7歳の侯爵夫人

凛江

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回想、オレリアン

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「シャーロット!」
ジャックは転びそうになりながら、シャーロットの馬車に捕まった。

シャーロットは窓から顔を出して命令した。

「離れて!」

「ダメだ! いや、いやだ!」

「けがをするわ。手を放して」

「乗せてくれ! 頼む」

御者がチラリとシャーロットの顔を見た。

「止めますよ。どこかの令息におけがをさせるわけにはいきません」

車を歩道に寄せて、御者は冷たく言った。

「離れてくださいますか? 危険ですから。でないと車を出せませんので」

御者の言葉の冷たさに、ジャックは思わず車から手を放した。

もう関係がないのか。

そうだ。彼女は、もうあの公爵から解放された。

すぐに社交界に復帰するだろう。

若くて美人の彼女はキラキラと光を放つようだ。

裕福な跡取り娘の社交界復帰は誰にとっても歓迎だ。ピアでの出来事は、モンゴメリ卿やハミルトン嬢、ボードヒル子爵たちが、細心の注意を払って人目につかないように苦労していた。知る者はほとんどいないし、実際、何もなかった。

なんにもなかった。

「シャーロット嬢……」

『はっきり伝えないと……』

「僕はあなたが好きだ……」

窓からのぞいた愛らしい顔に向かって、ジャックは言った。

「車を出しますよ」

御者が注意した。どこの馬の骨だ。この若造は。うちのお嬢様に路上で何言ってんだ。

馬車はゆっくり離れて行く。


通行人がジャックの顔を見て、笑っていた。

走り出した馬車に突進していくなんて、気がおかしいとでも思われたのだろう。



シャーロットは自邸に帰ったとたん、フレデリックに迎え入れられた。

彼は真紅のバラの花束をシャーロットに押し付けた。

「よかった。本当に良かった」

両親も安堵していた。


客間に入るとフレデリックは真剣な表情を浮かべて尋ねた。

「もしかしてジャックと何かあったとか?」

「どうして?」

「だって、ピアでは偽装結婚していたろう? ジャックを信じてはいたが、本当は心配で気が狂いそうだったよ」

「そんな心配は要らないわ。ジャック様には本命がいるみたいですもの」

「え? 誰?」

フレデリックはびっくりしたようで聞いてきた。

「モンゴメリ卿のところにお礼に伺っていたの。でも、ジャックとシルビア・ハミルトン嬢が親密そうに話しているところへ行ってしまって」

フレデリックは相当驚いたようだった。

「ああ、君を助けようとジャックは、モンゴメリ卿やボードヒル子爵やハミルトン嬢としょっちゅう一緒にいたから」

シャーロットの心はズキンと痛んだ。

「どうしてあなたは一緒じゃなかったの?」

「え? だって、あの人たちが呼んでくれなかったから。それに、父があまり表立って出ない方がいいと言ったので。もちろん、今はロストフ公爵がいないから、何も言わないけど」

シャーロットはフレデリックの整った顔を眺めた。フレデリックは愉快そうに見えた。

「ジャックが君のことを好きそうにしてたからね。心配だったんだ。もしかしてって思うとね。しかし、まさかハミルトン嬢狙いだったとはね。彼女はとても美人で淑やかだが、ジャックよりだいぶ年上だと思うよ」

シャーロットはびっくりした。

「女性のお年を聞くのはどうかと思うけれど、おいくつくらいなのかしら?」

「さあ? 僕も正確なところは知らないけど、三十代半ばじゃないかな? 僕たちとは違うよ」

それではむしろモンゴメリ卿とお似合いではないか。

「今度こそ、本当に承諾して欲しい」

シャーロットは返事を保留した。

「やっと本格的に社交界デビューできる気がするわ。これまではロストフ公爵に邪魔されて、ずいぶん制限されてきたけれど、いろんなパーティにも出たいわ」

ふとフレデリックの顔を見ると、彼は怒っていた。

「シャーロット嬢、僕は名前まで貸したんだ。君の婚約者と言うことで。それなのに、その返事なのか? もっと遊びたいと」

シャーロットはその剣幕にびっくりした。

「だって、婚約は元々決まっていたわけではないわ」

「だが、ほぼ決まっていたようなものではないか。違うか? 君は僕を婚約者としてロストフ公爵に紹介したろう。あの場の全員に」

「でも、仕方がなかったのよ。そうしないとロストフ公爵に連れ去られてしまう。あの場にいた人たちは、みんなそのことをわかってくれていたわ」

「もちろんそうだろうが、だから僕との婚約がなくなったわけではない」

「婚約した覚えはないわ」

フレデリックは表情が変わった。

「はっきり婚約したわけじゃない。僕は公表したかったのに、父が難色を示したのだ。あのロストフ公爵の騒ぎの中では、うちの家に不利に働くかもしれないからってね。でも、今はそんな心配は要らない。だから、結婚になんの問題もなくなった。いつ結婚してくれますか? シャーロット?」

シャーロットは立ち上がった。

「あなたと婚約した覚えはないわ」

「なんだと?」
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