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第七章 セドリック その四
(その頃の領都)④
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マイロの母である先代公爵夫人…バーバラが自室に軟禁されてから、すでに丸2日が過ぎている。
いつまでも帰ってこないマイロを思って泣き喚いても、誰も部屋から出してくれないのだ。
そして今日、バーバラは先程から邸内が騒がしいのを感じていた。
(もしかして、マイロが帰って来たの⁈)
だが、使用人にたずねても誰もきちんと答えてくれない。
バーバラが目をかけていた者は全て排除され、家令トマスや侍女長ソニアの息がかかった者しか見かけなくなってしまったため、彼女の思うようにはいかなくなってしまったのだ。
(でも、マイロさえ帰ってきてくれれば…)
バーバラはそう心の中でつぶやいた。
マイロは必ず帰って来る。
だってマイロはこのサラトガ家を継ぐべき人間なのだから。
マイロが当主になった暁には、今の使用人など一掃して自分の気に入った者だけ侍らすつもりだ。
そう、バーバラにとって、それはきっと遠くない未来なのだ。
バーバラは、元は先代公爵の先妻…、つまりセドリックの母の侍女だった女性だ。
貧乏男爵家の三女だったバーバラは容姿には優れていたのだが、実家は持参金を用意することもできない程困窮していたため、なかなか縁談がまとまらなかった。
そのため遠縁の伝手を頼ってサラトガ公爵家の侍女になり、ゆくゆくは縁談も見繕ってもらおうという算段であった。
しかしバーバラが公爵夫人の侍女についた時、すでに彼女は1日のほとんどをベッドの上で過ごすような状態だった。
元々体の弱かった彼女はセドリックを産んで余計に弱ってしまったらしい。
夫人は、公爵夫人としてのつとめも果たせず母として息子を養育することもできない自分を嘆いていたが、セドリックの父はそんな妻を愛し、労わっていた。
バーバラはそんなサラトガ家に入り込んだ時から、目標を見定めていた。
下級貴族の結婚相手を見繕ってもらうくらいなら、上流貴族の後妻におさまる方がよっぽどいい。
荘厳な大邸宅で美しいドレスを身に纏い、使用人に傅かれて暮らすのはどんなに気分がいいだろうと。
セドリックの父はなかなかの美丈夫で一目見た時から気に入っていたのだが、病弱の妻を溺愛する彼を堕とすのはなかなか難しかった。
しかし、セドリックの母はもう長くない。
それまでに信頼を勝ち取り、後釜におさまることが出来れば…。
バーバラはセドリックに対して何かと世話をやき、公爵には献身的に寄り添った。
妻に全く回復の兆しがないことを嘆く公爵の心の隙間につけ込んだのだ。
もちろん公爵が妻の生存中にバーバラに手を出すようなことはなかったが、それは一定の効果を生み出してはいたらしい。
夫人の死後、たった5歳の一人息子と共に遺された公爵を心配し、王家や親族は後妻を世話しようとしたが、公爵はそれを拒んだ。
そして、『息子が懐いている』という理由だけで、バーバラを後妻に迎えたのだ。
セドリックが7歳になったばかりの頃である。
もちろん、セドリックが彼女に懐いているなどというのは公爵の壮大な勘違いである。
公爵はセドリックを愛してはいたが、彼の出産によって愛妻の死を早めたという思いをどうしても拭えなかったようだ。
それ故、彼をきちんと見ることも、向き合うことも、おざなりにしてしまった。
どんなに後妻にねだられても最期までセドリックが後継であることを譲りはしなかったが、とうとう息子とわかり合えないまま逝ってしまったのだ。
そう、公爵はバーバラの生んだマイロを後継にはしてくれなかった。
それどころか、後々後継争いが起きないようにと、マイロをある貴族家の婿養子にする話も進めていた。
その話は結局、公爵が亡くなることで潰えてしまったけれど。
もちろん、潰したのはバーバラ自身だ。
だって、サラトガ公爵家を担っていくのはバーバラの愛息子マイロでなくてはならないのだから。
その大事な息子マイロが拉致された。
最初、マイロが港で拉致されたと聞いた時には絶望したが、その後すぐに拉致犯の方から接触があった。
アメリアの拉致に協力すれば、マイロはすぐに返してもらえると。
その協力というのも簡単なもので、メイドと執事見習いを数名邸に入れるだけで、あとはアメリアをお茶に誘えばよいのだという。
バーバラは藁にもすがる思いでその話を受け入れた。
それに、この話はバーバラにとっても美味しい提案であった。
最近セドリックとアメリアの仲が縮まっているような噂も耳にしたが、拉致され穢された妻を、彼が愛することはないだろう。
(だいたい、あの辛気臭い嫁も最初から気に入らなかったのよ)
あの女は国王の情婦でそれこそ娼婦のような女なのに、清楚なドレスに身を包み、まるで聖女のような顔をして、サラトガ家に入り込んできた。
国王陛下は一体、あんな女のどこがよかったのだろうか。
あんな女がこの国で一番高貴な男に寵愛され、そして今度は国を守った英雄に愛されるなど、許されることではない。
それに、愛息子マイロまであの女を悪く言わないのも気に入らない。
(セドリックの子を生む機会なんて、永遠に奪ってやる…)
アメリアが子を生まない以上、一夫一婦制で愛人の子を嫡子と認めないこの国ではセドリックに後継はもうけられない。
必然的に、マイロが後継になるしかないのだ。
(そうすれば、やっと私も表に出られるわ)
贅沢は好きだが、バーバラは社交は苦手だ。
それは、明らかに自分を蔑んでいる者たちの中に入りたくないからだ。
『王国の盾』サラトガ家の後妻に入り込んだ自分が世間でどう思われているのかは感じている。
英雄を虐げる継母として悪女のように言われていることも、もちろん把握している。
全部事実無根なのに、社交界に顔を出して嘲笑されたりしたら耐えられない。
幸いサラトガ公爵家は社交シーズンに王都に滞在するようなこともなかったからバーバラはサラトガ領という温室の中でだけ贅沢三昧を繰り広げてきたのだが。
しかし、マイロが当主になり、自分が当主の母になれば…。
そうすれば、世間の目も変わり、バーバラが社交界の花として君臨することもあり得ない話ではないだろう。
(いっそ、セドリックなど戦で死んでしまえばいいのに…)
いくら子どもがいなくとも、セドリックが元気でいる間はマイロは当主になれない。
(それも、ゆくゆくは考えなくてはね…)
悪い笑みを浮かべ、バーバラは扉の方を見つめた。
もうすぐ可愛い息子が開けて入ってくる…、その扉を。
いつまでも帰ってこないマイロを思って泣き喚いても、誰も部屋から出してくれないのだ。
そして今日、バーバラは先程から邸内が騒がしいのを感じていた。
(もしかして、マイロが帰って来たの⁈)
だが、使用人にたずねても誰もきちんと答えてくれない。
バーバラが目をかけていた者は全て排除され、家令トマスや侍女長ソニアの息がかかった者しか見かけなくなってしまったため、彼女の思うようにはいかなくなってしまったのだ。
(でも、マイロさえ帰ってきてくれれば…)
バーバラはそう心の中でつぶやいた。
マイロは必ず帰って来る。
だってマイロはこのサラトガ家を継ぐべき人間なのだから。
マイロが当主になった暁には、今の使用人など一掃して自分の気に入った者だけ侍らすつもりだ。
そう、バーバラにとって、それはきっと遠くない未来なのだ。
バーバラは、元は先代公爵の先妻…、つまりセドリックの母の侍女だった女性だ。
貧乏男爵家の三女だったバーバラは容姿には優れていたのだが、実家は持参金を用意することもできない程困窮していたため、なかなか縁談がまとまらなかった。
そのため遠縁の伝手を頼ってサラトガ公爵家の侍女になり、ゆくゆくは縁談も見繕ってもらおうという算段であった。
しかしバーバラが公爵夫人の侍女についた時、すでに彼女は1日のほとんどをベッドの上で過ごすような状態だった。
元々体の弱かった彼女はセドリックを産んで余計に弱ってしまったらしい。
夫人は、公爵夫人としてのつとめも果たせず母として息子を養育することもできない自分を嘆いていたが、セドリックの父はそんな妻を愛し、労わっていた。
バーバラはそんなサラトガ家に入り込んだ時から、目標を見定めていた。
下級貴族の結婚相手を見繕ってもらうくらいなら、上流貴族の後妻におさまる方がよっぽどいい。
荘厳な大邸宅で美しいドレスを身に纏い、使用人に傅かれて暮らすのはどんなに気分がいいだろうと。
セドリックの父はなかなかの美丈夫で一目見た時から気に入っていたのだが、病弱の妻を溺愛する彼を堕とすのはなかなか難しかった。
しかし、セドリックの母はもう長くない。
それまでに信頼を勝ち取り、後釜におさまることが出来れば…。
バーバラはセドリックに対して何かと世話をやき、公爵には献身的に寄り添った。
妻に全く回復の兆しがないことを嘆く公爵の心の隙間につけ込んだのだ。
もちろん公爵が妻の生存中にバーバラに手を出すようなことはなかったが、それは一定の効果を生み出してはいたらしい。
夫人の死後、たった5歳の一人息子と共に遺された公爵を心配し、王家や親族は後妻を世話しようとしたが、公爵はそれを拒んだ。
そして、『息子が懐いている』という理由だけで、バーバラを後妻に迎えたのだ。
セドリックが7歳になったばかりの頃である。
もちろん、セドリックが彼女に懐いているなどというのは公爵の壮大な勘違いである。
公爵はセドリックを愛してはいたが、彼の出産によって愛妻の死を早めたという思いをどうしても拭えなかったようだ。
それ故、彼をきちんと見ることも、向き合うことも、おざなりにしてしまった。
どんなに後妻にねだられても最期までセドリックが後継であることを譲りはしなかったが、とうとう息子とわかり合えないまま逝ってしまったのだ。
そう、公爵はバーバラの生んだマイロを後継にはしてくれなかった。
それどころか、後々後継争いが起きないようにと、マイロをある貴族家の婿養子にする話も進めていた。
その話は結局、公爵が亡くなることで潰えてしまったけれど。
もちろん、潰したのはバーバラ自身だ。
だって、サラトガ公爵家を担っていくのはバーバラの愛息子マイロでなくてはならないのだから。
その大事な息子マイロが拉致された。
最初、マイロが港で拉致されたと聞いた時には絶望したが、その後すぐに拉致犯の方から接触があった。
アメリアの拉致に協力すれば、マイロはすぐに返してもらえると。
その協力というのも簡単なもので、メイドと執事見習いを数名邸に入れるだけで、あとはアメリアをお茶に誘えばよいのだという。
バーバラは藁にもすがる思いでその話を受け入れた。
それに、この話はバーバラにとっても美味しい提案であった。
最近セドリックとアメリアの仲が縮まっているような噂も耳にしたが、拉致され穢された妻を、彼が愛することはないだろう。
(だいたい、あの辛気臭い嫁も最初から気に入らなかったのよ)
あの女は国王の情婦でそれこそ娼婦のような女なのに、清楚なドレスに身を包み、まるで聖女のような顔をして、サラトガ家に入り込んできた。
国王陛下は一体、あんな女のどこがよかったのだろうか。
あんな女がこの国で一番高貴な男に寵愛され、そして今度は国を守った英雄に愛されるなど、許されることではない。
それに、愛息子マイロまであの女を悪く言わないのも気に入らない。
(セドリックの子を生む機会なんて、永遠に奪ってやる…)
アメリアが子を生まない以上、一夫一婦制で愛人の子を嫡子と認めないこの国ではセドリックに後継はもうけられない。
必然的に、マイロが後継になるしかないのだ。
(そうすれば、やっと私も表に出られるわ)
贅沢は好きだが、バーバラは社交は苦手だ。
それは、明らかに自分を蔑んでいる者たちの中に入りたくないからだ。
『王国の盾』サラトガ家の後妻に入り込んだ自分が世間でどう思われているのかは感じている。
英雄を虐げる継母として悪女のように言われていることも、もちろん把握している。
全部事実無根なのに、社交界に顔を出して嘲笑されたりしたら耐えられない。
幸いサラトガ公爵家は社交シーズンに王都に滞在するようなこともなかったからバーバラはサラトガ領という温室の中でだけ贅沢三昧を繰り広げてきたのだが。
しかし、マイロが当主になり、自分が当主の母になれば…。
そうすれば、世間の目も変わり、バーバラが社交界の花として君臨することもあり得ない話ではないだろう。
(いっそ、セドリックなど戦で死んでしまえばいいのに…)
いくら子どもがいなくとも、セドリックが元気でいる間はマイロは当主になれない。
(それも、ゆくゆくは考えなくてはね…)
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