69 / 101
第六章 アメリア その三
一周年
しおりを挟む
アメリアがセドリックと結婚して一年余りが過ぎた。
最初の頃こそサラトガ公爵家の厄介者として小さくなって暮らしていたアメリアだったが、ここ数ヶ月は溌剌と毎日を過ごしている。
夜間学校の運営は軌道に乗り、孤児院の公爵家直営化も順調に進んでいることが、彼女に自信を与えているのだろう。
だが、それでも、やはり公爵夫人として表に立つことは一切していない。
今はこんなにあたたかく接してくれている領民たちも、アメリアがあの『悪女』だと知ったら絶対に離れていく…その確信が彼女にはある。
だから、未だに皆の前で身分を偽る自分を嫌悪し、罪悪感を抱えたまま、アメリアはサラトガ領のために尽力すると決めたのだ。
嫁いで来た頃は華奢で十七歳という年齢よりもさらに幼く見えたアメリアだったが、この一年でだいぶ女性らしい体つきになった。
あどけない風情はそのままだが、美少女ぶりにより拍車がかかった感じだ。
穏やかで誰に対しても優しく親切なアメリアは、離れの使用人にも、夜間学校でも人気者で、だからこそ、アメリアの身近に仕えるカリナたちは余計にもどかしくなる。
例え彼女が身分を明かしたとしても民の心が離れるとは思えないのに、それをアメリア自身が信じられないのだから。
◇◇◇
結婚一周年の記念日、サラトガ公爵邸の離れではささやかなパーティーが開かれた。
セドリックはいつもより豪華な晩餐を二人で、と考えていたようだが、アメリアは離れの皆で祝いたいと提案した。
アメリアが中心になって料理をし、いつもあたたかく接してくれている使用人たちにささやかな感謝の気持ちを伝えたいと。
セドリックも同意し、使用人たちと同じテーブルを囲んだパーティは、とても楽しい一時となった。
養父であり実兄であるランドル国王クラークからも祝いの品が届いていた。
本好きなアメリアのために、王都で流行している本をたくさん贈ってきてくれたのだ。
もちろんここサラトガ領でも本は手に入るが、やはり流行はだいぶ遅れてやってくるため、アメリアにとっては嬉しい贈り物だった。
嫁いできてから、アメリアはクラークやその妃と手紙のやり取りはしている。
いつも兄夫婦は『変わりはないか、辛いことはないか』とアメリアを心配する手紙を書き送ってくる。
そのたびアメリアは二人が心配しないような返事を書くのだが、おそらく、クラークの耳にもアメリアの境遇は少なからず入っていることだろう。
王家の密偵に探らせるまでもなく、離れで暮らしていることや、公爵夫人として全く領民の前に姿を現さないことなど、噂でも知れることなのだから。
しかしアメリアは、いつも兄夫婦にこう書いて送っている。
『サラトガ公爵領では幸せに暮らしております。閣下は私に公爵夫人としてのつとめを押し付けたりせず、自由にさせてくださいますし、領民も、邸の使用人たちも、皆私に優しくしてくださいます。私は大事にしていただいておりますので、どうかご安心ください』
嘘は書いていない。
本当に、アメリアは今、穏やかで充実した毎日を過ごしているのだから。
◇◇◇
そんな、穏やかな日々をおくっていたある日のこと。
セドリックが、突然遠征に出るとアメリアに告げに来た。
国境を接する旧ノートン領に築かれた砦を守る将から、隣国ソルベンティア側から国境を侵す動きがあったという報告があがったのだ。
旧ノートン領はソルベンティア国とランドル王国で取ったり取られたりを繰り返している領地で、先の戦の折には割譲された地域であり、今も時々小競り合いが続いている。
特に鉱山が見つかってからは、ソルベンティア国側のノートン領主としては喉から手が出るほど欲しい領土である。
今回も鉱山の麓の街を占拠しようと兵を進め、街を守る兵に押し戻された。
そのまま睨み合いが続いているとのことだが、今回の侵攻は国としての総意というより領主の勇足のように見える。
そのためセドリックは本格的な開戦を抑えるために、サラトガ軍を率いて鎮圧に赴いたのだ。
前の戦から一年半余り。
ソルベンティアはかなりダメージを受けたはずで、今も戦力は圧倒的にランドル王国の方が強いと思われる。
だから、ソルベンティア国王も戦を仕掛けるほど愚かではないだろうとセドリックは踏んでいるようだった。
最初の頃こそサラトガ公爵家の厄介者として小さくなって暮らしていたアメリアだったが、ここ数ヶ月は溌剌と毎日を過ごしている。
夜間学校の運営は軌道に乗り、孤児院の公爵家直営化も順調に進んでいることが、彼女に自信を与えているのだろう。
だが、それでも、やはり公爵夫人として表に立つことは一切していない。
今はこんなにあたたかく接してくれている領民たちも、アメリアがあの『悪女』だと知ったら絶対に離れていく…その確信が彼女にはある。
だから、未だに皆の前で身分を偽る自分を嫌悪し、罪悪感を抱えたまま、アメリアはサラトガ領のために尽力すると決めたのだ。
嫁いで来た頃は華奢で十七歳という年齢よりもさらに幼く見えたアメリアだったが、この一年でだいぶ女性らしい体つきになった。
あどけない風情はそのままだが、美少女ぶりにより拍車がかかった感じだ。
穏やかで誰に対しても優しく親切なアメリアは、離れの使用人にも、夜間学校でも人気者で、だからこそ、アメリアの身近に仕えるカリナたちは余計にもどかしくなる。
例え彼女が身分を明かしたとしても民の心が離れるとは思えないのに、それをアメリア自身が信じられないのだから。
◇◇◇
結婚一周年の記念日、サラトガ公爵邸の離れではささやかなパーティーが開かれた。
セドリックはいつもより豪華な晩餐を二人で、と考えていたようだが、アメリアは離れの皆で祝いたいと提案した。
アメリアが中心になって料理をし、いつもあたたかく接してくれている使用人たちにささやかな感謝の気持ちを伝えたいと。
セドリックも同意し、使用人たちと同じテーブルを囲んだパーティは、とても楽しい一時となった。
養父であり実兄であるランドル国王クラークからも祝いの品が届いていた。
本好きなアメリアのために、王都で流行している本をたくさん贈ってきてくれたのだ。
もちろんここサラトガ領でも本は手に入るが、やはり流行はだいぶ遅れてやってくるため、アメリアにとっては嬉しい贈り物だった。
嫁いできてから、アメリアはクラークやその妃と手紙のやり取りはしている。
いつも兄夫婦は『変わりはないか、辛いことはないか』とアメリアを心配する手紙を書き送ってくる。
そのたびアメリアは二人が心配しないような返事を書くのだが、おそらく、クラークの耳にもアメリアの境遇は少なからず入っていることだろう。
王家の密偵に探らせるまでもなく、離れで暮らしていることや、公爵夫人として全く領民の前に姿を現さないことなど、噂でも知れることなのだから。
しかしアメリアは、いつも兄夫婦にこう書いて送っている。
『サラトガ公爵領では幸せに暮らしております。閣下は私に公爵夫人としてのつとめを押し付けたりせず、自由にさせてくださいますし、領民も、邸の使用人たちも、皆私に優しくしてくださいます。私は大事にしていただいておりますので、どうかご安心ください』
嘘は書いていない。
本当に、アメリアは今、穏やかで充実した毎日を過ごしているのだから。
◇◇◇
そんな、穏やかな日々をおくっていたある日のこと。
セドリックが、突然遠征に出るとアメリアに告げに来た。
国境を接する旧ノートン領に築かれた砦を守る将から、隣国ソルベンティア側から国境を侵す動きがあったという報告があがったのだ。
旧ノートン領はソルベンティア国とランドル王国で取ったり取られたりを繰り返している領地で、先の戦の折には割譲された地域であり、今も時々小競り合いが続いている。
特に鉱山が見つかってからは、ソルベンティア国側のノートン領主としては喉から手が出るほど欲しい領土である。
今回も鉱山の麓の街を占拠しようと兵を進め、街を守る兵に押し戻された。
そのまま睨み合いが続いているとのことだが、今回の侵攻は国としての総意というより領主の勇足のように見える。
そのためセドリックは本格的な開戦を抑えるために、サラトガ軍を率いて鎮圧に赴いたのだ。
前の戦から一年半余り。
ソルベンティアはかなりダメージを受けたはずで、今も戦力は圧倒的にランドル王国の方が強いと思われる。
だから、ソルベンティア国王も戦を仕掛けるほど愚かではないだろうとセドリックは踏んでいるようだった。
10
お気に入りに追加
1,247
あなたにおすすめの小説
【完結】鈍感令嬢は立派なお婿さまを見つけたい
楠結衣
恋愛
「エリーゼ嬢、婚約はなかったことにして欲しい」
こう告げられたのは、真実の愛を謳歌する小説のような学園の卒業パーティーでも舞踏会でもなんでもなく、学園から帰る馬車の中だったーー。
由緒あるヒビスクス伯爵家の一人娘であるエリーゼは、婚約者候補の方とお付き合いをしてもいつも断られてしまう。傷心のエリーゼが学園に到着すると幼馴染の公爵令息エドモンド様にからかわれてしまう。
そんなエリーゼがある日、運命の二人の糸を結び、真実の愛で結ばれた恋人同士でいくと幸せになれると噂のランターンフェスタで出会ったのは……。
◇イラストは一本梅のの様に描いていただきました
◇タイトルの※は、作中に挿絵イラストがあります

君を愛さない……こともないような、そうでもないようなって、どっちなんですか旦那様!?~氷の軍神は羊飼い令嬢を溺愛する~
束原ミヤコ
恋愛
ディジー・エステランドは、人よりも羊の数が多い田舎の領地に住む伯爵家の娘である。
とはいっても名ばかりで、父はほぼ農家。
母は庶民。兄も弟も、そしてディジーもうまれてこのかた領地を出たことがない。
舞踏会にも行ったことがなければ、他の貴族にも会ったことがない。
チーズをつくり牛の乳を搾り、羊の毛を刈って生きてきた。
そんなエステランド家に、ダンテ・ミランティス公爵閣下から婚約の打診の手紙が届く。
氷の公爵と呼ばれる、うまれてから一度も笑ったことがないと評判の男である。
断ることもできずに了承の返事を送ると、半年後迎えに行くと連絡が来る。
半信半疑でいたディジーだが、半年後本当に迎えが来てしまう。
公爵家に嫁いだディジーに、ダンテは言う。
「俺は君を、愛さない……こともない……ような、気が、するような、しないような……!」
――って、どっちなんですか、旦那様!?

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」
7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。
国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。
ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。
こちらのお話には同じ主人公の作品
「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。
(本作より数年前のお話になります)
もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、
本作のみでもお読みいただけます。
※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。
初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。
「好き」の距離
饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。
伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。
以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る
綾乃雪乃
恋愛
ミリステア魔王国の巨大城で働く魔法薬師のメイシィ
彼女には1つ困った悩みがあった
それは、自国の第三王子、クリードに一目惚れされてしまったこと
彼のあだ名は『黒薔薇王子』
周りにいる側近たちは口をそろえて言う 「彼が病めば――――世界が崩壊する」
今日も《彼》から世界を守れ!
病み王子 × お仕事一筋女子の魔王城恋愛コメディ
なろう、エブリスタ、カクヨムにも掲載中

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

7年ぶりに帰国した美貌の年下婚約者は年上婚約者を溺愛したい。
なーさ
恋愛
7年前に隣国との交換留学に行った6歳下の婚約者ラドルフ。その婚約者で王城で侍女をしながら領地の運営もする貧乏令嬢ジューン。
7年ぶりにラドルフが帰国するがジューンは現れない。それもそのはず2年前にラドルフとジューンは婚約破棄しているからだ。そのことを知らないラドルフはジューンの家を訪ねる。しかしジューンはいない。後日王城で会った二人だったがラドルフは再会を喜ぶもジューンは喜べない。なぜなら王妃にラドルフと話すなと言われているからだ。わざと突き放すような言い方をしてその場を去ったジューン。そしてラドルフは7年ぶりに帰った実家で婚約破棄したことを知る。
溺愛したい美貌の年下騎士と弟としか見ていない年上令嬢。二人のじれじれラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる