さげわたし

凛江

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第六章 アメリア その三

一周年

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アメリアがセドリックと結婚して一年余りが過ぎた。
最初の頃こそサラトガ公爵家の厄介者として小さくなって暮らしていたアメリアだったが、ここ数ヶ月は溌剌と毎日を過ごしている。
夜間学校の運営は軌道に乗り、孤児院の公爵家直営化も順調に進んでいることが、彼女に自信を与えているのだろう。

だが、それでも、やはり公爵夫人として表に立つことは一切していない。
今はこんなにあたたかく接してくれている領民たちも、アメリアがあの『悪女』だと知ったら絶対に離れていく…その確信が彼女にはある。
だから、未だに皆の前で身分を偽る自分を嫌悪し、罪悪感を抱えたまま、アメリアはサラトガ領のために尽力すると決めたのだ。

嫁いで来た頃は華奢で十七歳という年齢よりもさらに幼く見えたアメリアだったが、この一年でだいぶ女性らしい体つきになった。
あどけない風情はそのままだが、美少女ぶりにより拍車がかかった感じだ。

穏やかで誰に対しても優しく親切なアメリアは、離れの使用人にも、夜間学校でも人気者で、だからこそ、アメリアの身近に仕えるカリナたちは余計にもどかしくなる。
例え彼女が身分を明かしたとしても民の心が離れるとは思えないのに、それをアメリア自身が信じられないのだから。

◇◇◇

結婚一周年の記念日、サラトガ公爵邸の離れではささやかなパーティーが開かれた。
セドリックはいつもより豪華な晩餐を二人で、と考えていたようだが、アメリアは離れの皆で祝いたいと提案した。
アメリアが中心になって料理をし、いつもあたたかく接してくれている使用人たちにささやかな感謝の気持ちを伝えたいと。
セドリックも同意し、使用人たちと同じテーブルを囲んだパーティは、とても楽しい一時となった。

養父であり実兄であるランドル国王クラークからも祝いの品が届いていた。
本好きなアメリアのために、王都で流行している本をたくさん贈ってきてくれたのだ。
もちろんここサラトガ領でも本は手に入るが、やはり流行はだいぶ遅れてやってくるため、アメリアにとっては嬉しい贈り物だった。

嫁いできてから、アメリアはクラークやその妃と手紙のやり取りはしている。
いつも兄夫婦は『変わりはないか、辛いことはないか』とアメリアを心配する手紙を書き送ってくる。
そのたびアメリアは二人が心配しないような返事を書くのだが、おそらく、クラークの耳にもアメリアの境遇は少なからず入っていることだろう。
王家の密偵に探らせるまでもなく、離れで暮らしていることや、公爵夫人として全く領民の前に姿を現さないことなど、噂でも知れることなのだから。

しかしアメリアは、いつも兄夫婦にこう書いて送っている。
『サラトガ公爵領では幸せに暮らしております。閣下は私に公爵夫人としてのつとめを押し付けたりせず、自由にさせてくださいますし、領民も、邸の使用人たちも、皆私に優しくしてくださいます。私は大事にしていただいておりますので、どうかご安心ください』

嘘は書いていない。
本当に、アメリアは今、穏やかで充実した毎日を過ごしているのだから。

◇◇◇

そんな、穏やかな日々をおくっていたある日のこと。
セドリックが、突然遠征に出るとアメリアに告げに来た。
国境を接する旧ノートン領に築かれた砦を守る将から、隣国ソルベンティア側から国境を侵す動きがあったという報告があがったのだ。

旧ノートン領はソルベンティア国とランドル王国で取ったり取られたりを繰り返している領地で、先の戦の折には割譲された地域であり、今も時々小競り合いが続いている。
特に鉱山が見つかってからは、ソルベンティア国側のノートン領主としては喉から手が出るほど欲しい領土である。
今回も鉱山の麓の街を占拠しようと兵を進め、街を守る兵に押し戻された。
そのまま睨み合いが続いているとのことだが、今回の侵攻は国としての総意というより領主の勇足のように見える。
そのためセドリックは本格的な開戦を抑えるために、サラトガ軍を率いて鎮圧に赴いたのだ。

前の戦から一年半余り。
ソルベンティアはかなりダメージを受けたはずで、今も戦力は圧倒的にランドル王国の方が強いと思われる。
だから、ソルベンティア国王も戦を仕掛けるほど愚かではないだろうとセドリックは踏んでいるようだった。




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