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第一話
【6】 by Asahi
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***
喉が渇いた。焼けて張り付くようだ。
私は真っすぐに腕を突き出して、目の前のソレを貫く。気配を感じた瞬間に、振り抜く。潰す。切る。貫く。蹴って、投げつけて、生命を踏みつぶす。途中、ヤムアビルに噛まれた時の麻痺毒は、幸いだった。痛みをあまり感じない。だからこそ、うっかり死んでしまうんじゃないかと少し恐ろしくもあるが、そんな考えに浸れないくらいには忙しい。
指先まで縛り付けるようなこの紋様は、麻痺毒で動かない身体もどうにか動かしてくれる。自分の身体が、自分の操り人形になった錯覚を覚えながら私は戦っていた。
何のために。
なんのために?
かくん、と膝が折れて、私は座り込んだ。糸が切られたみたいに動かなくなり、鉛のように身体が重くなる。
「え……。」
不意に、腕にビーアントの顎が突き立った。私の、腕に。
「っああああああぁぁぁああああああ!」
短剣でソレの口を切り開き、投げ捨てる。痛い。熱い。痛い痛い痛い痛い!
「っはぁ、あ、…。」
痛い。私は生きている。死にたくない。死んでやるものか。奥歯を噛みしめる。呪いのように広がっていた紋様はいつの間にかなりを潜めていた。笑ってしまう。自分の身体ですらままならないなんて。
「はは、ははは。」
乾いた笑いが漏れる。頬を滑り落ちた雫が、汗なのか、涙なのかなんてわからない。分かりたくもない。
痛い。つらい。苦しい。
苦しい。つらい。痛い。寒い。怖い。寂しい。
眼前に鋭利な爪が迫る。
死にたくない。足が動かない。かわせない。動け。お願い。だって、怖い。死にたくない。そんなの、嫌だ。
「見つけた!」
一陣の風。私は鮮烈な赤に目を奪われる。
脳に直接色を叩き込まれるような感覚だった。血よりも鮮やかで、炎よりもなお深い色をした下げ髪が、尾を引くように美しい曲線を描く。彼の振るう薙刀の軌跡をなぞるようにして、ほんの一瞬の間、視界を二つに区切った。
「どう、して。」
首をはねられた魔物から、濁った液体が噴き出す。
「……正気ですか。」
私は訊ねた。
「俺ぁ、いつだって正気だ。」
身体を傾ぐようにして、彼は振り向いた。たれ気味の目尻とは相反した、獰猛な輝きを携えた瞳。じっと見つめると、底知れないその表情に飲み込まれてしまいそうな気がした。
眼前。周囲を覆い尽くす魔物の群れに、私は首を振った。隙間すら埋めるように、一帯は囲まれている。逃げ場なんて、ない。
「……だとしたら、余程の馬鹿か自殺志願者だ。」
「どうやらそうらしいな。俺ぁ、仲間にも言われるよ。大馬鹿だってな。」
にぃ、と口の端を吊り上げ、彼は楽しそうに笑った。
「あんたはどっちだ。」
「後者ではありません。」
立ち上がり、背中合わせに短剣を構える。武器にしては心もとない。……武器だけではない。魔物を相手にするにはあまりにも貧弱な装備。息を吐ききって、もう一度静かに吸う。
彼が死ぬ姿をみたくなくて、こんな場所で戦っていたのに。その本人が飛び込んで来るなんて、どうかしている。これでは、何のためにこんなことをし始めたのか。
これじゃあ、
「間違っても、こんな場所で無様に死んでやるつもりはありません。」
守り切るしか、ないじゃないか。
「上等。大馬鹿同士、生きて帰ろうぜ。」
瞬間、堰を切ってあふれ出すかの如く魔物が押し寄せた。波のようだった。
「大馬鹿はあなただけにしてください。私はあなたのように狂ってなどいない。」
「ああ、そうかよ。」
彼の背中から表情は窺えない。熾烈な赤色が、流麗に舞った。
喉が渇いた。焼けて張り付くようだ。
私は真っすぐに腕を突き出して、目の前のソレを貫く。気配を感じた瞬間に、振り抜く。潰す。切る。貫く。蹴って、投げつけて、生命を踏みつぶす。途中、ヤムアビルに噛まれた時の麻痺毒は、幸いだった。痛みをあまり感じない。だからこそ、うっかり死んでしまうんじゃないかと少し恐ろしくもあるが、そんな考えに浸れないくらいには忙しい。
指先まで縛り付けるようなこの紋様は、麻痺毒で動かない身体もどうにか動かしてくれる。自分の身体が、自分の操り人形になった錯覚を覚えながら私は戦っていた。
何のために。
なんのために?
かくん、と膝が折れて、私は座り込んだ。糸が切られたみたいに動かなくなり、鉛のように身体が重くなる。
「え……。」
不意に、腕にビーアントの顎が突き立った。私の、腕に。
「っああああああぁぁぁああああああ!」
短剣でソレの口を切り開き、投げ捨てる。痛い。熱い。痛い痛い痛い痛い!
「っはぁ、あ、…。」
痛い。私は生きている。死にたくない。死んでやるものか。奥歯を噛みしめる。呪いのように広がっていた紋様はいつの間にかなりを潜めていた。笑ってしまう。自分の身体ですらままならないなんて。
「はは、ははは。」
乾いた笑いが漏れる。頬を滑り落ちた雫が、汗なのか、涙なのかなんてわからない。分かりたくもない。
痛い。つらい。苦しい。
苦しい。つらい。痛い。寒い。怖い。寂しい。
眼前に鋭利な爪が迫る。
死にたくない。足が動かない。かわせない。動け。お願い。だって、怖い。死にたくない。そんなの、嫌だ。
「見つけた!」
一陣の風。私は鮮烈な赤に目を奪われる。
脳に直接色を叩き込まれるような感覚だった。血よりも鮮やかで、炎よりもなお深い色をした下げ髪が、尾を引くように美しい曲線を描く。彼の振るう薙刀の軌跡をなぞるようにして、ほんの一瞬の間、視界を二つに区切った。
「どう、して。」
首をはねられた魔物から、濁った液体が噴き出す。
「……正気ですか。」
私は訊ねた。
「俺ぁ、いつだって正気だ。」
身体を傾ぐようにして、彼は振り向いた。たれ気味の目尻とは相反した、獰猛な輝きを携えた瞳。じっと見つめると、底知れないその表情に飲み込まれてしまいそうな気がした。
眼前。周囲を覆い尽くす魔物の群れに、私は首を振った。隙間すら埋めるように、一帯は囲まれている。逃げ場なんて、ない。
「……だとしたら、余程の馬鹿か自殺志願者だ。」
「どうやらそうらしいな。俺ぁ、仲間にも言われるよ。大馬鹿だってな。」
にぃ、と口の端を吊り上げ、彼は楽しそうに笑った。
「あんたはどっちだ。」
「後者ではありません。」
立ち上がり、背中合わせに短剣を構える。武器にしては心もとない。……武器だけではない。魔物を相手にするにはあまりにも貧弱な装備。息を吐ききって、もう一度静かに吸う。
彼が死ぬ姿をみたくなくて、こんな場所で戦っていたのに。その本人が飛び込んで来るなんて、どうかしている。これでは、何のためにこんなことをし始めたのか。
これじゃあ、
「間違っても、こんな場所で無様に死んでやるつもりはありません。」
守り切るしか、ないじゃないか。
「上等。大馬鹿同士、生きて帰ろうぜ。」
瞬間、堰を切ってあふれ出すかの如く魔物が押し寄せた。波のようだった。
「大馬鹿はあなただけにしてください。私はあなたのように狂ってなどいない。」
「ああ、そうかよ。」
彼の背中から表情は窺えない。熾烈な赤色が、流麗に舞った。
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