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第九章 それぞれの想い
公爵夫人として②
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「皆さん、今回は第二次医療団に参加していただいてありがとうございます。私も今回の行軍に同行させてもらいますので、どうぞよろしくお願いします」
そう言って頭を下げたアメリアに、そこにいる者は皆目を見開き、あんぐりと口を開けた。
婚姻以来1年以上も公の場に現れなかった公爵夫人が、とうとうその姿を現したのだ。
しかも今回は、国境近くの野戦病院に追加の医療品を送るための行軍に、自らも同行するのだと言う。
いちおうその知らせを受けてはいたがガセネタだろうと思っていた兵たちは、驚いて騒めきだした。
『国王の情婦』と言われ、皆が慕う領主様に下げ渡された悪女が、初めて目の前に現れたのだから。
皆の前に現れたアメリアは態度も言葉遣いも全く威丈高ではなく、むしろ清楚で嫋やかな少女に見えた。
ドレスではなく乗馬服を着ていて、髪も結い上げるではなく無造作に一本に縛り、装飾品の類いも一切付けてはいない。
戦地近くに向かうのだから当然ではあるが、ただ、皆がずっと思っていた姿とはかけ離れている。
だが、ずっと蔑んできた公爵夫人である。
その見た目に騙されるものかと、兵たちに全く歓迎の雰囲気は無く、冷ややかな視線を送るのみであった。
「なんの冗談かと思いましたが、本気だったのですね」
皮肉げにそう言ったのは、第二次医療団の責任者である、サラトガ騎士団の軍医の1人レットンだ。
レットンは公爵夫人が自分に振り当てられた予算を兵糧と医療品に注ぎ込んだのも、今回彼女の強い希望で医療団に同行することも知らされてはいたが、どうせ何かのパフォーマンスだろうと思っていた。
実際、王宮と公爵邸だけしか知らない女性が同行するなど足手纏いにしかならず、迷惑この上ない。
何度も拒否する旨を奏上したのだが、現在サラトガ家の留守を預かるマイロが義姉の同行を押し込んできたのだ。
「領地内の行軍で、また連戦連勝中とは言え、戦は何があるかわからないものです。万が一敵に襲われても、私たちが奥様を守りきれるかどうかはわかりませんよ。正直、足手纏いです」
レットンに冷ややかに言い切られ、アメリアは小さく頷いた。
「元より、覚悟の上です。何かことが起こりましたら、どうぞ私のことは捨て置いてください」
そう言ってアメリアが見据えると、レットンは軽く唇を噛んだ。
「言質はとりましたよ」
そう言い捨てると身を翻す。
「あいつ!奥様になんてことを!」
カリナが怒って追いかけようとするのを、アメリアは止めた。
全て覚悟の上で今回の同行を決めたのだ。
周囲の兵たちの蔑んだ目も、聞こえよがしに囁かれる悪口も、全て想定済みのことだ。
「第二次医療団には、私も同行します」
そうアメリアが言い出した時、マイロは蒼白になって止めた。
未だアメリアの悪評が一人歩きしている中に放り込むようなことをしたら、「兄上に顔向け出来ない」と。
それにいくら医療団とは言っても、いつ戦渦に巻き込まれるかわからないのだから。
しかし、アメリアは「今こそ公爵夫人としてのつとめを果たさせて欲しい」と懇願した。
「私は今まで、ただ悪評から身を隠し、領民を偽って暮らしてきました。閣下や邸の人たちに甘やかされ、自分の好きなことだけをして生きてきたんです。でも漸く、それは間違いだと気づきました」
そう言うとアメリアは決意を秘めた目をマイロに向けた。
「閣下の実のお母様も、その先々代の公爵夫人も、皆、出征の際には兵たちを激励し、銃後を守る夫人たちをまとめ上げたと聞いています。でも私は、今まではそれを他人事のように聞いていました。なんの責務も果たさず、自分の身を隠すことばかり考えていた。先日の遠征の際も教師の形で閣下を見送りました。でもその後あんな形で拉致され、サラトガ騎士団の皆に助けられた。それなのに、その命の恩人を、今回は眠っていて見送りさえしなかった。もういい加減、隠れてばかりの自分に嫌気がさしたのです」
「しかし…」
「せめて、何か一つでも、公爵夫人としての仕事をさせてくださいませ。お願いです、マイロ様」
「義姉上…」
マイロはアメリアの覚悟を前に、口を噤んだ。
兄セドリックからは、よくよくアメリアの身の安全を頼むと言われている。
きっと、アメリアの願いを受け入れたと知られたら、兄に相当叱られることだろう。
しかし。
マイロはこれも一つのチャンスではないかと考えた。
この先のアメリアの暮らしを思えば、いつまでも隠れているわけにもいかない。
それに、こうしてアメリアがサラトガ公爵夫人としてのつとめを果たせば、彼女を蔑んでいた世間の目も変わるのではないかと。
もちろん、アメリアがそのようなことを望んで今回の提案をしてきたのではないとわかってはいるが、やっと、公爵夫人として人前に出る決心をしたのである。
「…わかりました。兄上には、私から報告しましょう」
そう言ったマイロに、アメリアは晴れやかに微笑んだのだった。
そう言って頭を下げたアメリアに、そこにいる者は皆目を見開き、あんぐりと口を開けた。
婚姻以来1年以上も公の場に現れなかった公爵夫人が、とうとうその姿を現したのだ。
しかも今回は、国境近くの野戦病院に追加の医療品を送るための行軍に、自らも同行するのだと言う。
いちおうその知らせを受けてはいたがガセネタだろうと思っていた兵たちは、驚いて騒めきだした。
『国王の情婦』と言われ、皆が慕う領主様に下げ渡された悪女が、初めて目の前に現れたのだから。
皆の前に現れたアメリアは態度も言葉遣いも全く威丈高ではなく、むしろ清楚で嫋やかな少女に見えた。
ドレスではなく乗馬服を着ていて、髪も結い上げるではなく無造作に一本に縛り、装飾品の類いも一切付けてはいない。
戦地近くに向かうのだから当然ではあるが、ただ、皆がずっと思っていた姿とはかけ離れている。
だが、ずっと蔑んできた公爵夫人である。
その見た目に騙されるものかと、兵たちに全く歓迎の雰囲気は無く、冷ややかな視線を送るのみであった。
「なんの冗談かと思いましたが、本気だったのですね」
皮肉げにそう言ったのは、第二次医療団の責任者である、サラトガ騎士団の軍医の1人レットンだ。
レットンは公爵夫人が自分に振り当てられた予算を兵糧と医療品に注ぎ込んだのも、今回彼女の強い希望で医療団に同行することも知らされてはいたが、どうせ何かのパフォーマンスだろうと思っていた。
実際、王宮と公爵邸だけしか知らない女性が同行するなど足手纏いにしかならず、迷惑この上ない。
何度も拒否する旨を奏上したのだが、現在サラトガ家の留守を預かるマイロが義姉の同行を押し込んできたのだ。
「領地内の行軍で、また連戦連勝中とは言え、戦は何があるかわからないものです。万が一敵に襲われても、私たちが奥様を守りきれるかどうかはわかりませんよ。正直、足手纏いです」
レットンに冷ややかに言い切られ、アメリアは小さく頷いた。
「元より、覚悟の上です。何かことが起こりましたら、どうぞ私のことは捨て置いてください」
そう言ってアメリアが見据えると、レットンは軽く唇を噛んだ。
「言質はとりましたよ」
そう言い捨てると身を翻す。
「あいつ!奥様になんてことを!」
カリナが怒って追いかけようとするのを、アメリアは止めた。
全て覚悟の上で今回の同行を決めたのだ。
周囲の兵たちの蔑んだ目も、聞こえよがしに囁かれる悪口も、全て想定済みのことだ。
「第二次医療団には、私も同行します」
そうアメリアが言い出した時、マイロは蒼白になって止めた。
未だアメリアの悪評が一人歩きしている中に放り込むようなことをしたら、「兄上に顔向け出来ない」と。
それにいくら医療団とは言っても、いつ戦渦に巻き込まれるかわからないのだから。
しかし、アメリアは「今こそ公爵夫人としてのつとめを果たさせて欲しい」と懇願した。
「私は今まで、ただ悪評から身を隠し、領民を偽って暮らしてきました。閣下や邸の人たちに甘やかされ、自分の好きなことだけをして生きてきたんです。でも漸く、それは間違いだと気づきました」
そう言うとアメリアは決意を秘めた目をマイロに向けた。
「閣下の実のお母様も、その先々代の公爵夫人も、皆、出征の際には兵たちを激励し、銃後を守る夫人たちをまとめ上げたと聞いています。でも私は、今まではそれを他人事のように聞いていました。なんの責務も果たさず、自分の身を隠すことばかり考えていた。先日の遠征の際も教師の形で閣下を見送りました。でもその後あんな形で拉致され、サラトガ騎士団の皆に助けられた。それなのに、その命の恩人を、今回は眠っていて見送りさえしなかった。もういい加減、隠れてばかりの自分に嫌気がさしたのです」
「しかし…」
「せめて、何か一つでも、公爵夫人としての仕事をさせてくださいませ。お願いです、マイロ様」
「義姉上…」
マイロはアメリアの覚悟を前に、口を噤んだ。
兄セドリックからは、よくよくアメリアの身の安全を頼むと言われている。
きっと、アメリアの願いを受け入れたと知られたら、兄に相当叱られることだろう。
しかし。
マイロはこれも一つのチャンスではないかと考えた。
この先のアメリアの暮らしを思えば、いつまでも隠れているわけにもいかない。
それに、こうしてアメリアがサラトガ公爵夫人としてのつとめを果たせば、彼女を蔑んでいた世間の目も変わるのではないかと。
もちろん、アメリアがそのようなことを望んで今回の提案をしてきたのではないとわかってはいるが、やっと、公爵夫人として人前に出る決心をしたのである。
「…わかりました。兄上には、私から報告しましょう」
そう言ったマイロに、アメリアは晴れやかに微笑んだのだった。
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