7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
上 下
39 / 100
蜜月、やり直し

7

しおりを挟む
数日前、領内の商いを取り仕切る商工会の会長から、領主を自宅の晩餐に招待したいと打診された。

マテオやセイは子供のようなコンスタンスを伴うことに不安を口にしたが、オレリアンは迷わず快諾した。

コンスタンスは長年の教育が身についているせいか、立ち居振る舞いやマナーは完璧だ。

誰にでも笑顔で接し、慈愛に溢れ気品もある。

だから、侯爵夫人として何一つ恥ずかしいことは無いと。

コニーは自慢の妻なのだから、と。


そうして夫婦で招かれた晩餐で、コンスタンスは夫の隣で微笑み、夫の期待によく応えた。

料理も美味しかったし、コンスタンスは妻として招かれたことに満足し、オレリアンもまた自慢の妻を披露出来て満足していた…はずだったのだが。


「鼻の下…?何のことだ?」

リアの言葉に、オレリアンは首を傾げた。

主人に対してかなり不敬な言い方だが、オレリアンに対して厳しいリアはいつもこんな感じだ。

「だから。あの時商工会長のお嬢様たちが旦那様に群がっていたのがお気に召さなかったのでしょう」

「たしかにあの日の旦那様は鼻の下を伸ばしてたからなぁ」

付け加えるように言ったのはもちろんダレルだ。

「はぁ?俺が?」

「ええ。ベタベタされて、満更でもないお顔を」
とリア。

オレリアンは眉間に皺を寄せた。

たしかに商工会の会長宅には10代前半から後半くらいの三姉妹がいた。

会長に紹介され、挨拶した後なんだかんだと寄ってきて話しかけられはしたが、三姉妹の顔など覚えてもいない。

「酷い誤解だ。鼻の下なんか伸ばすもんか。
それに、昨夜は本当に見回りだったと、同行していたダレルならわかっているだろ?」

咎めるように2人を見ると、ダレルはニヤニヤと、リアは冷ややかに笑っていた。

そのままコンスタンスの方を見ると、彼女は相変わらず頬を膨らませ、唇を尖らせて明後日の方向を向いている。

ーああ、そうかー

オレリアンはようやく思い当たった。

彼女はきっと、妬いているのだ。

あの晩餐の席でもたしかにあまり機嫌は良くなかったが、あの時は緊張しているのだろうと思っていた。

だが、言い寄られていたわけではないが、夫が若い女の子に囲まれていたことが、気に入らなかったのだろう。

「王都から来た領主が若くて見目のいい男だったもんだから、会長の娘さんたちも興味津々だったのでしょう。
奥様がいるのにもかかわらず、ベタベタしてましたからねぇ」

ダレルの言葉が追い打ちをかけ、コンスタンスは顔を真っ赤にさせた。

まるっきり背中を向けてしまったが、お下げ髪の横から覗いている耳も真っ赤だ。

そんな妻は爆発的にかわいらしく、オレリアンは彼女を抱きしめて、こねくり回したくなった。

「もしかして妬いてるのか?コニー」

「知りません!」

「ああ!貴女は本当に可愛いなぁ!」

オレリアンはコンスタンスを背中からギュウッと抱きしめた。

「オレール⁈」

そのままお姫様抱っこで抱き上げると、彼女を抱いたままくるりと回る。

「ちょっとオレール!やめて!」

コンスタンスは振り落とされまいと、夫の首にしがみついた。

だがオレリアンは面白がってさらにくるくると回る。

やがてオレリアンが回るのをやめると、コンスタンスはコテンと彼の肩に顔を埋めた。

香水をつけているわけでもないのに、コンスタンスの甘くて可愛い匂いがふわりとオレリアンの鼻を擽ぐる。

「ああ、可愛いコニー。
俺の目には貴女しか映っていないよ。
貴女以外の女性は皆同じ顔に見える」

妻に優しく囁く主人を、ダレルとリアは呆れたように眺めている。

だがそんな2人にお構い無しに、オレリアンは愛おしい妻の髪に口付けると、彼女を抱いたまま歩き出した。

「オレール、どこへ行くの?」

「2人きりになれるところへ。
貴女のそんな可愛い顔は、俺が独り占めしたいからね」

夫の言葉が照れ臭かったのか、コンスタンスは少し顔を顰め、俯く。

「あ、もしかして俺、臭かったか?
夜通し走り回って、風呂も入ってないからな」

オレリアンは顔を回し、自分の襟や胸元をくんくん嗅いでみせた。

「違うの。ちっとも臭くなんてないわ。
オレールの匂い…、好きだもの…」

そう言って首元に顔を埋める妻をオレリアンは蕩けるような瞳で見つめ、再び歩き出した。



遠ざかっていく主人夫婦を、ダレルとリアは微笑ましく眺めている。

「このまま平和だといいんですがね」

突然背後から声が聞こえて、振り返るとそこにはいつの間に来ていたのか執事のマテオが立っていた。

「そうですね」

口を揃えて、2人が答える。

リアももうオレリアンを疑う気持ちは薄れていた。

この1ヶ月妻を溺愛するオレリアンの姿を嫌と言うほど見せつけられているのだから。


今のこの幸せが可能な限り続けば良いと、3人共願っている。

だが、この幸せがコンスタンスの記憶喪失が前提という砂上の楼閣だいうことも、わかっているのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

婚約破棄されるまで一週間、未来を変える為に海に飛び込んでみようと思います

●やきいもほくほく●
恋愛
旧題:婚約破棄される未来を変える為に海に飛び込んでみようと思います〜大逆転は一週間で!?溺愛はすぐ側に〜 マデリーンはこの国の第一王子であるパトリックの婚約者だった。 血の滲むような努力も、我慢も全ては幼い頃に交わした約束を守る為だった。 しかしシーア侯爵家の養女であるローズマリーが現れたことで状況は変わっていく。 花のように愛らしいローズマリーは婚約者であるパトリックの心も簡単に奪い取っていった。 「パトリック殿下は、何故あの令嬢に夢中なのかしらッ!それにあの態度、本当に許せないわッ」 学園の卒業パーティーを一週間と迫ったある日のことだった。 パトリックは婚約者の自分ではなく、ローズマリーとパーティーに参加するようだ。それにドレスも贈られる事もなかった……。 マデリーンが不思議な日記を見つけたのは、その日の夜だった。 ーータスケテ、オネガイ 日記からそんな声が聞こえた気がした。 どうしても気になったマデリーンは、震える手で日記を開いたのだった。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完結】婚約前に巻き戻ったので婚約回避を目指します~もう一度やり直すなんて、私にはもう無理です~

佐倉えび
恋愛
リリアンナは夫のジルベールの浮気や子どもとの不仲、うまくいかない結婚生活に限界を感じ疲れ果てていた。そんなある日、ジルベールに首を絞められ、気が付けば婚約直前の日まで時が巻き戻っていた……!! 結婚しても誰も幸せになれないのだから、今度は婚約を回避しよう! 幼馴染のふたりが巻き戻りをきっかけにやり直すお話です。 小説家になろう様でも掲載しています。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...