こと切れるまでの物語

寺谷まさとみ

文字の大きさ
上 下
6 / 46
第一話

【3】

しおりを挟む
 一足先に戻ると、イオが晩飯を注ぎ分けながらモズと談笑していた。
「それでね、あたしは耀国の果実酒も好きなんだけど、」
「果実酒! でしたら、沙国の桃酒もおすすめですよ。口当たりはまろやかですが、ぴりりと広がる辛みがなんとも癖になるんですよ。」
「へぇ、そいつは気になるねぇ。もしモズさんのとこに入ったら連絡おくれよ。」
「でしたらおすすめのつまみも……おや、ウォーブラさん。」
 二人はお酒の話題で盛り上がっていたらしい。こちらに気が付くと、モズは目尻の皺を残したまま振り向いたが、どこか不安げな表情を含んでいる。
一方で、イオはすっかり上機嫌な様子で声をかけてきた。
「ウォーブラ。ノラの子は?」
「すぐ来ると思うぜ。」
「そうかい。ああ、もう少しで晩飯できるよ。身体冷やしたんだから、少しでも火に当たっときな。これ羽織って。」
 イオは鍋から離れると、外套をウォーブラに手渡す。先ほどの剣幕が嘘のように、あっけらかんと世話を焼く切り替えの早さはいつも感心させられる。同時に、情緒が忙しそうだ、とも思うが。
「リヴィ、あんがとな。」
リヴィに預けていた薙刀を受け取り、近くに立てかける。
「ウォーブラ。」
 リヴィが何か言いかけた時、遅れてアサヒが天幕から出てきた。
「すみません。今日の晩御飯、準備できなくて。」
 その声に振り向いた。アサヒは変わらず、外套のフードを目深に被っている。
立ち上がって迎えたのはモズだ。
「いえいえ、アサヒさんこそお疲れ様です。私たちでは魔物の解体もままなりませんから、ありがたい限りです。」
「ほら、アサヒ。あんたも座んな。身体冷やしてんだから。あ、これスープね。」
 ありがとうございます、とアサヒはイオからスープの椀を受け取り、促されるまま座った。
「ほら、ウォーブラ。あんたも。」
「はいはい。」
 立ち上がろうとすると、リヴィが差し止めて「取ってくる。」とイオの元へ歩いて行った。
「そんなに甘やかさなくていいんだよ、リヴィ。」
「ついでだ。」
 イオが呆れながらも、当たり前のようにふたつ、椀を渡し、リヴィもまた当然のように受け取る。
出来立てのスープを飲むと、口の中に山菜の香りが広がった。肉の出汁が舌を満たし、舌なめずりをしてもう一口。身体の中にじんわりと行きわたっていくのを感じる。
「いつもイオが作るやつと違うな。」
「ああ、それね。アサヒが水浴びの前に香草をくれたんだよ。肉と一緒に煮込むと、臭みが消えてまろやかになるって、ね。」
 イオが視線を投げると、アサヒは小さく会釈をした。
「そういえばアサヒさん。荷台の周りに何か撒いていましたよね。アレは?」
 モズが思い出したように言う。
「あれは、魔物除けです。今回はアギトドラの素材がありますので……消臭効果のある香水と、浄化草から抽出した成分を混ぜたものを。気休め程度ですが。」
「へぇ。そんなことができるんだね。あんた、うちの仲間に欲しいぐらいだよ。どっかの自由奔放な男と違ってさ。」
 にんまりと意地悪な視線に、ウォーブラも口端を上げた。
「ああ、そうだな。どっかの小うるさい女と違って、な。」
「はぁ⁉ あたしが小うるさいのは誰のせいだと思ってんだい!」
「別にイオが小うるさいなんざ言ってねぇっての。」
「いーや今言った!」
 また始まった、とばかりに、端でモズが頭を抱えたのが見えた。同時に、アサヒが小さく息をついたようだった。

しおりを挟む

処理中です...