さげわたし

凛江

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第八章 拉致、そして帰還

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※気分の悪くなる表現があります。

◇◇◇

足を掴まれて叫ぼうとした瞬間、大きな手で口を塞がれた。
手足を動かして暴れようとしたが、体全体にのしかかられるようにして拘束される。

「ゔー、ゔー」
言葉にならないうめき声をあげるアメリアの足元で、気持ち悪い男の声がした。
「へへへ。綺麗な足だなぁ。さすが貴族の奥方様だ」

ドレスの裾がたくし上げられ、太ももをさわさわと撫でられる。
ぞわりと鳥肌が立ち、アメリアは震えあがった。

「早くしろ。『頭』に気づかれる」
耳元で違う男の声がして、その男に口を塞がれているのだと理解する。
(二人…?私はこの男たちに穢されてしまうの…⁈)

嫌々と頭を横に振り、なんとか足を動かそうとしても、男はアメリアの両足首をがっちり掴んでいて、全く緩みもしない。
そして男の手は、アメリアの足を左右に割り開こうとした。

(嫌…っ!嫌…っ!)
こんなところで、こんな男たちに穢されるだなんて。

拉致された当初は、黙って従おうと思っていた。
自分が拉致されることでマイロが解放され、公爵家の者たちを助けられるなら本望だ。
公爵夫人として、粛々と運命に従うべきだと。

でも、身を穢されるなら話は別だ。
愛されていなくとも、必要とされていなくとも、この身はサラトガ公爵セドリックだけのものなのだから。

(穢されるくらいなら、いっそ…)
幸い、猿轡は噛まされていない。
手で口を塞がれているが、隙を見て、舌を噛むくらい出来るだろうか…。
それで死ねるのかどうかわからないが、相手を怯ませるくらいは出来るだろう。

(手遅れだったと知った時、あの方はどう思うだろうか…)
アメリアはふと考えた。
妻が賊に穢され、死を選んだと知った時、セドリックは何を思うのだろうか。

抵抗しながら、アメリアはそんな自分をおかしく思った。
襲われながら、セドリックの心配をするなんて。

口を押さえている男が叫ぶ。
「おい!なんか紐はねーのか?猿轡噛ませよーぜ!」
「うるさい!静かにしろ!」
「俺だって両手で触りてーよ」
「いいからしっかり押さえとけ!」

男の手がアメリアの肩から胸を這ってきた。
気持ち悪くて、涙がポロポロと溢れてくる。

(助けて、誰か…!助けて…!……助けて……っ、閣下…!)
つい、来るはずもない夫の助けを願ってしまう。

しかし無情にも、男たちの手は乱暴にアメリアの服を剥ぎ取ろうとする。
手を胸に這わせている男はそちらに夢中になり、口を押さえる手が緩んできた。

(もうだめ、一気に、舌を…)
絶望し、抵抗をやめそうになったアメリアの耳に、『ガンッ!』と扉を開ける音が聞こえてきた。

「おまえら!何をしている!」
「か、頭!」
「おまえらは見張りか⁈手を出すなと、あれほど言っただろう⁈」
「で、でもっ、ただ指を咥えて見張ってるだけなんて…。だいたい、このまま引き渡すなんてもったいないじゃ無いですか!少しくらい味見させてくれても…」
「そうさ!どうせ娼婦並みに国王や公爵に散々弄ばれた女だろ?俺らの相手したってわかりゃしな…っ!」

ガッ!!
「ゔっ!!」
ガッチャーン!!
「か、かし…っ!」
ドッ!!
バコッ!
ドコッ!!

ものすごい音が部屋中に響き渡る。
おそらく、人が人を殴る音と、跳ね飛ばされて壁や扉に当たる音だ。

「おまえら!こいつら縛って納屋に放り込んでおけ!」
『頭』と呼ばれる男が、続け様に部屋に入ってきた部下らしき男たちに命令する。
「はいっ!」
「ま、待ってくれ、俺ら…」
「掟破りは死刑だ!首を洗って待ってるんだな」
「ゆ、許してくれ!」

男たちが引きずられて部屋から出て行く。
体を起こし震えていたアメリアに、頭と呼ばれる男が近づいた。
「悪かったな。あんたの拉致を指示した方から、傷一つつけずに連れて来るよう言われてる。ここにいる間はあんたの無事を保証するよ」
「指示したって…、誰が…」
「悪いが、それは言えねえ。ただ、国王を夢中にさせ、英雄を誑かすような女にいたく興味がある御仁さ」
「……っ」

それは要するに、たとえアメリアが今目の前の恐怖から逃れたとしても、指示したという人物に引き渡されれば、結局穢されるということだ。

「どう…、して…」
「さぁ。恨むんなら、二人の大物から寵愛された自分の容姿を恨むんだな」
「寵愛なんて…」
されていない。
それなのに自分を巡る噂はいつまでもついて回り、こんな輩にまで娼婦扱いされるのだ。

(それでも…)
それでもアメリアは、兄や夫を恨む気にはなれなかった。
兄も兄の家族もアメリアを愛してくれたし、夫だって最初は誤解があったものの、アメリアを公爵夫人として尊重してくれていた。

(助けて…、お兄様…。閣下…)
俯くアメリアの瞳から涙が溢れてくるが、目隠しをされているため、それはただ布に染みを作るだけだ。
さすがに哀れに思ったのか、頭と呼ばれる男は目隠しを替えるよう世話係に指示を出し、部屋を出て行ったのだった。
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