さげわたし

凛江

文字の大きさ
上 下
80 / 101
第七章 セドリック その四

(その頃の領都)④

しおりを挟む
マイロの母である先代公爵夫人…バーバラが自室に軟禁されてから、すでに丸2日が過ぎている。
いつまでも帰ってこないマイロを思って泣き喚いても、誰も部屋から出してくれないのだ。

そして今日、バーバラは先程から邸内が騒がしいのを感じていた。
(もしかして、マイロが帰って来たの⁈)

だが、使用人にたずねても誰もきちんと答えてくれない。
バーバラが目をかけていた者は全て排除され、家令トマスや侍女長ソニアの息がかかった者しか見かけなくなってしまったため、彼女の思うようにはいかなくなってしまったのだ。

(でも、マイロさえ帰ってきてくれれば…)
バーバラはそう心の中でつぶやいた。

マイロは必ず帰って来る。
だってマイロはこのサラトガ家を継ぐべき人間なのだから。
マイロが当主になった暁には、今の使用人など一掃して自分の気に入った者だけ侍らすつもりだ。
そう、バーバラにとって、それはきっと遠くない未来なのだ。

バーバラは、元は先代公爵の先妻…、つまりセドリックの母の侍女だった女性だ。
貧乏男爵家の三女だったバーバラは容姿には優れていたのだが、実家は持参金を用意することもできない程困窮していたため、なかなか縁談がまとまらなかった。
そのため遠縁の伝手を頼ってサラトガ公爵家の侍女になり、ゆくゆくは縁談も見繕ってもらおうという算段であった。

しかしバーバラが公爵夫人の侍女についた時、すでに彼女は1日のほとんどをベッドの上で過ごすような状態だった。
元々体の弱かった彼女はセドリックを産んで余計に弱ってしまったらしい。
夫人は、公爵夫人としてのつとめも果たせず母として息子を養育することもできない自分を嘆いていたが、セドリックの父はそんな妻を愛し、労わっていた。

バーバラはそんなサラトガ家に入り込んだ時から、目標を見定めていた。
下級貴族の結婚相手を見繕ってもらうくらいなら、上流貴族の後妻におさまる方がよっぽどいい。
荘厳な大邸宅で美しいドレスを身に纏い、使用人に傅かれて暮らすのはどんなに気分がいいだろうと。

セドリックの父はなかなかの美丈夫で一目見た時から気に入っていたのだが、病弱の妻を溺愛する彼を堕とすのはなかなか難しかった。
しかし、セドリックの母はもう長くない。
それまでに信頼を勝ち取り、後釜におさまることが出来れば…。

バーバラはセドリックに対して何かと世話をやき、公爵には献身的に寄り添った。
妻に全く回復の兆しがないことを嘆く公爵の心の隙間につけ込んだのだ。
もちろん公爵が妻の生存中にバーバラに手を出すようなことはなかったが、それは一定の効果を生み出してはいたらしい。

夫人の死後、たった5歳の一人息子と共に遺された公爵を心配し、王家や親族は後妻を世話しようとしたが、公爵はそれを拒んだ。
そして、『息子が懐いている』という理由だけで、バーバラを後妻に迎えたのだ。
セドリックが7歳になったばかりの頃である。

もちろん、セドリックが彼女に懐いているなどというのは公爵の壮大な勘違いである。
公爵はセドリックを愛してはいたが、彼の出産によって愛妻の死を早めたという思いをどうしても拭えなかったようだ。
それ故、彼をきちんと見ることも、向き合うことも、おざなりにしてしまった。
どんなに後妻にねだられても最期までセドリックが後継であることを譲りはしなかったが、とうとう息子とわかり合えないまま逝ってしまったのだ。

そう、公爵はバーバラの生んだマイロを後継にはしてくれなかった。
それどころか、後々後継争いが起きないようにと、マイロをある貴族家の婿養子にする話も進めていた。
その話は結局、公爵が亡くなることで潰えてしまったけれど。

もちろん、潰したのはバーバラ自身だ。
だって、サラトガ公爵家を担っていくのはバーバラの愛息子マイロでなくてはならないのだから。

その大事な息子マイロが拉致された。
最初、マイロが港で拉致されたと聞いた時には絶望したが、その後すぐに拉致犯の方から接触があった。
アメリアの拉致に協力すれば、マイロはすぐに返してもらえると。
その協力というのも簡単なもので、メイドと執事見習いを数名邸に入れるだけで、あとはアメリアをお茶に誘えばよいのだという。
バーバラは藁にもすがる思いでその話を受け入れた。

それに、この話はバーバラにとっても美味しい提案であった。
最近セドリックとアメリアの仲が縮まっているような噂も耳にしたが、拉致され穢された妻を、彼が愛することはないだろう。

(だいたい、あの辛気臭い嫁も最初から気に入らなかったのよ)
あの女は国王の情婦でそれこそ娼婦のような女なのに、清楚なドレスに身を包み、まるで聖女のような顔をして、サラトガ家に入り込んできた。

国王陛下は一体、あんな女のどこがよかったのだろうか。
あんな女がこの国で一番高貴な男に寵愛され、そして今度は国を守った英雄に愛されるなど、許されることではない。
それに、愛息子マイロまであの女を悪く言わないのも気に入らない。

(セドリックの子を生む機会なんて、永遠に奪ってやる…)
アメリアが子を生まない以上、一夫一婦制で愛人の子を嫡子と認めないこの国ではセドリックに後継はもうけられない。
必然的に、マイロが後継になるしかないのだ。

(そうすれば、やっと私も表に出られるわ)
贅沢は好きだが、バーバラは社交は苦手だ。
それは、明らかに自分を蔑んでいる者たちの中に入りたくないからだ。

『王国の盾』サラトガ家の後妻に入り込んだ自分が世間でどう思われているのかは感じている。
英雄を虐げる継母として悪女のように言われていることも、もちろん把握している。
全部事実無根なのに、社交界に顔を出して嘲笑されたりしたら耐えられない。

幸いサラトガ公爵家は社交シーズンに王都に滞在するようなこともなかったからバーバラはサラトガ領という温室の中でだけ贅沢三昧を繰り広げてきたのだが。

しかし、マイロが当主になり、自分が当主の母になれば…。
そうすれば、世間の目も変わり、バーバラが社交界の花として君臨することもあり得ない話ではないだろう。

(いっそ、セドリックなど戦で死んでしまえばいいのに…)
いくら子どもがいなくとも、セドリックが元気でいる間はマイロは当主になれない。

(それも、ゆくゆくは考えなくてはね…)
悪い笑みを浮かべ、バーバラは扉の方を見つめた。
もうすぐ可愛い息子が開けて入ってくる…、その扉を。
しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

ストップ!おっさん化~伯爵夫人はときめきたい~

緋田鞠
恋愛
【完結】「貴方の存在を、利用させて頂きたいのです。勿論、相応のお礼は致します」。一人で参加していた夜会で、謎の美青年貴族コンラートに、そう声を掛けられた伯爵夫人ヴィヴィアン。ヴィヴィアンは、恋愛結婚が主流の国で、絵に描いたような政略結婚をして以来、夫に五年間、放置されていた。このままでは、女として最も輝く時期を捨てる事になり、将来的には身も心も枯れ果て、性別不明おっさん風味になってしまう。心の潤いを取り戻す為に、『ドキドキして』、『ときめいて』、『きゅんっとする』事を探していたヴィヴィアンは、コンラートと互いの目的の為に手を組む事に。果たして、コンラートの目的とは?ヴィヴィアンは、おっさん化回避出来るのか?

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」 7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。 国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。 ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。 こちらのお話には同じ主人公の作品 「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。 (本作より数年前のお話になります) もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、 本作のみでもお読みいただけます。 ※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。 初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る

綾乃雪乃
恋愛
ミリステア魔王国の巨大城で働く魔法薬師のメイシィ 彼女には1つ困った悩みがあった それは、自国の第三王子、クリードに一目惚れされてしまったこと 彼のあだ名は『黒薔薇王子』 周りにいる側近たちは口をそろえて言う 「彼が病めば――――世界が崩壊する」 今日も《彼》から世界を守れ! 病み王子 × お仕事一筋女子の魔王城恋愛コメディ なろう、エブリスタ、カクヨムにも掲載中

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。

なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。 7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。  溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

処理中です...