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第一章

(五)悪い報せ

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 冒険者としての初仕事を終えたのは、昼すぎだった。
 それから宿場町へもどろうという頃に、森のしげみからひとつの気配がソウの元へ転がりこんできた。
 首元に赤と黄の羽飾りをさげた若い青年の顔には見覚えがある。昨日、ソウに絡んできた褐色の大男の仲間だ。
 青年の懐から落ちた一枚の紙を拾いあげる。
 描画されているのは、点と点を短い線でぐねぐねとつないだようなものだった。用紙の下部には、ゆいいつ、直線が長く引かれている箇所がある。はしり書きのような文字や記号があるところを観察すると、かなり簡略化された地図のようにも見えた。
「大丈夫? これ落ちたよ」
 声をかけるや否や、若い青年は膝をついたまま、すがるようにソウの服の裾をつかんで、なにかを必死に訴えた。服や顔は泥に汚れていて、焦っているようにも見える。
「待って、おちついて。どうしたの?」
 訊ねると、彼はさらに早口になった。こまりはてたソウは、青年をなだめながら、ナギへ視線を向ける。
「ごめんナギさん、通訳をお願い」
 ナギはうなずいた。
 曰く、魔種の集団に襲われて、仲間が負傷した。負傷した仲間は傷がひどく動けない状況で、おかしら……もとい褐色の大男とともに洞窟の奥で孤立している。助けを求めるために、ひとりでもどってきた。
 という話だ。
 これから、依頼仲介所にとびこんで助けを求めるつもりだったのだろう。
『あんたら、強いんだろ。お頭のことだって、簡単にいなしてたじゃんか。助けてくれよ』
「……受けた依頼はなに?」
 ソウはナギの通訳をたよりに、青年の話をより詳しく聞いた。
 彼らが受けた依頼は危険度の低い洞窟の定期調査だ。さきほど青年が落とした紙は、洞窟の地図の写しらしい。
 魔狩にも、下位ランクにこういった仕事がある。すでに内部構造がわかっている洞窟や遺跡などを定期的に探索・調査することで、魔種の生息域や新たに棲みついている危険種がいないか、などを確認する。この依頼も、おそらくそういったものだろう。
(……運が、悪かったのか)
 ソウはわずかに目を細めた。
『お頭があんたにちょっかいかけてわらったってのに……こんな話。虫が良すぎるってのはわかってる。けど、なぁ、頼むよ。助けてくれよ』
「……だそうです。どうしますか?」
 ナギの問いに、ソウは泥だらけの青年を見つめた。むきだしの肌にみられる打撲痕は新しい。

〈魔狩は、人命救助を行う。より多くの人命を優先すること。このとき、個人の感情によって行動することは、多くの人命、ひいては人類の未来を失うと心得よ〉

 ソウはいまいちど、魔狩の行動指針を心の中で反芻はんすうした。
「ナギさん。洞窟はこの街から近いよね。その内部で集団暴走が起こっているんだとしたら、その魔種たちか、もしくはそれに驚いて混乱した別の魔種たちが街を襲う可能性も高い。そうなると、この街の人たちもまきこまれるし、それに前線にいる彼らの命だって……」
 ソウはそこで言葉を止めた。続くように言葉をつむいだのは、意外にも黒影だった。
「なぜ最後まで言わない。あのていどの冒険者が、集団暴走を前に負傷した仲間をかばって戦っているなら、もう生きているわけがなかろう。どうせコイツには言葉も通じないんだ。言ってやればいい。――死んでいる、と」
 黒影は、吐き捨てるように低くわらった。
 ソウは見つめかえした。
「言葉が通じないからとか、そういうことじゃないでしょ?」
「むだな期待をもたせるな。優しくしたところでけっきょく、恨まれるのはキサマだぞ?」
 真っ黒によどんだ瞳だ。なにも信じず、誰にも期待していない。けれども、人間の悪意だけは信じているような、鋭利で暗い目。
 言い争っている時間はない。ソウは視線をはずした。
 それでも濁濁だくだくとした瞳はじっとこちらを見つめてくる。
「ナギさん、彼といっしょに街へ。みんなに事情を説明してくれる? 周辺の防衛を指示して、それから森と洞窟に慣れている冒険者を派遣してもらえるように手配してほしい」
 ナギはうなずいた。
 差しこむように舌打ちを重ねたのは、黒影だ。
「ワタシは行かんぞ」
「それでいいよ。君はこの街の防衛のかなめになる。だから、お願い。……護って」
 返答はなかった。だが、かまわない。万一に、この街へ強い魔種が現れたなら、きっと黒影は嬉々として戦うだろう。そうでないなら、冒険者たちで対応できるはずだ。
 ソウは片膝をついて、泥だらけの青年に視線を合わせると、その肩にそっと手を置いた。青年は大きく肩をふるわせた。ずいぶん怯えているようだ。
「ナギさん。彼に伝えてくれるかな」

――君の仲間を信じて、って。
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