-Crazy- 殺しあいの約束

寺谷まさとみ

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第一章

(六)雷光

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 音が反響する。
 轟々と、轟々と。
 洞窟内でいくつにも反響して、重なって、身体中にぶつかってくるような、重みのある音だ。
 暗い洞窟へ一歩、足を踏みこむと、地面と同じように足元がわずかに沈む感触がした。
 においがする。生き物のにおいだ。すくなくとも心地いいものではなく、異臭と表現したほうがより正しい。
 下へ続く道には階段がもうけられ歩きやすくなっているように見えたものの、実際に踏みいってみると、細かい起伏が邪魔をする。湿気ていて滑りやすいうえ、暗く足元も見えにくい。
 ソウは片刃曲刀を一本抜いて起動させ、刀身に淡い光をまとわせた。ためしに足元に近づけてみると、案の定、誰かがこの道を歩いた痕跡が確認できた。それと同時に、さっと、なにか小さい影がすみへ逃げてゆく。それがなんだったのかはわからない。だがたしかに、轟々と反響する音の影に、サワサワ、サワサワと、そこかしこで何かがうごめく気配があった。
 照らされた足元をさらに見つめると、蝙蝠や虫の死骸が落ちている。それらに群がる虫も多く、さらに土に見えるものは土でなく――。
 思わず身ぶるいをした。
(これは、見ないほうが良かったやつかな)
 一度まぶたを下ろして、すっと背筋を伸ばす。洞窟を専門に潜る冒険者たちは、こういうことも日常茶飯事さはんじで慣れているものなのだろうか。
(転職するにしても、やっぱり冒険者はないよなぁ)
 息をついて、足を進めた。右へ左へ、岩肌をぬうようにぐねぐねと階段を下ってゆく。
(それにしても、すごいにおいだ……さっき見た蝙蝠のフンが原因なのかな)
 入った瞬間から感じていた臭いは、奥に行くほど濃密になってゆく。
 ソウはため息を重ねた。
(はやく家に帰りたい……)
 清潔な環境で寝起きして、いつも通り出勤して、仕事をこなして帰宅して、急いで晩御飯の支度と、朝できなかった家事をすませて――忙しい日々ではあったものの、そこにはそれなりの安息があった。弟のこともあって、近所づきあいには人一倍気を遣ったが、助けられることも多く、抱えこむような孤独感はなかった。それがもう、一週間前のことで。次にその日常がもどってくるのは、半年……いや、もっと、ずっと先のことだろう。
 それが途方もないことのように感じて、足がひどく重くなった気がした。
(いや、ちがう。止まったら、帰れない。だから、進まなきゃ)
 頭を振って、いまいちど自分を奮いたたせる。まずはこの魔幽まゆう大陸を抜けることが、当面の目的だ。そのための危険は、できるだけ排除しておきたい。

 あるていど下ると、地下水が流れている場所へ着いた。反響する音の正体はこれだ。青年の話では、ここから奥に上って、さらに先へ行ったところで別れたらしい。ここからでは、水流の音がうるさくてなにも聞こえない。
 ふいに、後ろ首に冷たいものが弾けた。
「!」
 ふりむいて、それから周囲になにもいないこと確認すると、おそるおそる指先を伸ばす。首に触れると、わずかに濡れているだけのようだった。
 見上げると、不規則に並んだ無数のつらら石が伸びている。そこから水滴が落ちてきたのだろうとわかって、ようやく胸をなでおろした。
 さらに奥へ進む。轟々と反響する水の音を背後にしてそれなりに歩いたものの、大きな音は聞こえてこない。
 最悪の結果もいくつか考えながら、それでも足は止めなかった。
 話に聞いていた場所は、半球状にひらけている場所だった。棚田たなだのような畦石あぜいしが段になって積層し、ゆるやかな傾斜をつくっている。足元を、薄くゆるやかな水が流れていて、どこか清涼とした気配さえ感じられた。
 ソウは魔導武具の灯りで周辺を照らし歩いた。
 ない。
 目立ったような痕跡は、ない。
 だが、気配がある。
 ソウはあたりを一瞥いちべつし――、
 その気配のひとつを、見つけた。
「ああ、やっぱり」
 息をつく。
 目の前へ現れたのは、褐色の大男――お頭。そしてもう一人。いずれもまったくの無傷だ。
 赤と黄色の特徴的な羽飾りがよく目立つ。ニタニタと嫌な笑みをぶら下げて、手に持った武器をもてあそぶように、手のひらでかるく打った。
「――俺をめるつもり、だったんだね」
 ほんの少しの違和感が、いくつもあった。
 宿場町にもどる前。森の中でソウにすがってきた青年は、泥だらけだった。真新しい打撲痕があり、いかにも魔種に襲われてきたようなふうを装っていたが、その身体には魔種による傷もなければ、血痕も見られなかった。
 宿場町へ到着する前に転がりこんできた、悪い報せと、裏付けのない急務。
「……だますならせめて、もっと、うまくやってほしかったな」
 ぽつり。
 ソウは諦観したようにつぶやいた。
 怒りさえ浮かばなかった。
 どこかでそうかもしれないと疑っていたし、そうでなければいいとも思っていた。
 大男のぶあつい舌が、巻くように大声でわらった。反響して、いくつにも重なって耳に届く。
 なにを言っているのかは、わからない。
 ただ、うるさいなと感じた。
「……まぁ、負傷者もなくて。ナギさんが言っていたような魔種の集団暴走もないなら、それでいいけど、さ!」
 ソウは、ふりむきざまに、背後の気配を蹴りとばした。
 先に情報を持ってきた若い青年。今目の前に現れた二人。そして背後から奇襲を狙っていた一人。これで四人。最初に見た彼らの数と一致する。洞窟の入り口で新しい足跡の数も確認していたから、まちがってはいないだろう。
「君たちが無事で嬉しいよ。と言っても、再会を喜ぶ雰囲気じゃなさそうだけど」
 ソウはかるく笑いながら、次に振りおろされた一撃をかわした。
 次々と襲いかかってくる攻撃をいなしていると、間合いの外から見ていたお頭が太い指で、こちらの背中を指し示した。どうやら、もう一刀の曲刀を抜かないのかと、訊ねているらしい。
「ごめんね、人に対して使う代物じゃないんだ」
 これは魔種専用、と言って、攻撃を弾き、足をはらう。隙をつくように、もう片方が棍棒を振りおろしてきた。
「危なっ」
 身を転がしてかわしたせいで、上着も含めてぐっしょりと濡れてしまった。冷たい感触がじっとりとまとわりつくようで、重く動きにくい。
(ああ、でも入口付近での戦闘じゃなくてよかったかも)
 そんなことを考えながら、片手間に攻撃をよけていたときだ。
 野太い絶叫が、その場に反響した。つられて顔を向けると、それまで悠々とかまえていたはずのお頭をおおうように、大きな黒い靄が広がり、向こうからこちらへ抜けてくるその瞬間を目撃した。
 キチキチという奇怪な音とともに、おびただしい物量がせまってくる。あれは蝙蝠こうもりだ。
 他の男たちは群れの勢いに怯え、短く叫び声をあげると、腰を抜かすように情けなく地面に伏せて、頭を抱えこんだ。
 ソウは石柱をたてに、岩陰へ転がりこむ。そして同時に、ほぼ無意識の状態で二刀目を抜き去り、無音のまま起動させていた。小さな泡が弾け、ねじれながら逆流する独特な不快感を覚えながらも、ソウの意識はそこになかった。
 通りすぎてゆく蝙蝠よりも、それらが噴き出てきた道のずっと奥を見すえていた。
 剣呑けんのんな気配が肌に触れている。
(嫌な、かんじだ)
 蝙蝠の群れはものの数秒でいなくなった。
 視界がひらけたとき、いちばんに目にしたのは、お頭の肩に、二本の短い白牙が突き立っているさまだった。牙を突き立てられた肩口の肉がミチミチと張りつめる音と、汚い絶叫が耳を埋める。お頭は恐怖と痛みから逃げようと手足を暴れさせるが、白牙はいっそう深くめりこんだ。
 その正体は、大きな白い蝙蝠だ。
 お頭の頭部よりひとまわり大きいソレを視認した瞬間、ソウは地面を蹴っていた。片刃曲刀で違わず貫き、刃を返してひと息に切りすてると、濁流のように血と臓物が散った。浅い水面に落ちた白蝙蝠の腹から、遅れてごろりとまろびでたのは、手のひらほどの澄んだ魔鉱石。水晶のように透き通っているそれを、ソウは革袋に包んで拾いあげた。魔鉱石は現代において重要な魔素資源であるが、微量の瘴気をふくんでいる。素手で触れるのは危険だ。
(魔鉱石の瘴気にあてられて魔化したのか……?)

 魔種の成り立ちは、現状二種類が確認されている。
 ひとつは、魔種同士が、生物と同じように生殖をおこない次世代を産み落とすこと。そしてもうひとつは、通常の動植物が瘴気によって〈魔化まか〉し、魔種へと変異する場合だ。

 ソウは大男の元へかけよった。
 さっと容体を黙視し、応急処置を開始しようとしたそのわずかな間に、気配は忍んでいた。
 悪寒が、ぶらりと背後に垂れさがった。
 濃密な、しかし音のないその気配が、たしかな質量をもって存在している。
「な――……」
 ソウがふりかえったとき、ぬらぬらと光る粘膜が、大きく口を広げていた。頭上に在ったのは、鋭利な長い毒牙だ。
「ッ!」
 一秒にも満たない時間の中で、噛み殺さんと毒牙が襲う。とっさに魔導武具で防御するが、岩肌に打ちつけられ、視界が明滅する。
「がっ……あ!」
 とびのいていくらか威力を軽減していなければ、意識を失っていただろう。
「クォーツスネーク……!」
 目の上に三本、細長く透き通ったうろこ状の魔鉱石が立っていて、それが石英クォーツのように美しいから、クォーツスネークと呼ばれている。本来は対になっているはずだが、片方だけ欠けていた。
(さっきの蝙蝠……魔化の原因は、これか!)

 ソウは固唾を呑んで、二刀一対の片刃曲刀を諸手に立ちあがった。
 長い舌先をチロチロとせわしなく動かして鎌首をもちあげているソレは、以前、仕事で討伐したことがあった。――だが。当時相手にしたものは、成体でももっと小さかった。いま目の前にいるのは、ソウの胴体よりもずっと太く、大きい。
(生息域がちがうと、大きさもちがうのか。それとも……)
 通常はなだらかな体鱗も今は鋭くたちあがっていて、長い胴体はいらだたしげにゆらゆらと揺れている。激昂しているらしい。
 と、その瞬間、なんの前触れもなくとびかかってきた。上下に大きく開いた口から長い毒牙が突出する。
(毒の種類は出血毒! 発達した管状の牙だから掠るだけでもまずい!)
 紙一重でかわして、ソウは魔導武具を咥内につきたてる。一瞬だけ電撃を流して、隙をつくる間に、鞘におさめ、転がっている大男を抱えあげた。
「撤退する!」
 坂道をすべるように逃げると、男の仲間たちが、後ろのクォーツスネークを気にしながら追いかけてくる。
「この、でかいんだよ!」
 大男を抱えた状態で、地上に逃げきるのはむすかしい。
(クォーツスネークは熱を感知する。なら……)
 地下水脈の分かれ道から、鋭角に右折し、できるだけ遮蔽しゃへいの多い道へ撤退した。洞窟を進んで気配を引きはなしたところで、手早く外套を地面に広げ、大男を寝かせる。仲間たちはそれをかこむようにして必死に声をかけるが、返答はない。
 ソウは魔導武具を手元に置いてすぐ、男のひたいに手をあて、容態を目視した。
(発熱と末端の痙攣けいれんが見られる。感染症はわからないけど、あの蝙蝠はたしか、即効性の毒をもっていないはずだ……だとしたら、)
 瘴気症だ。
 おそらく、仲間たちもこの症状に覚えがあったのだろう。怯えたように、大男から身をはなして凝視している。
 そこからの判断は迅速だった。迅速でなければならなかった。
 第一に、この大男は瘴気症を発症していること。すでに魔種によって負傷しているうえ、周辺は魔種が徘徊しているために、この洞窟内の瘴気濃度が高い。これらはすなわち、白亜化の可能性を跳ねあげることに他ならない。
 そして次に、近くに瘴気症に効く薬草のたぐいはないこと。ほかの誰も薬を持ちあわせていないこと。
 瘴気の強い魔種を相手にしたソウ自身にも、瘴気症を発症する可能性はじゅうぶんにあった。だが、まだ発症していない。
 優先順位は明確だ。
「ちょっと痛いけど、がまんしてね」
 ソウは懐から、小指ほどの筒を取りだした。瘴気症の特効薬である〈携帯用緊急注射剤ワィトフォーワィト〉だ。
 シリンジのプロテクターをひらき、尖端を大男の肌に押しつける。そのまま末端のボタンを押しこむと、先端から細い針がつきでて、皮膚をプツリと貫く感触が指先につたわった。
 薬の注入が終わるまで、約十秒。
 ボタンを押しこんだまま、ソウは数えはじめた。

――一秒、二秒、三秒。

 クォーツスネークの気配を敏感に追いながら、大男の容態を見守る。
 気配が、徐々に近づいてくるような気がした。

――六秒、七秒。

(頼む。これしかないんだ)
 固唾を呑む。
(これが終わるまでは、せめて)

――八秒。

 意識が朦朧もうろうとしている大男へ、ソウは皮肉をこめてわずかに笑った。
「魔狩の規約に感謝しろよ」
 瘴気の気配がぐっと濃密になったのが、わかる。
 敵はすでに、こちらの気配に気づいている。
 捕食の機会を、いまか今かと伺っている。
「じゃなきゃこんな危険なこと、誰がするもんか」
 嗤う。
 背筋を、悪寒がなでる。

――九秒。

 絡みつくような魔物の吐息が、頬に触れた。
 腐食した泥のような臭いがたちこめている。
 ただ目を見ひらいた。手はふるえなかった。
 ほんの一秒のなかにある数瞬を数える。
 息を乱せば終わると思った。
 そう思うほど、どこか冷めていく自分がいた。奥底へ広がって、脳のずっと深いところまで冷えきって。こういう時はいつも、白けた世界に自分だけが立っていて、もう一人のぼやけた自分を呆然と見つめているような感覚を覚える。
 やることは、いつも単純だ。
 目的がそこにあって、そのために必要なタスクを並べ、優先順位をつけて、手順通りにこなしていく。難しいことはなかった。できないことがあれば、その原因を調べて、分析して、できない理由をひとつひとつ地道に潰してやればいい。
 そうやって、生きてきた。

――十、秒。

 ソウは、手元に置いていた片刃曲刀の柄をつかみ、逆手のまま一息に、下から上へ振りぬいた。背後の気配を、穿つ。そのときにはもう、シリンジは手放している。ふりむきざま、クォーツスネークの首を狩るように足をかけ、身体をまわす。さしこんだままの曲刀で、下あごの左右を繋ぐ靭帯の一部をねじ切った。血をふきながら痛みに暴れ狂うクォーツスネークにふりとばされたものの、かろうじて受け身をとることに成功する。かたいながれ石の上をいくらか転がったが、すぐに顔を上げた。
「行け!」
 ふりむかずに、叫ぶ。
 男らは、意識のない大男を抱えて、洞窟の外へつながる道へ逃げていった。
 ソウは片刃曲刀を拾いながら、あらたに数をかぞえ始めた。
 ここに来る前、ソウにすがってきた青年が落とした地図の図面を頭の中で広げる。今いる地点と出口までの道筋を結ぶ。男らが逃げるまでにどれくらいの時間が必要か。この状況を打開し生き残るためになにをしなければならないのかを逆算して、手元にあるものと、それによって可能な方法を並行していくつも予測する。
 鋭牙を受け流し、距離を測り、這いずる尾をかわし、敵の興味をひき続けながら誘導する。攻撃の被弾は最小限に、労力は最低限に。これは、そういう戦いだ。
(最初に受けた一撃が、けっこう効いてるな)
 攻撃をかわして、岩陰へ転がりこむ。
 さすがに息がきれてきた。この狭い洞窟での機敏さこそこちらに分があるものの、魔種と人間をならべて持久戦の有利不利なんて、語るまでもない。
「報酬、奮発してくれたらいいんだけど。協会も特別手当だしてくれないかなぁ」
 茫洋とした思考を繋ぎ止めるように、ソウはかるく笑った。
 頬についた返り血を乱暴にぬぐって、右手の片刃曲刀を鞘におさめる。あいた手をそのまま懐の革手袋につっこんで雑にとりだすと、ひとよりも少し尖った八重歯で開口部をぐいとひっぱって装着した。
「ほんと、こういうの、ガラじゃないんだけど」
 ソウは彼らの逃げ道を護るように立ちあがった。――怪我をすることも、痛い思いをしてまで誰かを護ることだって、好きこのんでやっているわけじゃない。ただ、優先順位が明確なだけだ。
 鎌首をもちあげ、ゆらゆらと揺れるクォーツスネークを悠然と眺める。
 ソウは片手だけの曲刀を、おもむろにもちあげた。
 いつだったか。誰かに問われたことがある。
 その武器に名前はないのか、と。
 武器そのものの名称はあった気がするが、自分の武器にわざわざ名前や愛称をつけて可愛がる習慣はもちあわせていなかった。
 そもそも、相棒でもなんでもない。

 魔導武具これはただの、道具だ。

 ソウは切っ先をゆるやかにさだめた。もう片方のあいた手で、今度は革袋から魔鉱石をとりだす。魔化した蝙蝠の腹から出てきたものだ。純度も高く、そうそう手に入る代物しろものでもない。とうぜん、市場に売ればそれなりの価値がつくだろう。
 が、ソウはそれを投げた。
「返してやるよ」
 。それがどの魔種にも共通する本能的な習性だ。
 そして同時に、魔素をふくむ魔鉱石は――。
「――雷光」
 クォーツスネークが自らの魔鉱石をひと息に飲みこむその間際、ソウの魔導武具から放たれた光がにひらめいた。
 この曲がりくねった洞窟のなかで、ゆいいつ、まっすぐに、細く道がつながり、かつクォーツスネークの全長がおさまるこの道なら、この攻撃を最大に生かし、かつ確実に殺すことができる。
 そして雷光が魔鉱石に触れた刹那、それらはその熱量をさらに増幅させ、轟音とともに大きく、真っすぐに敵を飲みこんだ。内側から焼きつけ、白を黒く焦がし、さらにその途中でいくつも光が弾ける。クォーツスネークはほかにもいくらかの魔鉱石を喰らっていのだろう。
 目が、眩む。
 ただ、腹の底から冷めていた。

 光の散乱もおちついたころ、ソウは魔導武具の刀身でまだわずかに弾けている光の残滓をはらった。息をついて、背中の鞘におさめる。
 腰元の鈴が、りん、と鳴った。
「――……ああ」
 思いだしたように、ソウは口もとに笑みをたずさえた。
 いくらかまばたきをして、目もとをゆるめ、くちもとの動きと自然に連動するように、整える。戦いの中ですっかり削がれてしまった表情と熱を取りもどして、ソウは明るい声をあげた。
「よし、俺の仕事はここまでだね」
 誰に言うわけでもなく。
「あとの探索は、冒険者の仕事だ。仲介所への報告と、それから手当てもしなきゃ」
 ソウはひとりでに、軽く笑った。
 いつも通り。


 ひとあし先に洞窟の外へ逃げていた男らと合流して、ソウは宿場町へ。そのころには、お頭も意識をとりもどし、瘴気症もおさまっていた。
「ソウさんおかえりなさい!」
 宿場町へ着くとナギが出迎えてくれた。亜麻色の髪を大きく揺らし、盛大にソウを抱きしめる。
「良かった! 無事に帰ってきてくれて、本当に良かったです……!」
「痛い痛い痛い。ナギさんちょっとおちついて。せめて、手当してからお願い」
 するとナギはあわててはなれ「すみません、つい」と目じりをぬぐいながら微笑んだ。
 宿場町では、入口より手前に防衛線を張り、冒険者たちや、街の男衆が待機していた。ナギが呼びかけ、そしてそれに応じてくれたのだろう。
 言葉は通じない。文化もまるでちがう。
 けれど、誰かを愛し守ろうとする人たちがこの街にもいる。よかった、とソウはちいさくつぶやいた。
 ソウはナギに、洞窟で魔化した蝙蝠に遭遇し、それが手のひらほどの魔鉱石を喰っていたことや、中位亜種に相当するクォーツスネークが棲みついていたことを話した。
「いちおう討伐できたけど、あらためて調査したほうがいいと思う」
「なるほど、ではそれもふくめて、仲介所に伝えてきますね」
 ナギはうなずいて、仲介所へむかった。


 夕暮れの驟雨しゅううがすぎて一連の報告や手当も済んだころ、宿屋の共有スペースはすでに宴会の様相をていしていた。
 クォーツスネークは、冒険者たちの手によって回収され、総出で解体されたらしい。ソウは脅威をおいはらった勇ましい男として宴会の中心に立てられ、あちらこちらから歓迎と祝いの――言葉はわからないが、表情やようすから、おそらくそういったものと思われる――言葉をこれでもかとかけられた。
(こういうの苦手なんだけどなぁ……)
 豚の丸焼きや果物が豪勢にならべられ、さらにはどこから来たのか、街の女性たちまでもが宴会に参加してソウをとりかこんだ。お酒と女性は丁重にお断りしつつも、宴に参加する人数はすでに共有スペースに収まるものではなく。しだいに、これらは街の広場でのお祭り騒ぎへと移行していった。
 そのころになってようやく解放されたソウは、祭りの輪からはなれた。
 テラスに腰かけると、温良とした声がとなりにならんだ。ナギだ。
「大人気ですね、ソウさん」
「大物が獲れて嬉しいみたいだよ」
 ナギにさしだされた野イチゴを受けとる。かじってみると、すこし酸味が強い。これなら、焼いた肉のソースに使ったほうがおいしいだろうな、とどことなく考えた。
「まさか、アレを狩っただけでこんなお祭りになるとは思わなかった」
 とほほ、と肩を下げると、ナギはくすくすと笑って「そういうものですよ」と広場を眺めた。
「ソウさんや黒影さんはなれっこかもしれませんけど、あの大きさの魔種は、そうそう狩れるものではないのです。それも一人で、なんて。街からすれば、英雄同然ですよ」
「嬉しいけど、それは褒めすぎだよ」
 苦笑する。
「まぁ、でもよかった。被害がでる前で」
 ソウは目の前の情景を眺めて、安堵の息をついた。
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