7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
上 下
86 / 100
いざ、王宮へ

10

しおりを挟む
※流血表現があります。
苦手な方はご自衛ください。



怖い…。

体が、溶け出しそうに熱い…。

体中火照り、汗が吹き出してくる。

ままならない体を持て余し、なんとか鎮めて欲しいと思う。


…鎮めて欲しい?

誰に?

殿下が来る?

殿下に鎮めてもらうの?


…嫌…!

コンスタンスは震える体を抱きしめ、目を閉じた。

はぁはぁと息は荒く、体に触れるもの全てに敏感に反応してしまう。

こんな状態の彼女を見て、フィリップはどう思うだろうか。

『助けてやれ』と、王妃に言い含められて来るのだろうか。

あんなに慕っていた相手ではあるが、今のコンスタンスは、彼に触れられるのを本気で嫌だと思った。

だが、このどうしようもない体を鎮めてもらえるなら、流されてしまうかもしれない。


嫌…!

オレリアンの心配そうな顔が浮かぶ。

彼と約束したのに。

これから穏やかに近づいて行こうと。

時間をかけて寄り添って行こうと。

そう、約束したのに。


ダメ…!

なんとか正気を保たないと!

ルーデル公爵家の娘として、ヒース侯爵の妻として、醜態を晒すわけにはいかない。


コンスタンスは自由のきかない体を励まし、正気を保つためにはどうしたらいいか必死に考えた。

部屋を見回すと、窓辺の机の上にペン立てがあり、キラリと光るものが目に入る。

…ペーパーナイフだ…。

コンスタンスはソファから転がり落ち、這いずるように、机に近づいた。

机の下まで来ると、椅子を伝い、机の足を伝い、必死に捩り登る。

なんとか這い上がって腕を伸ばし、ペン立てを倒すと、目当てのものが指に触れた。

手繰り寄せ、なんとか手に取り、机の下に座り込む。

もうすぐフィリップが来る。

それまでに、なんとかしなくては…。

コンスタンスは力の入らない右手でなんとかナイフを持って、左の手首に当てた。

正常な意識を保つ…。

コンスタンスには、自分を傷つけることしか、その方法を思いつかなかった。

当てたナイフを、真一文字に横に引く。

鮮血が飛び散り、ナイフが落ちる。

痺れ薬のせいで然程痛みを感じないが、血は流れ続けている。

流れ出る血を眺めながら、コンスタンスは薄っすら笑みを浮かべた。

ああ、もしかしたら深く切りすぎたかもしれない。

でもこれで、フィリップも手を出そうだなどとは思わないだろう。

血は、流れ続ける。

私はこのまま死んでしまうのだろうか。

オレリアン様…。

彼は、悲しむだろうか。

私が死んだら、彼は…。



一方フィリップは、王妃からの伝言を聞いて後宮へ急いでいた。

『コンスタンスに媚薬を盛りました。
貴方が助けてあげなさい』

(母上!なんてことを…!)

たしかに母のコンスタンスへの執着は、少々度を過ぎているとは思っていた。

彼女を公式寵姫にというのも、母から再三言われていたことだ。

隣国では王族が妻や愛人を何人も持つのが普通であるため、正妃に迎えた隣国の王女も表立って何か言うようなことはしない。

だが、フィリップはあくまでコンスタンスの気持ちを一番に考えたかった。

自分の側にいることを、コンスタンス自身が望んでくれねば何の意味もない。

そもそも側妃の話を持ち出したのだって、コンスタンスが夫に冷遇されていると耳にしたことがきっかけだ。

最初から夫婦仲良くしてくれていれば、関わらずにいたものを…。

そういえば、コンスタンスがヒース領に閉じ込められていた話も、夫の元恋人を庇って事故に遭ったのも、聞いたのは母からだった…。


血相を変えて後宮に向かう時、入り口に控えていたヒース侯爵と一瞬目が合ったが、フィリップは即座に目を逸らした。

今、夫である彼に何か悟られるわけにはいかない。

彼に悟られる前に、なんとかしなければ。


『バンッ!!』

扉を開けて、フィリップが部屋に入って来た。

「コニー!どこだ⁈」

ソファに姿がないため部屋の奥へ向かおうとしたが、そこで、机の下に倒れているコンスタンスを見つけた。

「コニー!」

走り寄って抱き上げると、顔は色をなくし、左手首から血を流している。

「コニー!早まったことを!
誰か!誰か医者を!」

叫びながら、自分の持っていたハンカチでコンスタンスの手首を縛る。


一方オレリアンは、後宮に向かう王太子のただならぬ姿に、言いようのない不安を掻き立てられた。

王太子の後に続こうとして、驚いた警備兵に体を抑えられ、止められる。

だが、オレリアンは警備兵の制止を振り切り、王太子を追った。

コニーが呼んでいる!

そう感じたのだ。

後で罰を受けるならそれでもいい。

コニーが、コニーが俺を呼んでいるのだ!
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。 そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。 最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。 何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。 優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...