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第六章 アメリア その三
孤児院の設立
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生徒たちを見送って馬車に乗り込むと、今日もセドリックが迎えに来ていた。
アメリアは忙しいセドリックに来てもらうことを恐縮して何度も断ったのだが、彼は「私が来たいのです」と言って聞いてくれない。
だから最近では諦めて、この時間を極力有効に使おうと考え方を変えた。
「閣下、今日は孤児院についてのお話を聞いていただきたいのですが…」
「孤児院…、ですか?」
セドリックも身を乗り出す。
アメリアが夜間学校で知り得た話やそれについて考えたことを、彼はいつも真摯に聞き入ってくれるのだ。
本当は公爵夫人として孤児院などの公式訪問を行ったりするべきなのだろうが、アメリアは一切公務を行っていない。
だからせめて公務以外で少しでも領民の役に立つことを、というのはアメリアの願いである。
アメリアが今日話そうと思ったことは、生徒のうちの二人が戦争孤児で、教会の運営する孤児院出身だという話だった。
彼らはつい最近孤児院を出て独立したのだが、その彼らが話すことには、孤児院の多くの子どもたちはいつもお腹を空かせているというものだった。
生徒の話を受け、アメリア自身孤児院の院長を兼ねる聖職者の虐待を疑い、教師エイミーとして訪ねてみたりもした。
しかし虫も殺せぬような風情の聖職者が二人、優しく子どもたちに接していただけだったのだ。
時々視察で訪れたり部下を監査に行かせていたセドリックも、今まで教会に不審を感じたことはなかったと言う。
だからアメリアの話に驚き、もしそれが本当なら放置するわけにはいかないと強い口調で語った。
セドリックとしては子供は領地の宝だという認識があったし、特に国の為に犠牲となった親を持つ戦災孤児などには、手厚く保護しているつもりだったと言うのだ。
「では孤児院に寄付を増やしましょうか。十分足りていると思っていたのですが…」
部下も信頼できる者ばかりのはずなのだが、何故そんなことが起きているのかセドリックは首を傾げていた。
そこには、アメリアの話を疑う様子は全くない。
アメリアは、自分の話を全面的に信じてくれるセドリックを心強く思った。
「教会は清貧を美徳としていますし、寄付ばかり増やすのはどうでしょう?それにそれでは解決しないようですよ。どうやら私腹を肥やしている聖職者がいるらしいですから。結局は彼らの懐に入るというだけになりそうです」
「私腹を?」
アメリアの言葉に、セドリックは大きく目を見開いた。
サラトガ公爵家では孤児院運営のために教会に多額の寄付を行ってきた。
王国の盾サラトガ領ではどうしたって戦災孤児が生まれてしまったからだ。
だが結局そこにつけ込んだ者たちがいい目を見ることになっている。
孤児院内では酷い差別や虐めがあって、子どもたちは飢え、一部の聖職者は私腹を肥やした。
聖職者たちは上手に綺麗な部分だけを見せて、視察や監査を掻い潜ってきたのだ。
いや、監査する者の中にも仲間がいたに違いない。
「子どもたちも、ある程度の年になれば自分たちがどう扱われ、中でどのような不正があるのか気づきます。今まで声を上げなかったのは、言っても信じてもらえないだろうという諦めの気持ちからでしょう」
聖職者というだけで民は尊び崇めるのだから、孤児が何を言っても無駄だと思っていたのだろう。
「本当に…、貴女は子どもたちに慕われているのですね」
セドリックはそう言ってアメリアを見つめた。
セドリックの耳に入ってこないことを、しかし子どもたちはアメリアには訴えるのだ。
余程彼女と子どもたちの間に信頼関係が築かれているのだろう。
「即刻調べ上げ、罪ある者は断罪に処しましょう。孤児院で育った子供たちはサラトガ領、そしてランドル王国を守ってくれた者たちの忘形見なのですから」
「聖職者は入れ替えるとして…。いっそ、孤児院も教会から切り離してサラトガ公爵家直営にしてはどうですか?」
「切り離す…、ですか?しかし孤児院の経営は元々教会がするもので…」
「教会が経営すると誰が決めたのですか?夜間学校のように、公爵家が中心になっておやりになれば良いのでは?」
領民を戦争にかり出している方の立場としては、戦災孤児を引き取って育ててくれている教会に遠慮して強気に出られなかった部分がある。
だから多額の寄付で援助しているつもりだった。
しかし。
「援助だけではダメです閣下。直に育てるのです」
「なるほど…。私の妻は優秀だな」
セドリックはアメリアの慧眼に感心し、素直に褒めた。
しかしアメリアは曖昧に微笑んだ。
「子爵領で…、似たようなことがありましたから…」
アメリアはグレイ子爵領で暮らしていた時子爵家で放置されていたこともあり、市井の子どもたちと遊ぶことが多かった。
その時、親を亡くした子どもの多くは孤児院で育つということも知った。
その子どもたちは皆一様に暗い目をして、痩せっぽちだということも。
しかしその頃子爵夫人に疎まれて子爵家にも居場所が無いようなアメリアに、何も出来ることはなかった。
今だって、いつまでも公に姿を現さない自分には何の力も無い。
だがこうして、自分が市井で知り得た知識を陰ながらでも役立てることが出来たなら、なんて幸せなことだろうとアメリアは思う。
ただ、少し前までのアメリアだったなら、自分の思いや考えを口に出したりはしなかっただろう。
自分の意見などどうせ聞く耳を持ってはもらえないと諦めていたからだ。
しかしこうしていつも自分の話に真摯に耳を傾けてくれるセドリックに、アメリアはだいぶ強いことを言えるようになったと思う。
その後セドリックは抜き打ちで監査を強行し、影を駆使し、教会の闇の部分を公にした。
そして汚職に手を染めていた聖職者たちを断罪し、首脳部は一掃して入れ替えた。
その上で孤児院は公爵家直営とし、戦災で寡婦になった女性を保母、料理人、掃除婦として多勢雇い入れた。
孤児たちは彼女たちに慈しまれ、穏やかな生活を手に入れるだろう。
そして夜間学校の教師エイミーは、孤児院の設立に尽力し、設立されると孤児たちの勉強も見るようになったのだ。
エイミーが夜間学校の教壇に立ってから孤児院設立まで、実に半年足らずのことであった。
◇◇◇
ランドル王国の王女アメリアがサラトガ公爵に降嫁して約一年。
その間、アメリアは一切公の場に姿を現していない。
巷では、不仲説や病弱説と共に、悪妻の噂はさらに加速している。
セドリックや周囲の者が噂を掻き消そうとしてもアメリア自身が姿を現さないのではどうしようもない。
セドリックはもう諦めているのか、結婚式を挙げ直す話も、領民にお披露目の場を設ける話もしなくなった。
それでいい、とアメリアは思う。
このまま貴族界から、消えてなくなってしまいたいのだから。
「夜間学校のことも孤児院のことも貴女のおかげだ」
とアメリアを褒めちぎるセドリックに、アメリアはやはり曖昧に微笑む。
「良かったです…。少しでもお役に立てて」
そう言って小さく微笑んだアメリアを、セドリックは眩しそうに見つめていた。
アメリアは忙しいセドリックに来てもらうことを恐縮して何度も断ったのだが、彼は「私が来たいのです」と言って聞いてくれない。
だから最近では諦めて、この時間を極力有効に使おうと考え方を変えた。
「閣下、今日は孤児院についてのお話を聞いていただきたいのですが…」
「孤児院…、ですか?」
セドリックも身を乗り出す。
アメリアが夜間学校で知り得た話やそれについて考えたことを、彼はいつも真摯に聞き入ってくれるのだ。
本当は公爵夫人として孤児院などの公式訪問を行ったりするべきなのだろうが、アメリアは一切公務を行っていない。
だからせめて公務以外で少しでも領民の役に立つことを、というのはアメリアの願いである。
アメリアが今日話そうと思ったことは、生徒のうちの二人が戦争孤児で、教会の運営する孤児院出身だという話だった。
彼らはつい最近孤児院を出て独立したのだが、その彼らが話すことには、孤児院の多くの子どもたちはいつもお腹を空かせているというものだった。
生徒の話を受け、アメリア自身孤児院の院長を兼ねる聖職者の虐待を疑い、教師エイミーとして訪ねてみたりもした。
しかし虫も殺せぬような風情の聖職者が二人、優しく子どもたちに接していただけだったのだ。
時々視察で訪れたり部下を監査に行かせていたセドリックも、今まで教会に不審を感じたことはなかったと言う。
だからアメリアの話に驚き、もしそれが本当なら放置するわけにはいかないと強い口調で語った。
セドリックとしては子供は領地の宝だという認識があったし、特に国の為に犠牲となった親を持つ戦災孤児などには、手厚く保護しているつもりだったと言うのだ。
「では孤児院に寄付を増やしましょうか。十分足りていると思っていたのですが…」
部下も信頼できる者ばかりのはずなのだが、何故そんなことが起きているのかセドリックは首を傾げていた。
そこには、アメリアの話を疑う様子は全くない。
アメリアは、自分の話を全面的に信じてくれるセドリックを心強く思った。
「教会は清貧を美徳としていますし、寄付ばかり増やすのはどうでしょう?それにそれでは解決しないようですよ。どうやら私腹を肥やしている聖職者がいるらしいですから。結局は彼らの懐に入るというだけになりそうです」
「私腹を?」
アメリアの言葉に、セドリックは大きく目を見開いた。
サラトガ公爵家では孤児院運営のために教会に多額の寄付を行ってきた。
王国の盾サラトガ領ではどうしたって戦災孤児が生まれてしまったからだ。
だが結局そこにつけ込んだ者たちがいい目を見ることになっている。
孤児院内では酷い差別や虐めがあって、子どもたちは飢え、一部の聖職者は私腹を肥やした。
聖職者たちは上手に綺麗な部分だけを見せて、視察や監査を掻い潜ってきたのだ。
いや、監査する者の中にも仲間がいたに違いない。
「子どもたちも、ある程度の年になれば自分たちがどう扱われ、中でどのような不正があるのか気づきます。今まで声を上げなかったのは、言っても信じてもらえないだろうという諦めの気持ちからでしょう」
聖職者というだけで民は尊び崇めるのだから、孤児が何を言っても無駄だと思っていたのだろう。
「本当に…、貴女は子どもたちに慕われているのですね」
セドリックはそう言ってアメリアを見つめた。
セドリックの耳に入ってこないことを、しかし子どもたちはアメリアには訴えるのだ。
余程彼女と子どもたちの間に信頼関係が築かれているのだろう。
「即刻調べ上げ、罪ある者は断罪に処しましょう。孤児院で育った子供たちはサラトガ領、そしてランドル王国を守ってくれた者たちの忘形見なのですから」
「聖職者は入れ替えるとして…。いっそ、孤児院も教会から切り離してサラトガ公爵家直営にしてはどうですか?」
「切り離す…、ですか?しかし孤児院の経営は元々教会がするもので…」
「教会が経営すると誰が決めたのですか?夜間学校のように、公爵家が中心になっておやりになれば良いのでは?」
領民を戦争にかり出している方の立場としては、戦災孤児を引き取って育ててくれている教会に遠慮して強気に出られなかった部分がある。
だから多額の寄付で援助しているつもりだった。
しかし。
「援助だけではダメです閣下。直に育てるのです」
「なるほど…。私の妻は優秀だな」
セドリックはアメリアの慧眼に感心し、素直に褒めた。
しかしアメリアは曖昧に微笑んだ。
「子爵領で…、似たようなことがありましたから…」
アメリアはグレイ子爵領で暮らしていた時子爵家で放置されていたこともあり、市井の子どもたちと遊ぶことが多かった。
その時、親を亡くした子どもの多くは孤児院で育つということも知った。
その子どもたちは皆一様に暗い目をして、痩せっぽちだということも。
しかしその頃子爵夫人に疎まれて子爵家にも居場所が無いようなアメリアに、何も出来ることはなかった。
今だって、いつまでも公に姿を現さない自分には何の力も無い。
だがこうして、自分が市井で知り得た知識を陰ながらでも役立てることが出来たなら、なんて幸せなことだろうとアメリアは思う。
ただ、少し前までのアメリアだったなら、自分の思いや考えを口に出したりはしなかっただろう。
自分の意見などどうせ聞く耳を持ってはもらえないと諦めていたからだ。
しかしこうしていつも自分の話に真摯に耳を傾けてくれるセドリックに、アメリアはだいぶ強いことを言えるようになったと思う。
その後セドリックは抜き打ちで監査を強行し、影を駆使し、教会の闇の部分を公にした。
そして汚職に手を染めていた聖職者たちを断罪し、首脳部は一掃して入れ替えた。
その上で孤児院は公爵家直営とし、戦災で寡婦になった女性を保母、料理人、掃除婦として多勢雇い入れた。
孤児たちは彼女たちに慈しまれ、穏やかな生活を手に入れるだろう。
そして夜間学校の教師エイミーは、孤児院の設立に尽力し、設立されると孤児たちの勉強も見るようになったのだ。
エイミーが夜間学校の教壇に立ってから孤児院設立まで、実に半年足らずのことであった。
◇◇◇
ランドル王国の王女アメリアがサラトガ公爵に降嫁して約一年。
その間、アメリアは一切公の場に姿を現していない。
巷では、不仲説や病弱説と共に、悪妻の噂はさらに加速している。
セドリックや周囲の者が噂を掻き消そうとしてもアメリア自身が姿を現さないのではどうしようもない。
セドリックはもう諦めているのか、結婚式を挙げ直す話も、領民にお披露目の場を設ける話もしなくなった。
それでいい、とアメリアは思う。
このまま貴族界から、消えてなくなってしまいたいのだから。
「夜間学校のことも孤児院のことも貴女のおかげだ」
とアメリアを褒めちぎるセドリックに、アメリアはやはり曖昧に微笑む。
「良かったです…。少しでもお役に立てて」
そう言って小さく微笑んだアメリアを、セドリックは眩しそうに見つめていた。
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