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第一部
第70話 エスコート
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「もう、屋敷の方に戻られますか?」
「はい。そろそろ戻ります。心配しているかもしれませんし」
ウェイン卿が柔らかく微笑む。そんな顔をされると、せっかく、終わらせようと決意して固めた心が、お日様にあたったアイスクリームみたいに、とろんと蕩けてしまいそうになる。
「では、お送りします」
「……はい……ありがとうございます」
(……ウェイン卿は、ここで誰かと待ち合わせていたわけじゃないんだろうか……?)
送ってもらわずとも、勝手知ったる我が家の庭だった。
ふと、この前、ランブラーが言っていたことを思い出す。
「……ああ、そう言えば、この屋敷に、誰か怪しい人物が紛れ込んでいるかも知れないから、あまり一人にはならず、気を付けるように、とランブラーが言っておりましたが……」
ウェイン卿は、真剣な眼差しで頷いた。
「はい。今のところ、何かしてくる様子はありませんが、油断は――」
言い掛けて、はっと気付いた風にわたしを見た。
「……念の為、お尋ねしますが、怪しい人物にお心当たりなどは……?」
「いいえ。ございません。この屋敷で働いてくださっている方は、皆さん、真面目で優しい方ばかりですから。他所から来られた人でしょうか……?」
ウェイン卿は、ふっと頬を緩めた。
「そうですか」
「はい」
そのまま、なし崩し的に、送ってもらえることになった。
それにしても、ウェイン卿と一緒に庭園を歩く、というこの状況は、夢のようでありすぎた。
この恋の最期を締めくくるに相応しい、最高の思い出となることは、間違いない。
光り輝く満月の夜。ウェイン卿の「友人」として、隣を歩く。
信じられないほどの――
(……っ幸せ……!!)
目眩がするほど、現実とは思えないほど、幸せだ。
雲の上の人だったのに。あんなに嫌われていたのに。目が合う度に睨みつけられていたのに。話し掛けても返事すらしてもらえなかったのに。出世も出世、大出世である。
――これ以上の幸せは、もうこの世に存在しない。
「……今は……」
ゆっくり、とてもゆっくり、まるで散歩しているみたいに、ウェイン卿は歩いた。
普段はもっと速足で歩く印象だったが、今夜はやけに歩みが遅い。夜会でお酒でも召したのかもしれない。
何か言いかけて、軽く咳払いして、それから口を開いた。
「……どんな本をお読みですか?」
「……本、でございますか?」
「……はい。本が、お好きなんでしょう?」
近頃、読んでいた本の内容を思い出しながら、答える。
「はい、そうですね。ええと、今読んでおりますのは……実用書と言いますか、わたくしは世間をあまり知りませんので、今後、生活する上で役立ちそうなものを……」
「なるほど」
ウェイン卿は、こちらをじっと見て、そっと柔らかく笑った。
以前より、白銀の前髪が伸びている。短くても長くても格好良いが、とにかく、今日も最高に圧倒的に格好良い。優しく弧を描く瞳を向けられて、溜め息が漏れる。
「……ええと、ですから、今は、罠を仕掛けてウミガメを捕獲する方法や、アザラシと戦って食糧とする方法について、書かれたものを読んでおります」
気のせいか、ウェイン卿の眩い笑みが固まったように見えた。
「……なるほど……」
「捕まえたウミガメの甲羅を取り外して、血まで余さず無駄にしないように捌く方法ですとか、アザラシの皮を上手に剥いで鞣す方法、干し肉として貯蔵する方法などが、わかりやすく説明されていて、実際に生活していく上で、大変、役に立ちそうでした」
気のせいか、赤い瞳が狼狽えたように感じた。
「……そうですか」
「はい」
わたしは深く、頷いた。
少しの間、ウェイン卿は、眉根を寄せ、訝しげに何か考え込んでいた。
沈黙の後、ウェイン卿はまた、咳払いとともに話し出す。
「……ええと、あの、屋敷に戻ってから、……良ろしければ、もし、あくまでも、良ろしければ、の話ですが、……わたしと、踊って、いただけますか?」
…………!?
頭頂部に雷が直撃したかと思うほどの、大きな衝撃が体を駆け抜けた。
思わず、頭を押さえて見上げた空は、恐ろしいほどに澄み渡っている。
長閑に瞬く、満点の星とまんまるお月さま。
……落雷では、なかった。
「それは……あの…わたくしが? ウェイン卿と? ダンスを ?踊る?……という、意味でございますか?」
何か、聞き違えた可能性が非常に高い。
おそるおそる、オウムのように聞き返すと、ウェイン卿は少し寂し気に、困ったような顔で微笑んでから、視線を下げた。
「はい。……もちろん、無理にとは申しません。……令嬢が……それを構わない、と思ってくだされば……」
ウェイン卿の言葉は、途中で吹いた風の中に消えてしまった。
「はい……なるほど……」
曖昧に頷きながら、全身の血液を脳に集中させ、高速回転させる。
夜会。エスコート役必須。わたし引き籠り。友達いない。誘ってくれる人いない。ウェイン卿はわたしを殺そうとしちゃって、悪いことしたな、と思っている。お詫びに友達になりましょう。エスコートもいたしましょうか?だって、相手がいなくてお困りでしょう?
……と、いうことだろう。
(……間違いなく、気を、遣ってくれたのだ……!)
――いや、それだけではない。
悪名高いリリアーナ・ロンサールのエスコート役など引き受けたら、世間の皆様から、どのような謗りを受けることになるか、想像に難くない。
ウェイン卿は、自ら進んで、泥をかぶってやる、と言ってくれているのだ。
優しい。律儀。気が回る。溢れる男気。平伏叩頭したいほど高潔な自己犠牲精神。
はっきり言って、せっかく終わらせようと決意したばかりなのに、惚れ直す。
社交ダンス。貴族の嗜み。恋愛小説における最高の見せ場。
何たって、気になる異性と手を繋ぎ、肩に触れたり腰に手を回したりという、通常絶対不可能な接触が、堂々と行えるのである。胸キュン炸裂しないわけがない。最初に思いついた人、天才である。
――ウェイン卿と、ダンスを踊る。
はっきり言って、そのまま死んでもいいくらいの、僥倖であった。
だけど……、この話には、重要な、致命的な難点があった。わたしは、
――ダンスが、踊れないのだ。
五歳から屋根裏で静かに暮らさねばならなかった引き籠り娘に、ダンスを習う機会はなかった。いや、習わずとも、それなりのリズム感か運動神経をもってすれば、単調な曲であれば即興でコツを掴むことも可能なのかもしれない。
しかしながら、非常に残念な現実として、わたしは、そのどちらも、持ち合わせていない――。
『ウェイン卿と踊る』という、類まれな夢のシチュエーションに釣られ、浮かれてのこのこ踊ったりしたら、潰れたヒキガエルみたいな醜態をさらす結果となることは、間違いなかった。
ウェイン卿の中で、「ドブネズミ」に見えていたわたしは今、「友人になってやっても良い存在」にまで、上り詰めている。
今のこの状態は、間違いなく、この人生において、栄華を極めた瞬間。
人生の充実度を折れ線グラフで表すとしたら、紛うかたなき頂点。
――そうであれば、やるべきことは一つだけ。
「友人になってやっても良い存在」から、「潰れたヒキガエル」に落ちてはならない。
折れ線グラフのピークをできる限り緩やかに維持継続する為、全身全霊をかけて、保全と保護に努めるのだ。
のほほんと、呑気にエスコートを頼むなど、もってのほかである。
「あの、大変ありがたいお申し出でございますが、申し訳ありません。わたくしは――」
ダンスが踊れませんので、と説明して丁重にお断りしよう、と顔を上げた瞬間、
「リリアーナ!」
前方から、聞き慣れた低く涼やかな声で名を呼ばれた。
「お従兄様」
白い大理石張りのテラスに、円柱にもたれ立つランブラーとウィリアム・ロブ卿の姿が見えた。
満月の白い光を浴びた、見目麗しいお似合いの二人は、幻想的な一幅の絵画のようだった。我が従兄ながら、思わず見惚れる。
「どこに行ったのかと思ってたら、外の空気を吸いに行ってたのか?」
ランブラーが、ほっとしたように言う。
やっぱり、心配してくれていたらしい。ランブラーは、わたしを本物の妹みたいに可愛がってくれていた。その愛情に、疑いの余地は全くなかった。
人の顔色を伺い、ずっとびくびくしながら生きてきたが、ランブラーとブランシュの顔色を伺うことは、今はもうない。
はい、と答えて近付きながら微笑むと、ランブラーの隣に佇んでいたロブ卿が、優しく目を細め、端然とした笑みを浮かべながら、テラス階段を降りて来た。
「ずっとお傍にいるとお約束しておきながら、お一人にして、申し訳ありません」
深遠な宇宙を思わせる優しい眼差しで、すっと肘を差し出す。
すべてが……! すべての動作が……! 美麗! であった。
階段の降り方、歩き方、肘の差し出し方、微笑み方、言葉の柔らかさ。
生まれながらの貴公子、ってロブ卿みたいな人のことを言うに違いない。
ロブ卿に差し出された腕に手を置き、ウェイン卿に、お礼の言葉を述べようと振り返る。
「ウェイン卿、送っていただいて、ありがとうございました。それで、今、仰っていただいたことですが――」
「……いえ、わかりました。……今の話は、お忘れください。わたしはこれで」
ウェイン卿は遮るように胸に手を当てて礼をするなり、すっと目を逸らし、離れて行く。
逸らされた赤い瞳は、どういう訳か、とても寂しそうに陰って見えた。
――なにか、寂しくなるような出来事が、あったのだろうか?
足早に去り行く背中を見送りながら、願う。
あの人の心を曇らせる雲が、一日も早く、晴れますように――
「はい。そろそろ戻ります。心配しているかもしれませんし」
ウェイン卿が柔らかく微笑む。そんな顔をされると、せっかく、終わらせようと決意して固めた心が、お日様にあたったアイスクリームみたいに、とろんと蕩けてしまいそうになる。
「では、お送りします」
「……はい……ありがとうございます」
(……ウェイン卿は、ここで誰かと待ち合わせていたわけじゃないんだろうか……?)
送ってもらわずとも、勝手知ったる我が家の庭だった。
ふと、この前、ランブラーが言っていたことを思い出す。
「……ああ、そう言えば、この屋敷に、誰か怪しい人物が紛れ込んでいるかも知れないから、あまり一人にはならず、気を付けるように、とランブラーが言っておりましたが……」
ウェイン卿は、真剣な眼差しで頷いた。
「はい。今のところ、何かしてくる様子はありませんが、油断は――」
言い掛けて、はっと気付いた風にわたしを見た。
「……念の為、お尋ねしますが、怪しい人物にお心当たりなどは……?」
「いいえ。ございません。この屋敷で働いてくださっている方は、皆さん、真面目で優しい方ばかりですから。他所から来られた人でしょうか……?」
ウェイン卿は、ふっと頬を緩めた。
「そうですか」
「はい」
そのまま、なし崩し的に、送ってもらえることになった。
それにしても、ウェイン卿と一緒に庭園を歩く、というこの状況は、夢のようでありすぎた。
この恋の最期を締めくくるに相応しい、最高の思い出となることは、間違いない。
光り輝く満月の夜。ウェイン卿の「友人」として、隣を歩く。
信じられないほどの――
(……っ幸せ……!!)
目眩がするほど、現実とは思えないほど、幸せだ。
雲の上の人だったのに。あんなに嫌われていたのに。目が合う度に睨みつけられていたのに。話し掛けても返事すらしてもらえなかったのに。出世も出世、大出世である。
――これ以上の幸せは、もうこの世に存在しない。
「……今は……」
ゆっくり、とてもゆっくり、まるで散歩しているみたいに、ウェイン卿は歩いた。
普段はもっと速足で歩く印象だったが、今夜はやけに歩みが遅い。夜会でお酒でも召したのかもしれない。
何か言いかけて、軽く咳払いして、それから口を開いた。
「……どんな本をお読みですか?」
「……本、でございますか?」
「……はい。本が、お好きなんでしょう?」
近頃、読んでいた本の内容を思い出しながら、答える。
「はい、そうですね。ええと、今読んでおりますのは……実用書と言いますか、わたくしは世間をあまり知りませんので、今後、生活する上で役立ちそうなものを……」
「なるほど」
ウェイン卿は、こちらをじっと見て、そっと柔らかく笑った。
以前より、白銀の前髪が伸びている。短くても長くても格好良いが、とにかく、今日も最高に圧倒的に格好良い。優しく弧を描く瞳を向けられて、溜め息が漏れる。
「……ええと、ですから、今は、罠を仕掛けてウミガメを捕獲する方法や、アザラシと戦って食糧とする方法について、書かれたものを読んでおります」
気のせいか、ウェイン卿の眩い笑みが固まったように見えた。
「……なるほど……」
「捕まえたウミガメの甲羅を取り外して、血まで余さず無駄にしないように捌く方法ですとか、アザラシの皮を上手に剥いで鞣す方法、干し肉として貯蔵する方法などが、わかりやすく説明されていて、実際に生活していく上で、大変、役に立ちそうでした」
気のせいか、赤い瞳が狼狽えたように感じた。
「……そうですか」
「はい」
わたしは深く、頷いた。
少しの間、ウェイン卿は、眉根を寄せ、訝しげに何か考え込んでいた。
沈黙の後、ウェイン卿はまた、咳払いとともに話し出す。
「……ええと、あの、屋敷に戻ってから、……良ろしければ、もし、あくまでも、良ろしければ、の話ですが、……わたしと、踊って、いただけますか?」
…………!?
頭頂部に雷が直撃したかと思うほどの、大きな衝撃が体を駆け抜けた。
思わず、頭を押さえて見上げた空は、恐ろしいほどに澄み渡っている。
長閑に瞬く、満点の星とまんまるお月さま。
……落雷では、なかった。
「それは……あの…わたくしが? ウェイン卿と? ダンスを ?踊る?……という、意味でございますか?」
何か、聞き違えた可能性が非常に高い。
おそるおそる、オウムのように聞き返すと、ウェイン卿は少し寂し気に、困ったような顔で微笑んでから、視線を下げた。
「はい。……もちろん、無理にとは申しません。……令嬢が……それを構わない、と思ってくだされば……」
ウェイン卿の言葉は、途中で吹いた風の中に消えてしまった。
「はい……なるほど……」
曖昧に頷きながら、全身の血液を脳に集中させ、高速回転させる。
夜会。エスコート役必須。わたし引き籠り。友達いない。誘ってくれる人いない。ウェイン卿はわたしを殺そうとしちゃって、悪いことしたな、と思っている。お詫びに友達になりましょう。エスコートもいたしましょうか?だって、相手がいなくてお困りでしょう?
……と、いうことだろう。
(……間違いなく、気を、遣ってくれたのだ……!)
――いや、それだけではない。
悪名高いリリアーナ・ロンサールのエスコート役など引き受けたら、世間の皆様から、どのような謗りを受けることになるか、想像に難くない。
ウェイン卿は、自ら進んで、泥をかぶってやる、と言ってくれているのだ。
優しい。律儀。気が回る。溢れる男気。平伏叩頭したいほど高潔な自己犠牲精神。
はっきり言って、せっかく終わらせようと決意したばかりなのに、惚れ直す。
社交ダンス。貴族の嗜み。恋愛小説における最高の見せ場。
何たって、気になる異性と手を繋ぎ、肩に触れたり腰に手を回したりという、通常絶対不可能な接触が、堂々と行えるのである。胸キュン炸裂しないわけがない。最初に思いついた人、天才である。
――ウェイン卿と、ダンスを踊る。
はっきり言って、そのまま死んでもいいくらいの、僥倖であった。
だけど……、この話には、重要な、致命的な難点があった。わたしは、
――ダンスが、踊れないのだ。
五歳から屋根裏で静かに暮らさねばならなかった引き籠り娘に、ダンスを習う機会はなかった。いや、習わずとも、それなりのリズム感か運動神経をもってすれば、単調な曲であれば即興でコツを掴むことも可能なのかもしれない。
しかしながら、非常に残念な現実として、わたしは、そのどちらも、持ち合わせていない――。
『ウェイン卿と踊る』という、類まれな夢のシチュエーションに釣られ、浮かれてのこのこ踊ったりしたら、潰れたヒキガエルみたいな醜態をさらす結果となることは、間違いなかった。
ウェイン卿の中で、「ドブネズミ」に見えていたわたしは今、「友人になってやっても良い存在」にまで、上り詰めている。
今のこの状態は、間違いなく、この人生において、栄華を極めた瞬間。
人生の充実度を折れ線グラフで表すとしたら、紛うかたなき頂点。
――そうであれば、やるべきことは一つだけ。
「友人になってやっても良い存在」から、「潰れたヒキガエル」に落ちてはならない。
折れ線グラフのピークをできる限り緩やかに維持継続する為、全身全霊をかけて、保全と保護に努めるのだ。
のほほんと、呑気にエスコートを頼むなど、もってのほかである。
「あの、大変ありがたいお申し出でございますが、申し訳ありません。わたくしは――」
ダンスが踊れませんので、と説明して丁重にお断りしよう、と顔を上げた瞬間、
「リリアーナ!」
前方から、聞き慣れた低く涼やかな声で名を呼ばれた。
「お従兄様」
白い大理石張りのテラスに、円柱にもたれ立つランブラーとウィリアム・ロブ卿の姿が見えた。
満月の白い光を浴びた、見目麗しいお似合いの二人は、幻想的な一幅の絵画のようだった。我が従兄ながら、思わず見惚れる。
「どこに行ったのかと思ってたら、外の空気を吸いに行ってたのか?」
ランブラーが、ほっとしたように言う。
やっぱり、心配してくれていたらしい。ランブラーは、わたしを本物の妹みたいに可愛がってくれていた。その愛情に、疑いの余地は全くなかった。
人の顔色を伺い、ずっとびくびくしながら生きてきたが、ランブラーとブランシュの顔色を伺うことは、今はもうない。
はい、と答えて近付きながら微笑むと、ランブラーの隣に佇んでいたロブ卿が、優しく目を細め、端然とした笑みを浮かべながら、テラス階段を降りて来た。
「ずっとお傍にいるとお約束しておきながら、お一人にして、申し訳ありません」
深遠な宇宙を思わせる優しい眼差しで、すっと肘を差し出す。
すべてが……! すべての動作が……! 美麗! であった。
階段の降り方、歩き方、肘の差し出し方、微笑み方、言葉の柔らかさ。
生まれながらの貴公子、ってロブ卿みたいな人のことを言うに違いない。
ロブ卿に差し出された腕に手を置き、ウェイン卿に、お礼の言葉を述べようと振り返る。
「ウェイン卿、送っていただいて、ありがとうございました。それで、今、仰っていただいたことですが――」
「……いえ、わかりました。……今の話は、お忘れください。わたしはこれで」
ウェイン卿は遮るように胸に手を当てて礼をするなり、すっと目を逸らし、離れて行く。
逸らされた赤い瞳は、どういう訳か、とても寂しそうに陰って見えた。
――なにか、寂しくなるような出来事が、あったのだろうか?
足早に去り行く背中を見送りながら、願う。
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