7歳の侯爵夫人

凛江

文字の大きさ
上 下
9 / 100
7歳、やり直し

4

しおりを挟む
「じゃあ、ヒース侯爵様は私の旦那様なの?」

コンスタンスはコテンと首を傾げて父とオレリアンを交互に見た。

要するにコンスタンスは理不尽にも王太子と婚約解消され、オレリアンはさらに理不尽にも王命でコンスタンスを押し付けられたのである。

しかし、今のコンスタンスにそんな難しいことが理解できるわけがない。

コンスタンスが理解したのは、フィリップが隣国の王女様に見初められて、婚約者のいなくなった自分がオレリアンと結婚した…ということだけである。


「ねぇお父様。
侯爵様は私の旦那様なのでしょう?」

「ああ、そうだ、書類上は」

ルーデル公爵が微かに苦虫を潰したような顔をする。

「ふうん」

コンスタンスは夫だというヒース侯爵の顔をマジマジと見つめた。

彼の方もジッとコンスタンスを見返してきたが、やがて居心地が悪そうに視線を逸らした。

(本当にぜんっぜん笑わない人ね)

お顔は綺麗なのにもったいない…、と、コンスタンスは人ごとのように思った。

夫だと聞いても、何も感じない。

それより、フィリップと破局していたということの方がショックである。



一方オレリアンの方も、コロコロと表情を変えるコンスタンスに不思議な感覚を覚えていた。

結婚していた1年余りの間、オレリアンはコンスタンスの笑顔をほとんど見たことがない。

笑顔といっても、口角を僅かに上げ、顔に貼り付けたような笑顔である。

常に公爵令嬢として、王太子の元婚約者としての威厳を保っていた彼女は、いつだって背筋をピンと伸ばし、凛として立っていた。

人にかしずかれるのが常であり、弱いところは一切見せなかった。

喜怒哀楽を表情に出さず、可愛げもなかった。

つまり…、つまらない女だったのである。

先日まで子爵家の息子でしかなかったただの騎士である自分を、見下しているようにも思えた。

花嫁と引き換えに爵位と莫大な持参金を手にした金の亡者のように思って蔑まれているのかもしれないとも思った。

実際貴族の中ではそんな風に噂されているのも知っている。

でも…、別に、金も高位貴族の身分もいらなかった。

王命だから、断れなかっただけだ。



元々子爵家の次男で継ぐ爵位もなかったオレリアンは、騎士として身を立てるつもりであった。

それが、突然嫡子のいなかった伯父の養子として伯爵家に入ることになり、その後伯父の急死で伯爵家を継ぐことになった。

そして、伯爵家を継いですぐに公爵令嬢との縁談だ。

侯爵に叙爵されたのは、元王太子の婚約者の嫁入り先にしては落差があり過ぎるとの王家の判断であり、押し付けだ。

寧ろオレリアンは騎士として身を立てたかったのであり、伯爵位を継いだのは伯父の急死でやむを得なかったから。

しかし、瞬く間に侯爵にまでなったオレリアンに、世間の目は冷たい。

それまで味わったことのない嫉妬、蔑みの目に、オレリアンは屈辱を覚えた。

爵位に興味のなかった彼にとって、叙爵なんてかえっていい迷惑だったのだ。

そして、爵位と共に与えられた、冷たく、自分を見下すような高位貴族出身の妻。


だから…、オレリアンにとっては最初から愛のない押し付けられた花嫁であり、愛そうとする努力も必要ないように思われたのである。



オレリアンはもう一度コンスタンスの顔を見た。

妻の顔ではあるが、さっきから父親の話に赤くなったり青くなったり、笑ったり怒ったり…、まるで百面相だ。


最初は記憶喪失なんて彼女の狂言かもしれないと思う気持ちもあった。

だって家族は覚えていて夫だけ覚えていないなんておかしいではないか。

それ程、自分は彼女にとって憎むべき相手であって、存在さえ否定したいのかと。


だが…、今、7歳だというコンスタンスを見ていて思う。

あの仕草、言葉遣いは狂言では出来ないだろう。

でも不思議に思うのは、コンスタンスが父親の話を全て受け入れていることだ。

たしかに目覚めてすぐの時は動揺して泣き叫んでいたが、今は全て納得するように静かに聞いている。


7歳だと思っていた自分が突然19歳だと言われ…、全く知らぬ、23歳の夫がいると言われ…。

取り乱しもせず、怒りもせず、こんなに淡々と受け入れられるものなのだろうか。

お妃教育は、10年近くにも及んだと聞いている。

記憶は消えても、彼女の中に、潜在能力としてまだその教育が潜んでいるのかもしれない。

幼な子のように足を揺らしたり目をキョロキョロとさせながらも父親の話を聞くコンスタンスを、オレリアンは興味深く眺めていた。


てっきり、オレリアンが夫だと知った彼女は怯えて泣き叫ぶと思っていた。

だが、彼女の目からはオレリアンに対する嫌悪感は伺えない。


(毛嫌いされては、いないようだ…)

オレリアンはそれだけで、心が少しだけ軽くなったような気がしていた。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています

高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。 そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。 最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。 何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。 優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

処理中です...