7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
上 下
58 / 100
16歳、やり直し

1

しおりを挟む
丸三日間眠り続けたコンスタンスの記憶は、15歳に戻っていた。

あの、馬車の事故に遭った時の19歳に戻ったわけではない。

ましてや、三日前までの7歳とも違う。

コンスタンスは前日の夜、国王の即位10周年記念の舞踏会に、王太子フィリップの婚約者として参加したのだと言う。

そしてフィリップに送られて帰宅し、その後、疲れてぐっすり眠っただけなのだと言う。

目が覚めたら母の部屋で寝ていて、何故か目の前には王宮で見たことがある騎士の顔があったと。

当然ながら王太子と婚約解消したことも、オレリアンと結婚したことも覚えていない。

そして、記憶を失っている間7歳の少女として楽しい生活を送っていたことも、もちろん覚えていないのだ。

医者もこんな事象は今まで見たことがないと首を傾げた。

記憶を取り戻すならいざ知らず、途中の年齢になって、しかも記憶を失っていた間のことも全く覚えていないなんて。


「何故?どうして15歳なんだ?」

エリアスからその事実を聞いた時、オレリアンはがっくりと膝をつき、頭を抱えた。

コンスタンスが15歳の頃といえば、公式の場にフィリップ殿下と2人揃って出ることが多くなってきた頃だ。

オレリアンが騎士として王宮の警護にあたるようになった時期とも重なる。

だからコンスタンスは、時々見かける騎士くらいの認識で、オレリアンの顔を見知っていたのだろう。

片や王太子の婚約者の公爵令嬢として。

そして片や王族に仕える近衛騎士の1人として。

あの頃の王太子と婚約者は、オレリアンから見ても仲睦まじく、お互いを想いあっているように見えた。

王太子に寄り添って微笑む彼女を何度目にしたことか。


「…コニーの中に、もう私はいないんですね?」

オレリアンが自嘲気味にそう言うと、エリアスは気まずそうに目を伏せた。

「コニーには、父から説明するそうだ。
だが、今日はまだ…」

「ええ、わかっています。
今日はもう自邸の方に帰ります。
私を見たら、コニーは混乱するでしょうから」

「すまない、オレリアン」

エリアスは本当に申し訳なさそうにオレリアンに頭を下げた。

正直、ルーデル公爵家でもこの先どうしたらいいのか途方に暮れている状態だった。

コンスタンスにいつ、どのタイミングで事実を伝えればいいのかと。


前回の記憶喪失…、つまり7歳の少女の時はまだ良かった。

王太子と婚約したばかりでまだそれほどの思い入れもなかったため、わりとすぐ事実を受け入れたから。

だが15歳のコンスタンスでは、事実をどう受け止められるかわからない。

その頃と言えば、お妃教育も終了に差しかかり、本格的に王太子と共に公式の場に顔を出し始めた頃だ。

幼馴染だった2人が長い時間をかけて愛情を育んでいたのを、側で見ていた家族は知っている。

事実を知っての彼女の嘆きを思ったら、口が重くなるのは当然だ。

父は『時期を見て伝える』と言った。

だが、15にいつまでも隠しおおせるわけもない。


「リアはどう思う?」

エリアスはいつも妹の側にいる侍女リアにたずねた。

リアは「恐れながら…」と言いながら重い口を開いた。

「お嬢様は、17歳の時に一度婚約解消を言い渡されています。
あの時は冷静に自国のこと、王家のこと、そしてフィリップ殿下のお立場を思い、何一つ反論することなく受け入れていらっしゃいました。
でも今のお嬢様は15歳とのこと。
その頃のお嬢様はフィリップ殿下の婚約者としてデビューされた頃です。
はたから見ておりましても、殿下とお嬢様の仲は良好で、相思相愛のご様子でした。
今のお嬢様に婚約解消と、すでに人妻であることを告げて、どれほど取り乱されるのか想像もつきません」

リアは淡々と言い切ったが、オレリアンの顔を見れなかった。

オレリアンは青ざめ、唇を噛んで立ち尽くしている。


「オレリアン、本当にすまない」

エリアスはもう一度、オレリアンに向かって頭を下げた。

今の状態では、しばらく妹に会わせることは出来ないだろう。

だがオレリアンはそれを遮り、自分の方が深々と頭を下げた。

「いえ、自業自得です。
全て私のせいですから。
私のせいなのに、あんなにコニーを苦しめてしまって…、本当に、私の方こそ申し訳ありません」

「違う、オレリアン…、頭を上げてくれ」

「しかし、元々事故にさえ遭わなければ…。
いや、やはり最初から、私が…」

エリアスはオレリアンの肩に手を置いた。

これは、誰が悪いわけでもない。

あの事故は不幸な偶然だった。

あの日オレリアンは、夫婦関係を改善したくてコンスタンスを王都に連れ戻したと、今のエリアスは理解している。

事故の原因になった女はオレリアンの強い抗議で、夫の手で軟禁状態になっている。

コンスタンスを自領に置き去りにし、放置していたオレリアンを恨んでいた時もあったが、それもこの不器用な男が良かれと思ってしていたことだということも理解している。

婚約解消で傷ついたコンスタンスを王都から離し、また、未だに王太子を想っている妻を慮ってのことだったということも。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。 そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。 最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。 何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。 優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

処理中です...