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第一章

(八)「俺は、帰らなきゃならない」

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「ひんぱんに出しいれするものは、小さい鞄に入れておきましょう。ほかは背負い袋にまとめます」
「この背負い袋用の防水カバーは?」
 店先に展示されている品を指し訊ねると、ナギは首を横に振った。
「引っかかって破れたりしますし、手間になるので、あまり使いどころはないですね。それよりは、耐水性の袋に小分けに収納して、背負い袋へ入れたほうが良いと思います」
「なるほど。あ、ロープはどうしよう。色々あるけど……」
「水に浮くように加工してあるものが良いですね。これにしましょう。あとは、携帯照明具ランタンですが……ちょっと値は張るんですけど、魔鉱式のものにしましょう。長持ちしますし、水に濡れても大丈夫ですよ」

***

 クォーツスネークの一件が済んだあと、ソウは黒影、ナギとともにいくつかの依頼をこなしながら、数日をかけて、この街でそろう必要最低限の物資調達や情報収集をすませた。
 討伐報酬によって、物資調達がはかどったことはソウにとっても喜ばしいことで、おかげで予定よりも早く、この街を出発できることになった。

 宿場町を出るころに、いくつかの足音が近づいてきた。訪れたのは、赤の黄の羽飾りが特徴的な、あの男たちだ。見送りにしては表情がかたい。
 ソウは黒影とナギをかばうように前へ出る。ナギに通訳を頼みつつ、お頭を見上げた。あれだけの傷を負っていながら、もう動けることには内心驚いた。依頼仲介所にいた冒険者たちを見たときからから思っていたことだが、この街は屈強な肉体をもつ者が多いのだろう。
 お頭は言った。
『なぜ、言わなかった。お前は一連のことを糾弾する権利がある。なぜしない?』
 ソウは訊ねられたことについて、すこしの間、思案した。
「わからない?」
 きき返す。男らはうなずいた。
「難しいことじゃないよ。魔狩として行動しただけだし――、」
 言いながら、おもむろに大男の背後にいる若い青年を見やった。
 ソウがあの青年の肩に触れたときも、お頭が怒鳴りちらしたときも、彼はひどく怯えていたのが目立った。そして、とっさに防御姿勢をとるということは、常日頃から、にさらされていることを示している。
 彼らの問題をどうこうするつもりはない――ソウの目的はあくまでも、魔種による脅威の確認・排除と、生存者の救出であるため――が、ただ、情状酌量の余地はあると、そう判断したにすぎない。
「仲間だって、全員が君と同じ目的で動いていたわけじゃないでしょ?」
 目が合った青年は、びくりと肩をふるわせた。彼はしきりにお頭とソウを交互に見て、顔色をうかがっているらしかった。青年を安心させるように笑みをたずさえて、ソウはお頭へ言葉を返す。
「だから、まとめて断罪したいとか、やられたからやりかえすとかそういう個人的なところじゃなくて、それなりに良い落としどころがあればいいかなって、考えただけ。魔種の集団暴走もなかったし、結果的に君も助かった。それでいいでしょ?」
 いちど言葉を切って、ソウは男たち泰然たいぜんと見まわした。
「けど、忘れちゃいけないよ。やってしまったことはなくならない。だから、君たちはそれぞれ、これからどう生きるかちゃんと考えて、変えていったほうが良いんじゃないかな」
 真面目な声で伝えて、それからソウはまた笑みを浮かべた。
「じゃあ、話はこれで終わりかな?」
 なにも求めないソウに対して、お頭はどうにも納得がいかないらしかった。太い眉をしかめたまま、踵を返す。しかしそこで、ふとふりかえった。ソウがもっていた地図を指さして、それから西、そして北。
『機国に向かうなら〈テンパットティンガル〉を目印に進め。怪我をしたら河に入るな。北のふたつ岩には近寄るな』
「うん、ありがとう」
 ソウが笑みを返すと、大男は何も言わずに背中を向けて行ってしまった。彼らの中で、ゆいいつ、若い青年が深くお辞儀をしてから去っていく。なにかを小さくつぶやいたように見えた。――ごめんなさい、なのか、ありがとう、なのか。それとも、もっとほかの言葉だったのかは、わからなかった。そしてソウは、それがなんだったのかを、ナギに訊ねることもしなかった。

「〈テンパットティンガル〉は、ここの言葉で雨宿りの樹のことです。北のふたつ岩には、先住民の部族が縄張りにしていると聞いたことがあります。部族内での抗争が頻発していて、とりわけよそ者を嫌うらしいので、なっとくです」
 ナギはあの広い背中を思いうかべたのか、彼らが去っていった道を見やった。
「もしかしたら、根は良い人なのかもしれませんねぇ」
 あっけらかんと笑うナギ。それを、黒影が低く吐きすてる。
「は、しょせん、善意の皮をかぶった罪滅ぼしだろう」
「なんだっていいよ」
 ソウはかるく笑った。
 手元の地図から、眼前の深い森へ視線をすべらせて、ソウはさらに、ずっと遠くを想像するように一度、目を閉じた。

 想像の中で、なだらかな丘陵地帯の緑色をなで、青々とした風を肌に受けながら葡萄畑がならぶ側道を歩き、そのうちに小さな一軒家を目にする。かけだすと、せわしなく揺れる鈴の音とともに、なれ親しんだ石造りの外壁がぐんと近づいて、梁とおなじ色をした玄関の扉をひらく。

――兄貴、おかえりなさい。

 いつもあたりまえに聞いていた、その言葉を聞くために。
「俺は、帰らなきゃならないんだ」
 ソウは、すっと背筋を伸ばして、どこまでも遠く澄む故郷の青色を見つめた。
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