さげわたし

凛江

文字の大きさ
上 下
75 / 101
第七章 セドリック その四

拉致の報せ①

しおりを挟む
「マイロが⁈拉致されただと⁈」

領都からの早馬でセドリックがマイロの拉致を知ったのは、開戦から三日後、拉致事件発生からは丸一日経った後のことであった。
「マイロの奴、油断したか…。あいつに留守を任せるのはまだ早かったのか?」
セドリックはそう呟くと唇を噛んだ。
取引を行う予定だった武器商人は付き合いの長い商人だったから、マイロも彼に付いていた者たちも油断していたのだろう。

商談中突然踏み込んできた武装軍団にマイロ1人が拉致され、留守隊を預かる警備隊長たちが懸命に行方を追っているという。
即座に港も領都から出る街道も全て封鎖したため、賊が外に出た可能性は低く、領都内のどこかに潜んでいると思われる。
しかし賊の正体も目的もまだわからない状態で、マイロの身が案じられた。
ただ、拉致ということから命をとるのが目的ではないことだけは察せられる。

「留守隊に任せるしかない…。義母が王家にまで援軍要請したようだが、それはすぐに取り消してくれ」
「はっ」
非情なようだが、開戦した今、自分はここから離れるわけにはいかない。
ましてや、たかが貴族の子息1人を探すために王家に援軍要請などもってのほかだ。

「こらえてくれよ、マイロ…」
セドリックは祈るような気持ちでそう呟いた。

◇◇◇

その日の午後、セドリックはオスカーたちと作戦会議を開いていた。
港と砦を急襲されてそれらを撃退した後、セドリックは敵を追撃し、砦を一つ落としている。
本当は敵の本陣に攻め込んで一気に方をつけたいところだが、海賊の急襲で本隊の一部を港の守りに回しているため慎重に進めざるを得ない。

敵側の砦には続々と援軍が集まっているとの報告もあり、隣り合う領同士の小競り合いで済ませたかったセドリックの思いとは裏腹に、最早国同士を巻き込む戦になろうとしていた。
本音では領都に残してきた別働隊も送って欲しいくらいのところだが、領都でもマイロ拉致事件が起きているためそれは期待できない。
ただ、本格的な開戦になることを見越して近隣の領主に援軍要請したところ快く応じてくれ、今夜にもかなりの兵が集まるだろうと思われた。
敵は敵で砦を一つ落とされていることから、味方が集まるのを待っているのかもしれない。

(それにしても、マイロの拉致はやはりソルベンティアに指示された海賊の犯行なのだろうが、何故…)
鮮やかな手口と拉致の場所が港に近いことから、おそらく犯人はロロネー率いる海賊団だと思われた。
だがセドリックは、開戦に海賊が一枚噛んでいたことを受け、領内の全ての港の守りを固めるよう、指示を出していたはずだ。
海賊が入り込める隙はなかったはずだから、おそらく彼らはかなり前から領内に入り、準備していたと思われる。
開戦したら武器商人に入れ替わり、公爵家から連絡がくるのを手ぐすね引いて待っていたのだろう。

マイロをどのように利用しようとしているのかわからないが、実弟を人質にされたセドリックの動きを止める切り札にされるのは間違いない。
ただ幸いだったのは、セドリックが港の守りを固めるよう指示を出していたおかげで、未だ犯人グループが領内から出て行けないことだ。
領都に残ったサラトガ騎士団がすぐに捜索に向かったこともあり、おそらく犯人グループはマイロを連れたまま密かに領都近辺に隠れているに違いない。

マイロ拉致の一報から一晩過ぎても、犯人グループからは未だになんの要求もない。
マイロを動かすことが出来ないからと思われるが、ただ、あまり日数をかけては、犯人グループが焦れてマイロを諦めて逃げるかもしれない。
その時は、邪魔になったマイロは即座に殺されることだろう。
要するに、一刻の猶予も無いということだ。

「今晩、援軍が到着したら砦の守りについてもらう。また、港の守りについてもらうようにとも要請している。よって、我がサラトガ軍は全軍をもって敵の本陣を一気に攻める」
セドリックは部下たちにそう告げた。
敵の援軍が集まる前に一気に方を付けるつもりだ。
しかし部下の中から、マイロの安全を慮る発言と、それへの反論が出始めた。

「今晩方がついてしまっては、マイロ様を人質にとった意味がなくなり、かえって危険ではないでしょうか」
「しかし、なんの要求もない今、どうしようもないでしょう」
「ソルベンティアの将を生け捕って、人質交換してはどうでしょうか」
「いや、そもそもマイロ様拉致犯がソルベンティアとは限定されていないでしょう?ロロネーが単独でやったのかもしれない」
「しかしこのタイミングでの拉致など、ソルベンティアが背後にいるとしか考えられません」
「ではどうすればいいと言うんですか?敵がどんどん増えていくのを、指を咥えてただ見ていろと?」
「私はそんなことは…!」
「皆、聞いてくれ」

部下たちは口を噤み、伺うようにセドリックの方に目をやった。
セドリックはそんな部下たち一人一人を見回し、目を合わせた。
「皆がマイロを案じてくれる気持ちは有り難いと思う。だが、領を守り、国を守るのが我らのつとめだ。マイロも『王国の盾』サラトガ家で育った男なのだから、拉致された時から覚悟は出来ているだろう」
「閣下…」

セドリックに、母親が異なる弟だからといってマイロを疎む気持ちは微塵もない。
生意気な口をききながらも誇らしげに自分を見る弟を可愛いとも思っている。
しかし、マイロ1人のために民や兵を危険に晒すわけにもいかないのだ。

その夜、セドリックは駆けつけてきた近隣の領主に砦を任せ、自軍に号令した。
「松明を消せ。夜陰に乗じ、国境を越える。私が率いる本隊は正面から、オスカー率いる別働隊は裏へ回れ。港へ送っていた隊もすでにこちらに向かっている。ーー三方から、本陣を、一気に攻める」
「おーーーっ!」

セドリックは自ら先頭に立ち、現ノートン領主の本陣である砦に向かった。
気づいた敵が出陣してきたが、勇猛なサラトガ騎士団はそれを蹴散らし、本陣に近づいて行く。
ノートン領の将が砦を捨てて退却したのは、開戦から僅か数刻後のことであった。
しおりを挟む
感想 147

あなたにおすすめの小説

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました

花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。 クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。 そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。 いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。 数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。 ✴︎感想誠にありがとうございます❗️ ✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦 ✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

処理中です...