7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
上 下
12 / 100
初恋、やり直し

2

しおりを挟む
「旦那様」と呼ばれて驚いたオレリアンは、そう呼んだ少女をマジマジと見つめた。

そこにいるのは1年余り自分の妻であった女性であるけれど、今や全く別人のような少女である。

いつも高く結い上げていた髪は緩くおさげに結ばれ、腕も足も剥き出しで、足にいたっては素足のままだ。

毎日こうして外で遊んでいるからだろうか、病的なほど蒼白かった頬は、健康的に薔薇色に染まっている。

そして何より違うのは、いつも冷静で冷ややかなほどの空気を纏っていた彼女が、好奇心に満ちた丸い目を見開き、輝かんばかりの笑顔で自分を見上げていることだ。

思わず言葉を失ったオレリアンに、コンスタンスはコテンと首を傾げた。

「旦那様、どうなさったの?
私に会いに来てくれたんでしょう?」

「あ…、いや…、うん…」

オレリアンは戸惑いながら、足元に転がってきていた円盤を拾い上げてコンスタンスに手渡した。

「ありがとう」

円盤を受け取りながら、コンスタンスはさらに満面の笑みを浮かべる。

「この円盤とっても面白いのよ?
フィルも私もとっても気に入っているの」

「そうか…、良かった…」

「旦那様もそんなところで見ていないで、一緒に遊びましょうよ」

「え……⁈ いや…」

「ほら、早く!」

コンスタンスは躊躇することなくオレリアンの手を掴むと自分の方へ引っ張った。

突然引かれたためオレリアンはバランスを崩し、彼の胸がコンスタンスの頭に触れてしまうほどに接近してしまう。

「…すまないっ…」

焦って謝るオレリアンをコンスタンスは不思議そうに見上げ、
「変な旦那様」
と言ってニッコリ笑った。

そのまましっかり手を繋いで歩き出した彼女に、オレリアンは狼狽える。

「待ってくれ。
私は貴女との面会を拒まれている。
こんなところを見られたら…!」

しかしコンスタンスは彼の手を離さない。

「それ、おかしいと思うのよ。
だって旦那様と私は夫婦なのでしょう?
どうしてお父様やお兄様は会っちゃダメだって言うのかしら?」

「しかし…!」

ただでさえ会わせてもらえないのに、庭に忍び込んで隠れて見ていたなんて…、しかも一緒に遊んだなんてことが公爵にバレたら、今度こそ完全に出入り禁止になってしまう。

「ちゃんと、義父上の了解を得て…!」

そう訴えながらも、オレリアンは妻の手を振り払うことが出来なかった。

こうして彼女と手を繋ぐなど、おそらく初めてのことだろう。

彼女の手は華奢で柔らかく、そしてあたたかかった。


「…コンスタンス嬢…」

ポツリとこぼしたオレリアンの呟きに、コンスタンスが立ち止まって振り返った。

そして、不思議そうな顔でオレリアンを見上げる。

「旦那様は、そんな風に私を呼んでいたの?」

それは、妻を呼ぶ夫には相応しくない呼び方だ。

オレリアンは言葉を発しようとして、しかし、口を噤んでしまった。

正直、ほとんど妻を呼んだことなどなかったから。


「コニーよ」

「…え?」

「お父様もお母様もお兄様も。
私の周りの人はみんな私をコニーって呼ぶの。
旦那様もそう呼んでいたんでしょう?」

オレリアンを見つめ、コンスタンスは可愛らしく首を傾げた。

いつも贈り物をしてくれて、自分に会いたいと通ってくる夫と仲が悪かったはずがない。

きっと睦じい夫婦だったのだろうに、両親や兄は何か行き違いがあって夫を拒んでいるのだろう…、と、コンスタンスはそう思っている。


「…コニー…」

オレリアンが囁くようにそう呼ぶと、コンスタンスは花が綻ぶように笑った。

その可愛らしい笑顔に、オレリアンの目が釘付けになる。

「…コニー…」

もう一度名を呼んだオレリアンがコンスタンスの髪に触れようとした時、
「お嬢様!」
と叫ぶ女性の声が聞こえてきた。

見れば、コンスタンス付きの侍女リアが息を切らして走って来る。

コンスタンスの目が、行き場をなくして戻っていくオレリアンの指を残念そうに追う。


「…残念だけど、今日はこれで許してあげるわ、旦那様。
でも次に来た時は絶対に遊んでね。
約束よ」

オレリアンはコンスタンスに指切りをされ、その場は解放された。

指切りした小指は熱を持ち、オレリアンの胸をあたたかくさせた。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。 そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。 最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。 何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。 優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

処理中です...