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再び、王都へ
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「………どういうことですか?」
一瞬言葉をなくし、しかしなんとか気を取り直したオレリアンが顔を上げ、尋ねる。
「まずは、コニーに会わせて欲しい」
「……コニーは今は私の妻です。
王太子殿下とはいえ、妻を愛称で呼ぶのはお控えください」
「貴様!不敬であろう!」
王太子の護衛の1人が憤るが、フィリップはそれを制した。
「いや、たしかに今のは私が悪かった。
ヒース侯爵、そなたの夫人に会わせて欲しいのだ」
「失礼ですが、こんな夜更けに、妻にどんなご用件が?」
先触れもなく、王都に戻った翌日のこんな夜更けに訪ねて来るなど、非常識以外の何者でもない。
一国の王太子に対して不敬ではあるが、この男は自国のためとは言え、コンスタンスを捨てた男だ、と、オレリアンは気持ちを強く持つ。
睨むまではしないが、フィリップの真意を探るべく、強い目で彼を見つめる。
「こんな時刻になったのは謝る。
昨日ヒース侯爵夫妻が王都へ戻ったと、先程私の耳に入ったのだ。
聞いたら、矢も盾もたまらず来てしまった」
矢も盾もたまらず…。
その意味がわからず、オレリアンは黙った。
王太子はもうすぐ隣国の王女と結婚するはず。
何故、今更コニーに会いに来た?
捨てたはずの元婚約者に、一体何の用があると言うのだ。
黙ってしまったオレリアンに、フィリップは真っ直ぐ向き合った。
だが、その目は幾分威圧的だ。
「コニ…、侯爵夫人は…、不幸な結婚生活を送った挙句、事故に遭ったと聞いている。
事故前にはずっと自領に閉じ込もり、そなたと別居していたという事実もつかんでいるのだ。
彼女が不幸な目に遭っているなら、それは、そう仕向けた王家の…、私の咎だ。
お妃教育を10年も受けた素晴らしい貴婦人である彼女が田舎にこもっているなんて、およそ彼女らしくない。
だから…、彼女が彼女らしく生きられるなら、手を差し伸べたいと思ったのだ」
「手を…、差し伸べたい…?」
不敬ながら、オレリアンは王太子の言葉を繰り返した。
どうしても、言っている意味がわからなかったのだ。
すでに人の妻になっているコンスタンスに手を差し伸べるとは、一体どういうことなのか。
「まさか…。
コニーを差し出せとでも言われるのですか?」
王太子を見据えると、彼も、射抜くような瞳をオレリアンに向ける。
「殿下はもうすぐ隣国の王女様と結婚されるではありませんか。
手を差し伸べるとは一体どう…っ」
「私の…、側妃候補として、王宮に迎えたいと思う」
「…………なっ!!」
想像も出来なかった言葉に、オレリアンは目を見開き、絶句した。
「そなたと結婚したままで公式寵姫というのも考えた。
だが、いずれきちんと側妃…、私の第二夫人として迎えたいと思う。
それまでは、母…王妃の侍女として、王宮に引き取るつもりだ。
侯爵夫妻の承諾を得られれば、このままルーデル公爵にも申し入れに行く」
…なんて勝手な…!
オレリアンはあまりの驚きと憤りに、わなわなと体を震わせた。
コニーを、側妃にだって?
それを、『手を差し伸べる』などという言葉で表すなんて…!
「そんなこと、王太子妃になられる隣国の王女様が許されますか?
元婚約者が側妃だなんて…!」
隣国の王女はフィリップに一目惚れし、婚約者がいるにもかかわらず無理矢理縁談をねじ込んだと聞いている。
そんな王女が、側妃の存在を許すわけがないではないか。
しかしフィリップは静かに首を横に振った。
「王女は…、そんなに傲慢な女性ではない。
たしかに私を見染めてはくれたが、縁談を無理矢理ねじ込んできたのは王女の父親である国王だ。
彼女は私に婚約者がいたことも知らず、申し訳ないことをしたと言っている。
その上で、元婚約者を側妃に迎えることも承知しているのだ」
「そんなこと…、王女様が許したとしても、隣国の国王が許しますか?」
「側妃の件はしばらくは公表せず、正妃に子を授かったら公にしようと思う。
それまでコニー…、ルーデル公爵令嬢には、王妃の侍女として王宮の奥に住んでもらい、公の場には出さないつもりだ」
怒りで我を忘れるとはこのことだろうか。
オレリアンは今、はらわたが煮えくりかえる程の憤りに包まれていた。
この王太子は、一体何を、つらつらと述べているのか。
何を勝手なことばかり言っているのだろうか。
「…なんですか、それは」
手が、唇が、ブルブルと震える。
「コニーを陽の当たらない場所に押し込める気ですか」
「貴様、不敬であろう」
「待て、いいのだ。
だがそれを言うなら…、現在彼女を陽の当たらない場所に押し込めているのは、ヒース侯爵、そなたではないのか?」
一瞬言葉をなくし、しかしなんとか気を取り直したオレリアンが顔を上げ、尋ねる。
「まずは、コニーに会わせて欲しい」
「……コニーは今は私の妻です。
王太子殿下とはいえ、妻を愛称で呼ぶのはお控えください」
「貴様!不敬であろう!」
王太子の護衛の1人が憤るが、フィリップはそれを制した。
「いや、たしかに今のは私が悪かった。
ヒース侯爵、そなたの夫人に会わせて欲しいのだ」
「失礼ですが、こんな夜更けに、妻にどんなご用件が?」
先触れもなく、王都に戻った翌日のこんな夜更けに訪ねて来るなど、非常識以外の何者でもない。
一国の王太子に対して不敬ではあるが、この男は自国のためとは言え、コンスタンスを捨てた男だ、と、オレリアンは気持ちを強く持つ。
睨むまではしないが、フィリップの真意を探るべく、強い目で彼を見つめる。
「こんな時刻になったのは謝る。
昨日ヒース侯爵夫妻が王都へ戻ったと、先程私の耳に入ったのだ。
聞いたら、矢も盾もたまらず来てしまった」
矢も盾もたまらず…。
その意味がわからず、オレリアンは黙った。
王太子はもうすぐ隣国の王女と結婚するはず。
何故、今更コニーに会いに来た?
捨てたはずの元婚約者に、一体何の用があると言うのだ。
黙ってしまったオレリアンに、フィリップは真っ直ぐ向き合った。
だが、その目は幾分威圧的だ。
「コニ…、侯爵夫人は…、不幸な結婚生活を送った挙句、事故に遭ったと聞いている。
事故前にはずっと自領に閉じ込もり、そなたと別居していたという事実もつかんでいるのだ。
彼女が不幸な目に遭っているなら、それは、そう仕向けた王家の…、私の咎だ。
お妃教育を10年も受けた素晴らしい貴婦人である彼女が田舎にこもっているなんて、およそ彼女らしくない。
だから…、彼女が彼女らしく生きられるなら、手を差し伸べたいと思ったのだ」
「手を…、差し伸べたい…?」
不敬ながら、オレリアンは王太子の言葉を繰り返した。
どうしても、言っている意味がわからなかったのだ。
すでに人の妻になっているコンスタンスに手を差し伸べるとは、一体どういうことなのか。
「まさか…。
コニーを差し出せとでも言われるのですか?」
王太子を見据えると、彼も、射抜くような瞳をオレリアンに向ける。
「殿下はもうすぐ隣国の王女様と結婚されるではありませんか。
手を差し伸べるとは一体どう…っ」
「私の…、側妃候補として、王宮に迎えたいと思う」
「…………なっ!!」
想像も出来なかった言葉に、オレリアンは目を見開き、絶句した。
「そなたと結婚したままで公式寵姫というのも考えた。
だが、いずれきちんと側妃…、私の第二夫人として迎えたいと思う。
それまでは、母…王妃の侍女として、王宮に引き取るつもりだ。
侯爵夫妻の承諾を得られれば、このままルーデル公爵にも申し入れに行く」
…なんて勝手な…!
オレリアンはあまりの驚きと憤りに、わなわなと体を震わせた。
コニーを、側妃にだって?
それを、『手を差し伸べる』などという言葉で表すなんて…!
「そんなこと、王太子妃になられる隣国の王女様が許されますか?
元婚約者が側妃だなんて…!」
隣国の王女はフィリップに一目惚れし、婚約者がいるにもかかわらず無理矢理縁談をねじ込んだと聞いている。
そんな王女が、側妃の存在を許すわけがないではないか。
しかしフィリップは静かに首を横に振った。
「王女は…、そんなに傲慢な女性ではない。
たしかに私を見染めてはくれたが、縁談を無理矢理ねじ込んできたのは王女の父親である国王だ。
彼女は私に婚約者がいたことも知らず、申し訳ないことをしたと言っている。
その上で、元婚約者を側妃に迎えることも承知しているのだ」
「そんなこと…、王女様が許したとしても、隣国の国王が許しますか?」
「側妃の件はしばらくは公表せず、正妃に子を授かったら公にしようと思う。
それまでコニー…、ルーデル公爵令嬢には、王妃の侍女として王宮の奥に住んでもらい、公の場には出さないつもりだ」
怒りで我を忘れるとはこのことだろうか。
オレリアンは今、はらわたが煮えくりかえる程の憤りに包まれていた。
この王太子は、一体何を、つらつらと述べているのか。
何を勝手なことばかり言っているのだろうか。
「…なんですか、それは」
手が、唇が、ブルブルと震える。
「コニーを陽の当たらない場所に押し込める気ですか」
「貴様、不敬であろう」
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