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第三章

(八)火葬

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「ナギさんはさ、すごいね」
 煙を見つめながら、ソウは言った。
 白亜化した遺体は瘴気を発する。にもかかわらず、なんのためらいもなく、あの少年を抱きしめた。
「俺はさ、もしかしたら俺も白亜化して、帰れなくなるかもしれないって、一瞬考えたんだ」
「ソウくんには、大事な家族がいるのでしょう。だから、その恐怖はあってとうぜんです」
 彼の翡翠色の瞳には焚いた炎が映っている。
「ナギさんは、怖くないの?」
 旅装束の袖についていた白い花びらがひらりと落ちたかと思うと、やがて炎に巻かれ、そうして小さな灰に変わって、空に消える。
 ずっと向こうの蒼穹をただよう雲が、ちいさくちぎれて、形を崩した。
「どうでしょうね。少なくとも、ナギは死にたくないと思っています」
「そっか」
 錆びた臭いばかりの空を見あげ、もう見えなくなった灰のゆく先を遠く見つめる。
「たとえばだけどさ。白が受け入れられる時代が来たとして、もしその時に生まれていたら――幸せに、なれたのかな」
「もしちがう時代に生まれていたら、その人はもう、別の人かもしれませんね」
 樹木の年輪にも、大輪の花のようにも見える黒紫の紋様。その左手の甲を、彼はそっとなでた。
「黒も白も、正義も悪も、敵味方も、大きな時代の奔流で変わってしまうものは多い。たとえその事実を知っていたとしても、その時、その瞬間を生きているのはその人です。簡単に割りきれるものでも、周りが放っておいてくれるわけでもありません。どのような世界であれ、生きている以上、幸も不幸も起こりうる」
「不必要に情をうつすな」
 黒影が吐き捨てるように炎を睨んだ。
「幸福など一時的な情動の変化にすぎん。けっきょくどれも、ただの欲望だ。望むモノが欲しければ生きるほかない」
「黒影は、つらくないの?」
 訊ねる。
 彼女は長い髪を揺らして背を向けた。
「弱い命に興味を持つなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。生きられんのならば死ぬしかあるまい。誰かが救ってくれることなどなく、また他人が救える苦しみなどありはしない。善人面をしてたわむれに手をさしのべる輩は、自己の欲望に酔った阿呆どもだけだ」
「君って、極端」
「ゆくぞ。感傷に浸るばかりでは先に進めん」
 黒影は、白い丘に一瞥いちべつをくれることもなく、真っすぐに歩いてゆく。その背中を見つめながら、ソウはおもむろに口を開いた。
「ナギさんってさ、何者なの?」
 人が忌み嫌う白へ、ためらわずに手をさしのべる彼は、いったいなにを思ったのだろう。なにを考え、どう生きてきたら、名前も知らない〈白い少年社会の嫌われ者〉を抱きしめられるというのだろうか。
(俺には、とても)
 ソウはその横顔を見つめる。
 亜麻色のまつげは伏せられたままでいた。左手の甲をなで、そしてようやく、日陰に落ちた綿毛のような声が紡がれる。
「ただの、旅人ですよ」
 そう言って、彼は翡翠色の微光を閉ざした。
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