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第六章 アメリア その三
義母
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翌日、礼拝堂に籠っていたアメリアの元を、義母に仕える侍女が訪ねてきた。
マイロ誘拐の件で、アメリアと話がしたいという義母の伝言を持ってきたのだ。
それを聞いたアメリアは、もしかしたら何か進展があったのかと思い急いで本邸へ向かった。
義母は、本邸の応接室で待っていた。
アメリアは護衛のバートとエイベルを扉の外に残し、ハンナとカリナを連れて部屋に入った。
そして、久しぶりに見る義母の、そのやつれ具合に驚いた。
彼女を見かけたのは片手で数えるほどだが、いつも豪華なドレスに宝飾品をゴテゴテ付けていた印象がある。
だが今の彼女は、息子を想う、哀れな一人の母親に見えた。
「マイロを拉致した犯人がわかったの」
唐突に義母はそう言った。
そして、アメリアに腰掛けるように勧めた。
「マイロ様は…、ご無事なのですね?」
「ええ、どうやら海賊の仕業らしいの。これから彼らの要求を聞くつもりよ」
「海賊…」
アメリアは思いもよらなかった犯人に絶句した。
てっきり、マイロを拉致した犯人はソルベンティア絡みの者だと思っていたのに。
それに、内陸のグレイ子爵領で育ったアメリアにとって、海賊というのはあまり馴染みのない者たちだった。
悪事を重ねる無法者たちの集まりだということは理解していたが、その海賊が、何のためにマイロを拉致したのだろうか。
「海賊には…、身代金でも要求されたのですか?それとも、人質交換を行うつもりなのでしょうか」
「ええ、実は向こうから交渉を持ちかけてきたの。その際は、アメリアさんも同行してくれるかしら」
「もちろんです。マイロ様を助けられるなら、なんでもいたしますわ」
アメリアは大きく頷いた。
マイロはセドリックにとって大事な弟だ。
公爵夫人として、留守を守る者として、今こそ自分が役に立たなくてはと思う。
「まぁ、その言葉、忘れないでね」
義母がそう言って微かに口角を上げたその瞬間。
扉の外で大きな物音がした。
「奥様!!逃げてください!」
バートの叫び声が聞こえ、剣を交えるような音が鳴り響く。
「カリナ!奥様を守れ!」
エイベルが叫ぶのより早く、カリナがアメリアの元へ駆け寄る。
瞬時にアメリアも扉に向かって駆け出したが、しかしその体を後ろからぐいっと拘束された。
彼女の首に腕を回したのは、先程まで義母の側に侍っていた侍女だ。
「奥様!!」
「剣を捨てろ」
侍女…、いや、侍女姿の女は、アメリアの喉元に剣を突きつけ、カリナに向かって凄んだ。
扉の外で闘っていたバートとエイベルも部屋に駆け込んで来たが、拘束されたアメリアの姿を見て動きを止める。
いつの間にか、部屋の中にいた他の三人の侍女も、短剣を構えてカリナたちに相対していた。
どうやら義母に侍っていた四人の侍女は、皆本物の侍女ではなかったらしい。
しかも、かなり手練の連中だ。
「お義母様…、これは一体、どういうことですか?」
瞬時に義母の企みだと察したアメリアは、剣を突きつけられながらもキッと義母を見据えた。
「どうって…、あなたが言ったんじゃないの、アメリアさん。マイロを助けるためなら、何でもしてくれるのでしょう?」
義母はソファにゆったりと腰掛けたまま、鷹揚にアメリアを見上げた。
(…そういうこと…)
アメリアは自分の迂闊さに唇を噛んだ。
一緒に部屋に入ったハンナも義母の侍女に拘束されている。
カリナ、バート、エイベルは、剣を構えながらも動けない。
また、家令のトマスに至っては、縛り上げられ、部屋の中に転がされてきた。
どうやら部屋の外にも敵が潜んでいたらしい。
要するに、どんな約束があるのかはわからないが、マイロを助けるために、義母はアメリアを売ったのだろう。
「このような手荒なまねをなさらなくても、私はいつでもお役に立つ心構えが出来ておりますのに…」
拘束され跪かされたアメリアは、そう言って義母を見上げた。
「そんな言葉、信じられるわけないでしょう?」
「私はお義母様に従います。ですから、他の者には危害を加えないと約束していただけませんか?」
「奥様!いけません!」
「約束してくださいお義母様。私が従えば、この者たちを解放すると」
「もちろんいいわよ。だいたい、この者たちを殺したりしたら、私がセドリックに殺されてしまうもの」
ニヤリと口角を上げる義母を見て、アメリアはカリナたちに剣を下ろすよう指示を出した。
セドリックがいない今、彼らの安全はアメリアに責任がある。
渋々剣を手放したカリナたちを、侍女たちが縄で縛り上げた。
「拉致犯がね、あなたを代わりに差し出せば、マイロは返してくれるって言うのよ」
「そんなことは罠だと、何故わからないのですか?本当にマイロ坊っちゃまが無事に帰ってくるとでも?」
「黙りなさい、トマス」
「大奥様、引き返すなら、今ならまだ間に合います。こんなことが旦那様や…、ましてや陛下に知れたら、大奥様もご無事ではいられませんよ?」
「バカね、トマス。こんな役立たずの嫁、今使わないでいつ使うのよ。それに、セドリックだって押し付けられた嫁より血の繋がった弟の方が大事でしょう?」
「しかし、アメリア様は国王陛下のご養女で…」
「陛下だって、飽きて下げ渡した情婦がその後どうなろうと知ったことじゃないわよ」
そう言ってアメリアを見下ろした義母の瞳は、これ以上ないほど侮蔑を含んでいた。
「首尾よく頼むわよ。マイロに傷一つ負わせたら承知しないから」
義母は侍女たちを一瞥すると、アメリアを振り返りもせずに部屋を出て行った。
それに続いて、侍女たちもアメリアを連れて部屋を出る。
縛られて転がされた状態のカリナたちは、ただ、「奥様!」「お嬢様!」と連れ去られるアメリアの背中に向かって悲痛な叫び声を上げるしかなかったのである。
その後アメリアは、両手首を縛られ、目隠しをして馬車に乗せられた。
自分が何故連れ去られたのかも、どこへ向かっているのかもわからないまま。
マイロ誘拐の件で、アメリアと話がしたいという義母の伝言を持ってきたのだ。
それを聞いたアメリアは、もしかしたら何か進展があったのかと思い急いで本邸へ向かった。
義母は、本邸の応接室で待っていた。
アメリアは護衛のバートとエイベルを扉の外に残し、ハンナとカリナを連れて部屋に入った。
そして、久しぶりに見る義母の、そのやつれ具合に驚いた。
彼女を見かけたのは片手で数えるほどだが、いつも豪華なドレスに宝飾品をゴテゴテ付けていた印象がある。
だが今の彼女は、息子を想う、哀れな一人の母親に見えた。
「マイロを拉致した犯人がわかったの」
唐突に義母はそう言った。
そして、アメリアに腰掛けるように勧めた。
「マイロ様は…、ご無事なのですね?」
「ええ、どうやら海賊の仕業らしいの。これから彼らの要求を聞くつもりよ」
「海賊…」
アメリアは思いもよらなかった犯人に絶句した。
てっきり、マイロを拉致した犯人はソルベンティア絡みの者だと思っていたのに。
それに、内陸のグレイ子爵領で育ったアメリアにとって、海賊というのはあまり馴染みのない者たちだった。
悪事を重ねる無法者たちの集まりだということは理解していたが、その海賊が、何のためにマイロを拉致したのだろうか。
「海賊には…、身代金でも要求されたのですか?それとも、人質交換を行うつもりなのでしょうか」
「ええ、実は向こうから交渉を持ちかけてきたの。その際は、アメリアさんも同行してくれるかしら」
「もちろんです。マイロ様を助けられるなら、なんでもいたしますわ」
アメリアは大きく頷いた。
マイロはセドリックにとって大事な弟だ。
公爵夫人として、留守を守る者として、今こそ自分が役に立たなくてはと思う。
「まぁ、その言葉、忘れないでね」
義母がそう言って微かに口角を上げたその瞬間。
扉の外で大きな物音がした。
「奥様!!逃げてください!」
バートの叫び声が聞こえ、剣を交えるような音が鳴り響く。
「カリナ!奥様を守れ!」
エイベルが叫ぶのより早く、カリナがアメリアの元へ駆け寄る。
瞬時にアメリアも扉に向かって駆け出したが、しかしその体を後ろからぐいっと拘束された。
彼女の首に腕を回したのは、先程まで義母の側に侍っていた侍女だ。
「奥様!!」
「剣を捨てろ」
侍女…、いや、侍女姿の女は、アメリアの喉元に剣を突きつけ、カリナに向かって凄んだ。
扉の外で闘っていたバートとエイベルも部屋に駆け込んで来たが、拘束されたアメリアの姿を見て動きを止める。
いつの間にか、部屋の中にいた他の三人の侍女も、短剣を構えてカリナたちに相対していた。
どうやら義母に侍っていた四人の侍女は、皆本物の侍女ではなかったらしい。
しかも、かなり手練の連中だ。
「お義母様…、これは一体、どういうことですか?」
瞬時に義母の企みだと察したアメリアは、剣を突きつけられながらもキッと義母を見据えた。
「どうって…、あなたが言ったんじゃないの、アメリアさん。マイロを助けるためなら、何でもしてくれるのでしょう?」
義母はソファにゆったりと腰掛けたまま、鷹揚にアメリアを見上げた。
(…そういうこと…)
アメリアは自分の迂闊さに唇を噛んだ。
一緒に部屋に入ったハンナも義母の侍女に拘束されている。
カリナ、バート、エイベルは、剣を構えながらも動けない。
また、家令のトマスに至っては、縛り上げられ、部屋の中に転がされてきた。
どうやら部屋の外にも敵が潜んでいたらしい。
要するに、どんな約束があるのかはわからないが、マイロを助けるために、義母はアメリアを売ったのだろう。
「このような手荒なまねをなさらなくても、私はいつでもお役に立つ心構えが出来ておりますのに…」
拘束され跪かされたアメリアは、そう言って義母を見上げた。
「そんな言葉、信じられるわけないでしょう?」
「私はお義母様に従います。ですから、他の者には危害を加えないと約束していただけませんか?」
「奥様!いけません!」
「約束してくださいお義母様。私が従えば、この者たちを解放すると」
「もちろんいいわよ。だいたい、この者たちを殺したりしたら、私がセドリックに殺されてしまうもの」
ニヤリと口角を上げる義母を見て、アメリアはカリナたちに剣を下ろすよう指示を出した。
セドリックがいない今、彼らの安全はアメリアに責任がある。
渋々剣を手放したカリナたちを、侍女たちが縄で縛り上げた。
「拉致犯がね、あなたを代わりに差し出せば、マイロは返してくれるって言うのよ」
「そんなことは罠だと、何故わからないのですか?本当にマイロ坊っちゃまが無事に帰ってくるとでも?」
「黙りなさい、トマス」
「大奥様、引き返すなら、今ならまだ間に合います。こんなことが旦那様や…、ましてや陛下に知れたら、大奥様もご無事ではいられませんよ?」
「バカね、トマス。こんな役立たずの嫁、今使わないでいつ使うのよ。それに、セドリックだって押し付けられた嫁より血の繋がった弟の方が大事でしょう?」
「しかし、アメリア様は国王陛下のご養女で…」
「陛下だって、飽きて下げ渡した情婦がその後どうなろうと知ったことじゃないわよ」
そう言ってアメリアを見下ろした義母の瞳は、これ以上ないほど侮蔑を含んでいた。
「首尾よく頼むわよ。マイロに傷一つ負わせたら承知しないから」
義母は侍女たちを一瞥すると、アメリアを振り返りもせずに部屋を出て行った。
それに続いて、侍女たちもアメリアを連れて部屋を出る。
縛られて転がされた状態のカリナたちは、ただ、「奥様!」「お嬢様!」と連れ去られるアメリアの背中に向かって悲痛な叫び声を上げるしかなかったのである。
その後アメリアは、両手首を縛られ、目隠しをして馬車に乗せられた。
自分が何故連れ去られたのかも、どこへ向かっているのかもわからないまま。
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