こと切れるまでの物語

寺谷まさとみ

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第一話

【2】by Asahi

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【2】by Asahi

「良いだろ? ちゃんとガルウルフ巻いて戻ってきたんだからよ。」
 隻眼の少年ウォーブラ。彼は冒険者の一人で、私が旅の道すがら出会った商人モズの護衛を請け負っていた。その印象と言えば、一番に浮かぶのは髪の赤色。鮮やかな色を編み束ねた長さは、腰ほどまでとかなり長い。木陰にいれば生命を帯びた血のような色で、陽の光に照らされれば燃え上がる炎のような色。涼やかな色の髪留めと対比され、より鮮烈に印象付ける。おそらくあれはガラス玉だろう。
 旅をしてきて、あんなに綺麗な赤髪は見たことがなかった。
「そこじゃない。あたしゃアンタの身勝手さに頭抱えてんだよ!」
 仲間の女は、低く唸るように抗議の声をあげると、片手の包みを投げつけた。ひょいと受け取ったウォーブラは「お、昼飯。」とご機嫌に口笛を鳴らした。
「もう出発だからね。とっとと食いな。」
 筋の通った鼻筋を裂くように、古い傷跡がひとつ。それときりりと尖った目元が、険しい表情をより厳しく強調している。彼女は目元に垂れこめた前髪を耳にかけなおすと、豊満な胸を揺らし大きく踵を返した。
 そこまでの一幕を眺めていたものの、一団の準備が整ったようだったので私も荷物を背負い、立ち上がった。軋む木造の車輪が轍を作って、空よりゆったりと進み始めた。
「明後日には街に着くと思います。あとひと頑張りしましょう!」
 荷馬車の持ち主、商人モズは、冒険者組合と提携している。依頼仲介所で物品の売買の仕組みを作ったのも彼だ。商人らしい人当たりの良さは、いつも目尻の皺に滲んでいる。
 私は道すがら出会っただけで、護衛として雇われたわけじゃない。そもそも、護衛についている冒険者達のように前線で戦えるか訊かれれば、否。だからこそ、護衛を雇っているモズの誘いを受けた。私が安全な食事を提供する。その間、私は比較的安全な寝床と道中を得る。
「なぁ、アンタ。ノラなのか? 装備見るかぎりじゃ、採集家か?」
 後ろから追いかけるように、ウォーブラが声をかけてきた。
 冒険者は、協会に属している魔狩マナハントと違って、明確に職種やランクが区分してあるわけではないものの、幾らか種別分けのようなものがある。それぞれが受ける依頼の方向性で、自然とそうなったのだろう。その区分のひとつは活動場所だ。特定の活動地域を持たない冒険者は「ナガレ」、特定の誰かと長期間組まず単独行動の多い冒険者は「ノラ」と呼ばれている。
「ええ。採集家です。主に薬草や香草などの植物を採集しています。」
「へぇ。俺ウォーブラってんだ。ウォーブラでいい。あっちのガミガミうるせぇ女がイオ。んで、しんがりしてる黒いのがリヴィ。」
「僕はアサヒです。よろしくお願いします。」
 横にならんで歩く彼は、私より幾分か背丈が低かった。目尻は垂れ気味で甘やかにも見えるが、表情のせいか底知れなさが先立つ。存在感がある、ともいえるだろうか。携えている武器は、一般的な槍とは随分形が違う。貫く、というよりは、斬ることを目的としているようだ。片刃の刃先には反りがあるそれは、確か薙刀、という名前だっただろうか。柄には彼の髪と同じ色の紋様が刻まれている。
「アサヒ…ってことは、織国の出身か?」
「いえ。僕は青海出身で……母が織国の人間だったんです。」
 穏やかに笑って見せると、なるほどなぁ、と納得してもらえたようだった。
「ウォーブラはどちらから?」
「俺は空国だ。リヴィも一緒。」
「リヴィさんとは長いんですね。」
 訊ねながら後ろを見やると、リヴィと目が合う。怜悧な瞳は川の浅瀬のように涼やかな色をしていて、刃先のような鋭い光を帯びている。警戒されているのだろう。
 警戒されることに良い気分というのはない、けれどそういう性質は好ましい。人見知り同士ある程度気が合いそうだ。もっとも、私からどうこうするつもりはないし、彼もまた、こちらと関わるつもりはないらしい。この三日、リヴィが仲間以外と言葉を交わすのを見た覚えがない。
 よっぽど、ウォーブラの方が分からない。朝はリヴィに起こされるまで爆睡、護衛の仕事で「ちょっと周辺を見回ってくる」と行ったきり帰ってこない。話では昼寝をしていたらしい。諸々含めればきりがないが、自由奔放と言うか、どこか刹那的にさえ思える。
 ウォーブラはイオをガミガミうるさいと言っていたが、彼女が頭を抱える理由の方が理解しやすい。……同情はしないが。
「アサヒ、お前……。」
 こちらを覗き込むように見つめるウォーブラを前に、私は思わず目をそらし、外套のフードを指先で正した。
「ああ、悪ぃ悪ぃ。ちょっと珍しい髪の色だな、と思ってな。」
「いえ…すみません。人に見られるのは、あまり好きじゃなくて。」
 白は死の色であり、災厄をもたらす魔族の色だ。書物や記録に記される魔族はみな一様に白い。私の髪の色は、夕暮れの黄金よりもずっと明るく白んでいるから、見る場所や時間によって白にも見まがう。この色は、忌避されやすい。けれど、それよりも……。
「ウォーブラ! 遊んでないでこっち手伝いな!」
「へいへい。了解わかったわかった。」
 じゃあな、と駆け足気味に前に出たウォーブラの背をしばらく見つめていた。
「全く、人様にちょっかい かけてんじゃないよ。」
「かけてねぇよ。あいつ男だぞ?」
 やがて流れて来た濃い瘴気の匂いに、私は風上を仰いだ。この森には、大きな巣でもあるのだろう。ほんの少し顔をしかめた、刹那。
(違う、近い!)
 背筋を走る動揺を押し殺して、私は鋭く叫んだ。
「魔物が来ます!」
 速い。それも、大きい。地面を踏みしめて、商人たちに退避の誘導をする。
「オオォォォォォォォォォォオオオオオッ!」
ビリビリと肌を焼くような圧と共に空が翳る。すべての視線は空へ。大きな影が吠えながら、若い木々をなぎ倒し、その先の狙いは――、
 私、だ。

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