さげわたし

凛江

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第九章 それぞれの想い

再び遠征へ

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シオンと別れたセドリックは、その足で寝室に向かった。
寝室には、事件で疲れ切っているアメリアがぐっすりと眠っている。

「アメリア…」
セドリックはその頬に手を伸ばしたが、触れる直前で思いとどまった。
起こしてしまったら可哀想だと思ったのだ。

セドリックはベッドの傍らに腰掛け、妻の寝顔を見守った。
彼女の白い額や頬には、逃げる際に負った小さな切り傷がついている。
手首には縛られていた縄の痕がくっきりと残っていて、その他にも抵抗して出来たのだろうと思われる打撲痕や擦過傷が多数あった。

どんなに痛かっただろうか。
どんなに怖かっただろうか。
そして、どんなに夫を恨み、絶望したのだろうか。

彼女は自分の意志で逃げ出したと、シオンは言っていた。
捕まったら殺されることも覚悟の上で、行動を起こしたのだ。

助け出した時、アメリアは一切恨み言は口にしなかった。
それをいいことにセドリックは強引にアメリアの傷を確認し、自ら手当てをした。
もしかしたら、彼女に触れられるのはこれが最後になるかもしれないと思ったからだ。

クラークは今後のことをアメリアに選ばせるつもりのようだった。
だったら、自分も覚悟するしかないだろう。
アメリアが望むなら手放してやるしかないということを。

できることなら、自分の手で幸せにしたい。
だがその考えは傲慢で自分勝手な想いだと、痛いほどわかっている。

結局セドリックはアメリアを、悪意ある噂からも、利用しようとする輩からも守れなかった。
本当に、『王国の盾』が聞いて呆れる。
今更どの面下げて幸せにしたいだなどと言えるのだ。

翌朝。

クラーク率いる近衛隊とセドリック率いるサラトガ騎士団は、国境に向けて出立した。
ぐっすり眠っているアメリアには声をかけないままで。

◇◇◇

セドリックたちが目指すのはノートン領の隣、ハッベル大公領だ。
ハッベル大公家はソルベンティアの王族に連なる家系で、主要の地を治めている。
そこを抑えれば、当然ソルベンティアにも打撃を与えられるだろう。

ハッベル大公はノートン領主をけしかけておいて、旗色が悪くなったらすぐに自領に引き上げたと、調べはついている。
今頃、大人しく引き上げたサラトガ騎士団に安堵していることだろう。

しかし、今回ランドル王国は、来た敵を追い返すだけにとどまらず、本気で攻める姿勢を見せてやろうと言うのがクラークの言い分だ。
ランドル王国軍が本気で攻め入れば、ソルベンティアなど一溜ひとたまりもないということをいい加減わからせるのだ。

クラーク王が率いて来た親衛隊とは別に、王都から直接国境に向かっている国王軍がある。
また、国王の呼びかけで国境付近の領主たちもそれぞれノートン領に向かっている。
それらが合流し、ランドル王国軍は大軍となるだろう。

しかしどんなに大軍になろうとも、その先鋒をつとめるのはサラトガ公爵セドリックだ。
セドリックは他に志願する領主たちを抑え、自分が先陣を切ることを譲らなかった。
『アメリア拉致』を指示したのがソルベンティア王であるなら、夫として、自分こそ討伐の先頭に立つべきと思ったのだ。

ハッベル領の征服を手始めに、進軍して主要な砦を制圧する。
目指すは、ソルベンティア王の首一つである。
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