だから、どこかで雨宿りでもしているのかもしれないが……ひとまず先ほどの酒場を見て、周辺を捜すことにした。
「なぁ、フード被ったヤツ見なかったか? 俺のツレなんだけどよ。」
「さっきの子だろ。いや、見てないね。」
どうやら、酒場には戻ってきていないらしい。
アサヒは理性的で慎重だ。そう心配することはないだろう。
だが、酒が入っている。多少不安に感じているのも確かだ。初日にイオに付き合って飲んだ時、随分と早い段階で酔いつぶれてしまっていた。今日はそれほど飲んでいないとはいえ……どこかで倒れたりしていないだろうか。
このくらい雨模様の夜で見えるかは分からないが、一番高そうな場所に上がっていく。
酒の席でスノウが展望台がある、と言っていたが、おそらくここだろう。登りきると、雨の中で誰かが倒れていた。
すぐ傍らには、見覚えのある首飾りとベルトポーチに、抜き身の短剣。これは、アサヒのものだ。駆け寄ってソレを拾い上げ、倒れている男を見る。
「ギルダン!」
叩き起こして、襟首をつかむ。
「てめぇアサヒに何しやがった!」
「あの女にはまだ何もしてねぇよ! ……気が付いたら意識なくなってたんだ。どこに行ったかなんて知らねぇよ。 って、どこいくんだおい!」
あの女には、といったか。訊きたいことは山ほどあるが、今はそれよりもアサヒを捜す方が優先だ。
「捜しに行くに決まってんだろ。……あとで、話聞かせてもらうからな。」
それから、とウォーブラは半身だけ振り向くように目を見開いて、ギルダンを睨んだ。
「逃げんならとっとと逃げとけ。俺はリヴィと違って、加減できねぇからな。」
***
リィンの雨夜は、暗い。
水をはね上げながら、ぬかるみを走る。必死に目を凝らし、少しの音も聞き逃さないように周囲に気を配った。ザァザァと降りしきる雨音が煩わしい。濡れた三つ編みが重く揺れる。雨音が彼女の気配をかき消してしまうようだった。
「アサヒ! いたら返事しろ!」
頬に張り付いた横髪をかき上げたとき、身体の冷えを感じて、一度身震いをする。あまり身体を冷やすのも良くないだろう。
「一回戻るか……?」
アサヒの性格を考えれば、この雨の中無為に歩き回るとは思えない。だが、ギルダンと何かあったことは明らかだった。
「くそ、何で一人にしたんだ。」
駆け出して、アサヒの姿を捜す。雨を凌ぐ外套も、これだけ動き回っては意味がない。
不意に、視界が明滅して、ウォーブラは膝をついた。ほんの一瞬。先の光景が見えた瞬間、ウォーブラは薙刀を構えていた。
「―――またか。」
雨よりも冷たい、無機質な声。刃のぶつかる音は、雨にかき消されていた。
「あいにく、見えちまったもんでな。」
薙刀で大きく振り払って、ウォーブラは青年と距離を取る。こんな時に、狙ったように来やがって、と吐き捨てる。
「……邪魔者は取り払って、条件はそろっていた、はずだ。」
「邪魔者……まさか、アサヒのことか!」
小首をかしげて見せる青年に、ウォーブラは訊ねた。
「アレは鋭敏だ。だから排除した。」
「!」
ギィン、と鈍い音が空気を這った。気が付けば、自分から一息に距離を詰めて、薙刀を振り下ろしていた。ぎりぎりと力をこめて、腹から叫ぶ。
「てめぇ、アサヒに何しやがった!」
「言ったはずだが。排除したと。」
「ふざけんな!」
穿つように畳みかけ、雨ごと斬り払う。嘆息と共に、ウォーブラの攻撃は最小限の動きでかわされるが、わずかに切っ先が青年の覆面にかすり、ピンと三角に尖った耳が雨に濡れた。
「殺したのか!」
濡れて張り付いた服の冷たさも不快感も一様に消え失せていた。加速する感覚の中で、頭をガンガンと打ち付けるような怒りがウォーブラを突き動かしている。
青年の斬撃を弾いて、そのまま蹴りこんだ。軽い。寸前で威力を流された。だが、構わない。何度だってやってやる。
「俺を殺したいなら、他人を巻き込んでんじゃねぇよ!」
「守れないなら、巻き込むな。」
「ッ!」
冷めた声が、やけに明瞭に響いた。雨の音も、ウォーブラの薙刀も超えた一瞬。青年の切っ先が右目を覆う包帯をかすめる。濡れた包帯は存外早く、水底へ滑り落ちた。
濡れた短剣の刃先が、喉元に迫る。
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