さげわたし

凛江

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第五章 セドリック その三

義母との確執

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視察を終えると、セドリックは急いで邸宅に帰った。
今日はなんとかアメリアに、晩餐に出てきてもらわなくては。
だからその前に部屋に迎えに行き、なんとしてでも会ってもらおう。
そう意気込んで帰ったのだが、セドリック帰宅の先触れを聞いたアメリアは、自らエントランスで待っていた。

「おかえりなさいませ」
笑顔で迎えに出ていたアメリアに、セドリックは目を丸くした。
昨日から今日という僅かな時間で、一体彼女にどんな心境の変化があったのだろう。
彼女が出迎えてくれたことが嬉しくて抱き上げてしまいたい衝動に駆られたが、セドリックはそんな自分を我慢した。

「閣下、先日は申し訳ございませんでした。私、淑女としてとても恥ずかしいことを言ってしまいました」
アメリアが深々と頭を下げた。
「やめてください、アメリア。あれは、完全に私の方が悪かったのです」
謝罪するつもりで急いで帰って来たのに先にアメリアに謝られてしまい、セドリックは慌てた。
しかし使用人たちの目もある中で、これ以上この話を掘り下げるわけにもいかない。
「アメリア。今日は晩餐の後も時間をいただけますか?あなたと話したいことがあります」
「え?ええ」

セドリックはアメリアを部屋に送ると、急いで自分も部屋へ戻った。
そして水を浴びて体を清め、身支度を整える。
セドリックの留守を守っていた家令のトマスが準備している横で報告を始めたのだが、セドリックは「後でいい」とばかりに追い払おうとした。
とにかく今は、何をおいてもアメリアを優先するべきだ。

しかしトマスの次の言葉に、セドリックは手を止めた。
「その奥様のことなのです、旦那様。昨日の午後、本宅の大奥様が奥様をお茶にお誘いしまして…」
「…何?」
セドリックは鋭い目でトマスを見据えた。
「…それで、アメリアは本宅に出向いたのか?」

義母はセドリックの結婚以来、ずっと無関心を決め込んでいたはず。
だいたい、元々セドリックのことも毛嫌いしていて、同じ邸で暮らしていても顔を合わせないようにしていたくらいだ。
だから、この先も義母からアメリアに接触するようなことはないと、セドリックは高を括っていたのに。
…その義母が、アメリアをお茶に誘ったという。
しかも、セドリックの留守を狙ったようにして。

「もちろん、奥様は大奥様のお誘いをお受けされました」
「何か…、嫌がらせをされたのか?」
セドリックは眉をひそめてトマスにたずねた。
不味いお茶を出したり、硬くて食べられないような菓子を出したり、そのくらいのことは平気でやりそうな人間なのだ、義母は。

セドリックも幼い頃、父の知らないところでそういった嫌がらせを受けたことがある。
トマスやソニアが味方だったから大したダメージを受けたことは無いが、同様の嫌がらせをアメリアが受けたと思うとなると…。

「ハンナとカリナが同行していましたので、お茶や茶菓子については問題ありませんでした。ただ、大奥様とイブリンお嬢様にかなり辛辣なことは言われたようです」
トマスの報告を聞き、セドリックは胸が痛くなった。
イブリンは義母に似て性格がキツい。
「義母と、イブリンに抗議に行く」
「しかし、もう晩餐のお時間です。それに、逆効果なのでは?」

義母を問い詰めればきっと逆上する。
父が義母を甘やかして贅沢三昧させていたため、セドリックはたびたび苦言を呈してきた。
しかしその度、父は義母を庇った。
父が亡くなってから義母の予算を削ったのだが、嫌がらせに借金までして宝石商を呼び寄せていた。
結局、尻拭いするのはセドリックだ。

幽閉や離縁も考えたが、マイロとイブリンにとっては実母なのだ。
二人はセドリックにとっても血の繋がった弟妹なので、寂しい思いもさせたくないし、波風を立てたくもなかった。
セドリックを慕うマイロは母を叱ることも多く、その時ばかりは義母も大人しくなる。
義母はマイロには嫌われたくないのだ。
しかしだからといって、義母が勝手なことをするたびマイロに頼るのも、兄として情け無いことだと思う。

父が亡くなる少し前の頃だったか、義母が勝手にマイロの婚約を結ぼうとしたことがある。
現国王の叔父にあたる大公家の令嬢が避暑で近くの別荘に来ていると知った義母は、手紙を書き送り、マイロを連れて挨拶に出向いた。
向こうは、大公夫人と令嬢が出迎えたらしい。
公爵家の令息と大公家の令嬢なら身分的につりあわないこともないが、マイロは後継ではないし、嫡男であるセドリックにもまだ婚約者がいなかったのに、である。

義母は大公家の後押しでマイロを後継につけたかったのだろう。
だが先の戦でのセドリックの活躍を知っている大公は、縁談ならセドリックの方と、と言ってきた。
義母が怒り狂ったのは言うまでもない。
事情を知って驚いた父も、病をおして事態の沈静化を図っていた。
大公は先代国王の弟で、現国王が即位する時若過ぎるからと一部の貴族に担ぎ上げられた人物である。
『王国の盾』サラトガ家が縁を結ぶのには、少々厄介な相手だったのだ。

「アメリアを、巻き込みたくなかったのだがな…」
セドリックはぽつりとこぼした。
夫婦仲が拗れている上、義母との確執にまで彼女を巻きこみたくはない。
彼女には、このサラトガ領でのびのびと楽しんで欲しいのだ。
釣りをしたり乗馬をしたりする時の弾けるような笑顔、あれが、彼女の本当の姿なのだから。
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