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第五章 セドリック その三
グレイ子爵領の報告②
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「まさか…、アメリアは…」
欠けていたピースがかちりとはまる感覚だった。
まだ幼かったセドリックが王太后が亡くなった時期をはっきり覚えていたわけではないが、影の話を聞くうち思い出したのだ。
たしか王太后が亡くなったのは自分に継母ができた頃…17年前頃ではなかったかと。
まさかという疑念はあるが、そう考えるのが一番辻褄が合う。
見れば、影はセドリックの目をジッと見つめていた。
多分彼は、影の彼なりに答えを導き出していたのだろう。
だがその答えを口に出すことは、不敬罪なんて生易しいものではないほど重い事実だ。
あえて調査した事実だけのみ伝え、セドリックに考えさせたのであろう。
「私をお切りになりますか?」
影が笑う。
「まさか。優秀な影を切るほど私は愚かな当主ではない」
影を下がらせた後、セドリックは目を閉じ、目頭を押さえた。
(…なんてことだ。アメリアはおそらく、王太后様と、護衛騎士だったグレイ子爵の実弟の子だ…)
アメリアが生まれる半年ほど前に王太后が王宮を去り、護衛騎士が職を辞した事実。
アメリアが生まれてすぐ王太后と護衛騎士が亡くなった事実。
子爵夫婦の実子として届けられたのに、放置されて育ったアメリア。
ほぼ血縁もなかったはずなのに突然アメリアを養女に迎え、溺愛していた国王。
国王の愛人と噂されていたはずのアメリアを可愛がっていた王妃と、懐いていた王子王女たち。
全ての事柄が、セドリックの考えが正解であると示している。
(アメリアは、正真正銘国王陛下の妹御…)
すでに未亡人だった王太后と独身の騎士の間に生まれたアメリアは、不義の子ではない。
だが、この真実は王家の根幹を揺るがす、大きな醜聞だ。
(…だから…)
アメリアは実の両親を醜聞から守るため、一人、犠牲になったのだ。
醜聞を引き受け、悪意に晒されながら、それでも健気に生きてきたのだ。
(それなのに、私はなんということを…)
知らなかったこととは言え、酷い態度をとり、酷い言葉を投げつけた。
…愛することはないと、断言した…。
彼女の寂しそうな笑みを思い出し、涙がこぼれた。
戦場でも歯を食いしばり、父や母の死にも涙を見せなかった自分なのに。
(何故、よく調べもせず噂を鵜呑みにしたのか…)
セドリックは自身の怠慢を悔いた。
婚約の王命が下ってから実際結婚するまで、半年間もあったのだ。
あの時すぐ調べていれば、式を挙げるまでにアメリアの噂が嘘だとわかったはずだ。
そうしていたら、彼女をサラトガ家に温かく迎えることが出来たはずなのに。
クラーク王を恨みたい気持ちもある。
全ては、クラーク王が深い考えもなくアメリアを養女に迎えたことから始まっているのだから。
多分王自身、気づいた時には悪意ある噂が独り歩きしていたのだろう。
アメリアの噂を払拭したい。
でも王太后の醜聞を晒すわけにはいかない。
噂から遠去けたい一心でアメリアを手放すことを決め、王都から遠いサラトガ領へ嫁がせることにしたのだろう。
王命とは言いながら、縋る思いでアメリアを自分に託したのかもしれない。
しかしそれならそうと伝えてくれていれば…。
どこに耳があるかわからない王宮で、セドリックに伝えるのは難しかったのだろうか。
しかし、なんとか伝える術はあっただろうに。
いや、今更クラーク王を責めても仕方がない。
セドリックはあれこれうるさい頭を振った。
とにかく誠心誠意謝って、今まで辛かった分も甘やかして、可愛がって…。
と、そこまで考えた時、セドリックはアメリアにどう伝えればいいのかと思った。
グレイ子爵領にまで行って調べたこと、アメリアの出生の秘密を探らせたことを暴露して良いのだろうか。
彼女のことだから、また、同情しているだの憐れんでいるだの思われないだろうか。
いや…、しかし。
もう二人の間に秘密などないのだとわからせるところから始めた方がいいのではないだろうか。
その上で、愛おしいと思っていることをきちんと伝え、この先は何があっても絶対味方でいると伝え…。
だがやはり、セドリックはアメリアの口から真実を聞きたいとも思う。
自分が暴いた真実を突き付けてこれまでのことを謝罪するのは簡単だが、それでは意味がない。
彼女がセドリックを信じて打ち明けてくれる。
自分が、アメリアに信じてもらえる夫になる。
それこそが大事なのだと、セドリックは思った。
今信じてもらえていないなら、信じてもらえるまで努力し続ければいいのだから。
欠けていたピースがかちりとはまる感覚だった。
まだ幼かったセドリックが王太后が亡くなった時期をはっきり覚えていたわけではないが、影の話を聞くうち思い出したのだ。
たしか王太后が亡くなったのは自分に継母ができた頃…17年前頃ではなかったかと。
まさかという疑念はあるが、そう考えるのが一番辻褄が合う。
見れば、影はセドリックの目をジッと見つめていた。
多分彼は、影の彼なりに答えを導き出していたのだろう。
だがその答えを口に出すことは、不敬罪なんて生易しいものではないほど重い事実だ。
あえて調査した事実だけのみ伝え、セドリックに考えさせたのであろう。
「私をお切りになりますか?」
影が笑う。
「まさか。優秀な影を切るほど私は愚かな当主ではない」
影を下がらせた後、セドリックは目を閉じ、目頭を押さえた。
(…なんてことだ。アメリアはおそらく、王太后様と、護衛騎士だったグレイ子爵の実弟の子だ…)
アメリアが生まれる半年ほど前に王太后が王宮を去り、護衛騎士が職を辞した事実。
アメリアが生まれてすぐ王太后と護衛騎士が亡くなった事実。
子爵夫婦の実子として届けられたのに、放置されて育ったアメリア。
ほぼ血縁もなかったはずなのに突然アメリアを養女に迎え、溺愛していた国王。
国王の愛人と噂されていたはずのアメリアを可愛がっていた王妃と、懐いていた王子王女たち。
全ての事柄が、セドリックの考えが正解であると示している。
(アメリアは、正真正銘国王陛下の妹御…)
すでに未亡人だった王太后と独身の騎士の間に生まれたアメリアは、不義の子ではない。
だが、この真実は王家の根幹を揺るがす、大きな醜聞だ。
(…だから…)
アメリアは実の両親を醜聞から守るため、一人、犠牲になったのだ。
醜聞を引き受け、悪意に晒されながら、それでも健気に生きてきたのだ。
(それなのに、私はなんということを…)
知らなかったこととは言え、酷い態度をとり、酷い言葉を投げつけた。
…愛することはないと、断言した…。
彼女の寂しそうな笑みを思い出し、涙がこぼれた。
戦場でも歯を食いしばり、父や母の死にも涙を見せなかった自分なのに。
(何故、よく調べもせず噂を鵜呑みにしたのか…)
セドリックは自身の怠慢を悔いた。
婚約の王命が下ってから実際結婚するまで、半年間もあったのだ。
あの時すぐ調べていれば、式を挙げるまでにアメリアの噂が嘘だとわかったはずだ。
そうしていたら、彼女をサラトガ家に温かく迎えることが出来たはずなのに。
クラーク王を恨みたい気持ちもある。
全ては、クラーク王が深い考えもなくアメリアを養女に迎えたことから始まっているのだから。
多分王自身、気づいた時には悪意ある噂が独り歩きしていたのだろう。
アメリアの噂を払拭したい。
でも王太后の醜聞を晒すわけにはいかない。
噂から遠去けたい一心でアメリアを手放すことを決め、王都から遠いサラトガ領へ嫁がせることにしたのだろう。
王命とは言いながら、縋る思いでアメリアを自分に託したのかもしれない。
しかしそれならそうと伝えてくれていれば…。
どこに耳があるかわからない王宮で、セドリックに伝えるのは難しかったのだろうか。
しかし、なんとか伝える術はあっただろうに。
いや、今更クラーク王を責めても仕方がない。
セドリックはあれこれうるさい頭を振った。
とにかく誠心誠意謝って、今まで辛かった分も甘やかして、可愛がって…。
と、そこまで考えた時、セドリックはアメリアにどう伝えればいいのかと思った。
グレイ子爵領にまで行って調べたこと、アメリアの出生の秘密を探らせたことを暴露して良いのだろうか。
彼女のことだから、また、同情しているだの憐れんでいるだの思われないだろうか。
いや…、しかし。
もう二人の間に秘密などないのだとわからせるところから始めた方がいいのではないだろうか。
その上で、愛おしいと思っていることをきちんと伝え、この先は何があっても絶対味方でいると伝え…。
だがやはり、セドリックはアメリアの口から真実を聞きたいとも思う。
自分が暴いた真実を突き付けてこれまでのことを謝罪するのは簡単だが、それでは意味がない。
彼女がセドリックを信じて打ち明けてくれる。
自分が、アメリアに信じてもらえる夫になる。
それこそが大事なのだと、セドリックは思った。
今信じてもらえていないなら、信じてもらえるまで努力し続ければいいのだから。
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