8 / 100
7歳、やり直し
3
しおりを挟む
父の話は長く、たくさんわからない言葉もあったので、コンスタンスは欠伸を堪えながら聞かなくてはならなかった。
いきなり「おまえは本当は7歳じゃなくて19歳だ」と言われても、到底受け入れられるものではない。
目覚める前日、コンスタンスは王太子フィリップ殿下の婚約者になったはずだった。
ところが今、自分は王太子妃ではないという。
父の話は当然そこから始まる。
王太子フィリップとの婚約の話は、王家の方から持ち込まれたものである。
筆頭公爵家であり常に王家を支えるルーデル家にとっては栄誉なことであり、ある程度予想もついていたことであった。
フィリップ殿下の母である王妃とコンスタンスの母である公爵夫人が親友同士というのもこの縁談に大きく作用しただろう。
当然、断るという選択肢はない。
フィリップ殿下とコンスタンスの仲は概ね良好だった。
幼馴染のような2人は元々仲良しだったし、話や好みも合っていたようだ。
フィリップ殿下はコンスタンス同様幼い頃はやんちゃであったが、王太子教育が始まるといずれ国王になる自分をよく理解し、教育も難なくこなしていく。
12、3歳頃にはすでに将来楽しみな、優秀な王太子として知られており、生まれ持ったカリスマ性も遺憾無く発揮されていた。
コンスタンスもまたお妃教育の成果か自由奔放だった少女の姿はすっかり失せ、やがて淑女の鑑とまで賞賛されるに至り、王太子と2人、並び立つ日を国民に嘱望されていた。
2人の仲に所謂燃えるような恋愛感情はなかったが、穏やかに育んでいる気持ちは当然あった。
一番近い親友であり、将来国のトップに立つ同士として。
政略で決められた婚約者ではあるが、たしかに、お互いを想い合う気持ちはあったのである。
ところが…、お互いの教育も終わり、翌年には結婚を…、というところで、状況が一変する。
フィリップ殿下が大国である隣国を表敬訪問した折、その国の王女に一目惚れされ、縁談が持ち込まれたのである。
当然王太子にはすでに婚約者がいると一旦は断ったものの、二度三度と言って来られれば、拒絶し続けるわけにもいかなかった。
隣国の力を恐れる貴族たちにも突つかれ、結局国王は折れ、王太子とルーデル公爵令嬢の婚約を解消せざるを得なかった。
どんなに娘を溺愛する公爵でも、国の命運を左右するような問題なら涙を堪えて受け入れるしかない。
「…ここまでは理解できたか?」
父にたずねられ、コンスタンスは小さく頷いた。
正直、数日前にフィリップ殿下と婚約したという記憶しかないコンスタンスには、あまりよくわからない。
今のフィリップはまだコンスタンスにとって仲の良い幼馴染でしかないのだから。
ただ漠然と、この先フィリップ殿下と一緒にいる未来はないのだな…、と思ったら、胸の奥がキリキリと痛んだ。
わけもわからず哀しくなり、唇を噛んで、俯く。
ルーデル公爵はそんな娘の姿を見て、思わず瞳を揺らした。
当時の…、あの婚約解消の時のフィリップ殿下の気持ちも、コンスタンスの気持ちも、公爵は知らない。
コンスタンスはあの時、
「殿下とはよくよく話して、2人で納得しましたから」
と言っていた。
父親としても、それ以上は聞けなかった。
だから、2人が泣く泣く別れたのか、笑顔で別れたのかはわからない。
ただ、
「父の力が及ばず、申し訳ない」
と娘に謝った。
穏やかではあるが2人が愛を育んでいたのは知っている。
そろそろウェディングドレスの仮縫いだと、いつも冷静な娘が頬を染めていたことも。
いくら隣国の横槍が入ったとは言え、王太子との婚約が解消された令嬢はキズモノ同然だ。
捨てられたわけでもないのにさも王太子に捨てられたような話になっている。
国のために涙を飲んだ公爵家に同情する気持ちはあっても、とかく人は噂好きであるから。
コンスタンスの新たな婚約者探しが始まったが、長年お妃教育を受けて自国を知り尽くしている彼女を他の国に嫁がせるわけにはいかない。
しかし王族や高位貴族はそれなりに早いうちに許嫁がいたりするから、公爵令嬢と釣り合う紳士を探すのは大変だった。
だが王家は…、とくにコンスタンスを気に入っていた王妃は、コンスタンスの新たな婚約者探しに躍起になった。
なんとしても、王太子の成婚より前にコンスタンスを嫁入りさせなければと。
例えそれを、全く彼女が望まなくとも。
そして…。
王家が新たにルーデル公爵令嬢コンスタンスに用意した花婿が、当時伯爵家を継いだばかりのオレリアンその人だった。
嫡子のいなかった伯父の急死に伴って伯爵家を継いだオレリアンは、騎士として華々しい活躍を見せていた人である。
そして見目も良く、何よりまだ婚約者がいなかった。
それが、オレリアンに白羽の矢が立った理由である。
オレリアンは王命により、ヒース侯爵への叙爵、広大な領地、花嫁の持参金…つまり婚約解消による王家からの莫大な慰謝料を条件に、ルーデル公爵令嬢コンスタンスを娶るよう命じられたのである。
いきなり「おまえは本当は7歳じゃなくて19歳だ」と言われても、到底受け入れられるものではない。
目覚める前日、コンスタンスは王太子フィリップ殿下の婚約者になったはずだった。
ところが今、自分は王太子妃ではないという。
父の話は当然そこから始まる。
王太子フィリップとの婚約の話は、王家の方から持ち込まれたものである。
筆頭公爵家であり常に王家を支えるルーデル家にとっては栄誉なことであり、ある程度予想もついていたことであった。
フィリップ殿下の母である王妃とコンスタンスの母である公爵夫人が親友同士というのもこの縁談に大きく作用しただろう。
当然、断るという選択肢はない。
フィリップ殿下とコンスタンスの仲は概ね良好だった。
幼馴染のような2人は元々仲良しだったし、話や好みも合っていたようだ。
フィリップ殿下はコンスタンス同様幼い頃はやんちゃであったが、王太子教育が始まるといずれ国王になる自分をよく理解し、教育も難なくこなしていく。
12、3歳頃にはすでに将来楽しみな、優秀な王太子として知られており、生まれ持ったカリスマ性も遺憾無く発揮されていた。
コンスタンスもまたお妃教育の成果か自由奔放だった少女の姿はすっかり失せ、やがて淑女の鑑とまで賞賛されるに至り、王太子と2人、並び立つ日を国民に嘱望されていた。
2人の仲に所謂燃えるような恋愛感情はなかったが、穏やかに育んでいる気持ちは当然あった。
一番近い親友であり、将来国のトップに立つ同士として。
政略で決められた婚約者ではあるが、たしかに、お互いを想い合う気持ちはあったのである。
ところが…、お互いの教育も終わり、翌年には結婚を…、というところで、状況が一変する。
フィリップ殿下が大国である隣国を表敬訪問した折、その国の王女に一目惚れされ、縁談が持ち込まれたのである。
当然王太子にはすでに婚約者がいると一旦は断ったものの、二度三度と言って来られれば、拒絶し続けるわけにもいかなかった。
隣国の力を恐れる貴族たちにも突つかれ、結局国王は折れ、王太子とルーデル公爵令嬢の婚約を解消せざるを得なかった。
どんなに娘を溺愛する公爵でも、国の命運を左右するような問題なら涙を堪えて受け入れるしかない。
「…ここまでは理解できたか?」
父にたずねられ、コンスタンスは小さく頷いた。
正直、数日前にフィリップ殿下と婚約したという記憶しかないコンスタンスには、あまりよくわからない。
今のフィリップはまだコンスタンスにとって仲の良い幼馴染でしかないのだから。
ただ漠然と、この先フィリップ殿下と一緒にいる未来はないのだな…、と思ったら、胸の奥がキリキリと痛んだ。
わけもわからず哀しくなり、唇を噛んで、俯く。
ルーデル公爵はそんな娘の姿を見て、思わず瞳を揺らした。
当時の…、あの婚約解消の時のフィリップ殿下の気持ちも、コンスタンスの気持ちも、公爵は知らない。
コンスタンスはあの時、
「殿下とはよくよく話して、2人で納得しましたから」
と言っていた。
父親としても、それ以上は聞けなかった。
だから、2人が泣く泣く別れたのか、笑顔で別れたのかはわからない。
ただ、
「父の力が及ばず、申し訳ない」
と娘に謝った。
穏やかではあるが2人が愛を育んでいたのは知っている。
そろそろウェディングドレスの仮縫いだと、いつも冷静な娘が頬を染めていたことも。
いくら隣国の横槍が入ったとは言え、王太子との婚約が解消された令嬢はキズモノ同然だ。
捨てられたわけでもないのにさも王太子に捨てられたような話になっている。
国のために涙を飲んだ公爵家に同情する気持ちはあっても、とかく人は噂好きであるから。
コンスタンスの新たな婚約者探しが始まったが、長年お妃教育を受けて自国を知り尽くしている彼女を他の国に嫁がせるわけにはいかない。
しかし王族や高位貴族はそれなりに早いうちに許嫁がいたりするから、公爵令嬢と釣り合う紳士を探すのは大変だった。
だが王家は…、とくにコンスタンスを気に入っていた王妃は、コンスタンスの新たな婚約者探しに躍起になった。
なんとしても、王太子の成婚より前にコンスタンスを嫁入りさせなければと。
例えそれを、全く彼女が望まなくとも。
そして…。
王家が新たにルーデル公爵令嬢コンスタンスに用意した花婿が、当時伯爵家を継いだばかりのオレリアンその人だった。
嫡子のいなかった伯父の急死に伴って伯爵家を継いだオレリアンは、騎士として華々しい活躍を見せていた人である。
そして見目も良く、何よりまだ婚約者がいなかった。
それが、オレリアンに白羽の矢が立った理由である。
オレリアンは王命により、ヒース侯爵への叙爵、広大な領地、花嫁の持参金…つまり婚約解消による王家からの莫大な慰謝料を条件に、ルーデル公爵令嬢コンスタンスを娶るよう命じられたのである。
77
お気に入りに追加
2,668
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる