さげわたし

凛江

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第八章 拉致、そして帰還

傷①

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公爵邸に到着すると、セドリックはアメリアを抱きあげ、そのまま邸に入って行った。
アメリアはおろして欲しいと懇願したのだが、セドリックは聞く耳を持たない。
実際、アメリアの足には布がぐるぐる巻きにされ、その布には痛々しく血が滲んでいる。

邸に入ったセドリックは驚くトマスやソニアたちの間を抜け、何故かアメリアの自室ではなく、自分の自室にアメリアを運んだ。
そして、自分の膝にアメリアを乗せたまま座り込み、延々と抱きしめ続けた。
クラークに、「アメリアは疲れているので」と言い放ったのは一体誰だったのだろうか。

部屋の外では閉め出されてしまったハンナやカリナが「早く奥様の治療をさせてください!」と叫んでいるが、それでもセドリックはアメリアを抱きしめ続けている。

アメリアとしては、とにかく一刻も早く湯浴みをしたかった。
3日間も囚われていた自分は絶対臭いと思う。
助けられた時は考えもしなかったが、こうして冷静になってみると、臭い自分が抱きしめられているなんて、何の苦行かと思う。

「あの、閣下…、離してくださいますか?」
少しだけセドリックの胸を押し返すようにすると、「…嫌か?」と囁くような声が聞こえてきた。
伺うように見上げれば、セドリックがまるで捨てられた子犬のような目でアメリアを見つめている。

「…俺に触れられるのは嫌か?」
「…いえ、そうではなく…」
不思議と、全く嫌な感じはしなかった。
たしかに一時期セドリックに触れられることに怯えたこともあったし、昨夜は賊たちに襲われそうにもなった。
でも、昨夜のあの気持ち悪さとは全く違う。
セドリックの胸は温かく、安心できるものであった。
だが…。

「閣下、私、湯浴みを…」
「ああ、気が利かなくてすまなかった。俺が洗ってやろう」
「………は?」
「乱暴なことはされなかったか?どうか、怪我をしていないか確かめさせて欲しい」
「………閣下?」
もしかしたらセドリックは、アメリアが賊に穢されたと思っているのかもしれない。
だから、体を確かめようと…?

「あの、閣下。私、賊に穢されては…」
「は?違う違う!そんなことを確かめたいわけではない。ほら、手首に縛られた傷も残っているだろう?森の中を逃げて出来た擦り傷もこんなにある。一つ一つ、自分の目で確かめたいんだ」

セドリックはそう言いながらアメリアの手首に出来た擦過傷にそっと触れた。
「……痛っ」
「…すまない!お湯も、しみるかもしれないな」
セドリックは手首から手を放すと、申し訳無さそうに眉を顰めた。
「あの、閣下…。私、お湯に…」
「ああ、俺が連れて行ってやろう。それに、いつまでもこの不愉快な服も着ていたくないよな」

アメリアが着ている服は、まだあの時取り替えた見張りの女性の服である。
しかしセドリックがアメリアの服を脱がそうとばかりに手をかけた瞬間、思わずアメリアは「キャッ」と声をあげた。

すると、ダンッと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。
「「閣下~!!」」
叫びながら、誰かが入ってくる。
カリナとハンナが、合鍵を使って部屋に飛び込んできたのだ。

「なんだおまえたち!」
「なんだじゃありません、閣下!奥様の湯浴みは私たちにお任せを!」
「しかし…」
「しかしじゃございません!見てごらんなさいませ。お可哀想に!」
カリナに怒鳴られたセドリックがアメリアの顔を覗き込むと、彼女の顔は真っ赤に火照り、熟れたトマトのようになっていた。

「…すまない。気ばかり焦ってしまって…」
セドリックが漸くアメリアの体をはなし、彼女はカリナとハンナに挟まれるようにして湯浴みに向かった。

温かいお湯に浸かると、漸く生きて帰って来たのだと実感する。
ハンナとカリナはアメリアの体にできた傷一つ一つを確かめるようにそっと洗った。
セドリックに対してはあれほど強気だった2人が、泣きながらアメリアに奉仕している。
この2人に限らず、公爵家の皆それぞれが自分を責め、そしてアメリアの無事を喜んでいた。

湯浴みを終えると、セドリックは自分が傷の手当てをすると言い張ってハンナとカリナを部屋から追い出した。
そして自分の膝にアメリアを乗せると、まず手首の擦過傷にそっと塗り薬を塗りこんだ。

「…痛くはないか?」
「痛くはありませんが…、恥ずかしいのでおろしてください」
「悪いがそれは出来ない。今貴女に触れる権利があるうちは、どうか許して欲しい」
どういう意味だろう…?と考えている間にも、セドリックはアメリアの作った小さな傷跡を見つけて薬を塗り込んで行く。

薮の中を走ったため、顔にも小さな擦り傷がある。
幸い目立つような大きな傷はないようだが、転んだ時に打ったおでこには大きなたんこぶが出来ていた。

手足の小さな切り傷にも薬を塗って、漸くアメリアは膝からおろされたが、ホッとする暇もなく、今度はぐいっと足をセドリックに掴まれた。

「キャッ」
小さな悲鳴をあげたアメリアだったが、セドリックは彼女の足裏を見て眉間に皺を寄せた。
あちこち薬を塗ってはもらったが、一番酷いのは足裏だ。
靴が脱げて裸足で逃げていたのだから仕方がない。

「これは…、酷いな。痛かっただろう」
セドリックに触れられ、アメリアはビクッと足を引きそうになった。
「ちょっと、我慢してくれ」
セドリックは優しく薬を塗り込んでくれるが、それでも痛いものは痛い。
それに、目の前に跪く夫に足を掴まれ、持ち上げられている格好がなんとも恥ずかしい。

「こんなに傷を作って…。かわいそうに」
「閣下…、もうおやめください」
アメリアが足を引こうとしても、セドリックは足首を掴んだまま離さない。
なんの羞恥プレイなのかと、アメリアは身のすくむ思いだ。

「閣下、恥ずかしいです。本当にもうやめてください…」
「悪いが、今は貴女のやめては聞けない。貴女は俺の妻だ。貴女が俺の妻である限り、夫である俺が治療するのは当然のことだ」
「それは、どういう…?」
戦に行く前の彼と今の彼とは、まるで別人のようだ。
いつも紳士的に振る舞っていたセドリックが、今はまるで駄々っ子のよう。

それに、セドリックは再会してからずっと一人称が『俺』になっているが、自分で気付いてはいるのだろうか。

「…ふっ…」
思わず、アメリアは吹き出した。
一生懸命アメリアの傷に薬を塗り込むセドリックが、なんだか可愛らしくも感じたのだ。

「どうした…?」
「だって、閣下が…」
くすくすと笑うアメリアを見て、セドリックが目を見開いた。
そして、ふわりと微笑んだ。

「ああ、やっぱりいいな、貴女の笑顔は…」
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