さげわたし

凛江

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第五章 セドリック その三

グレイ子爵領の報告①

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セドリックは影と呼ばれる密偵を方々へ送っている。
王都しかり、隣国しかり、他の領地しかり。
そしてこうして領地内の視察先で報告を受けるのが常であった。

視察をマイロに任せ工房の地下の隠し部屋に入って行くと、影が二人控えていた。
一人は隣国ソルベンティア側に残った旧ノートン領に潜ませていた者。
そしてもう一人はアメリアの実家であるグレイ子爵領を探らせていた者だ。

最初にソルベンティアから戻った影の報告を聞く。
現在ソルベンティア側の旧ノートン領は、セドリックとの戦で敗れて処刑された領主の息子が後を継いでいる。
本来なら一族取り潰しのところだが、ソルベンティアにとっては忠臣の息子であり、救けてやりたかったのだろう。
爵位を大きく落とし領地もかなり失ったが、それでもなんとか領主として残した。
サラトガ領に割譲されて残った狭く痩せた土地の領主としてである。
現当主は父親の仇を討ちたいとこぼしているらしいが、今の双方の力を見れば、無謀な話であるのは明らかだろう。
今のところ不審な動きは無いが引き続き動向を探るということで、影の話は終わった。

一人目の影が出て行くと、グレイ子爵領を探らせていた影の報告が始まった。

まず、アメリアを養女に迎える前の王室とグレイ子爵の関係だが、全くと言っていいほど接点が無かった。
先祖はともかく現グレイ子爵家当主は王宮の要職などに就いたこともなく、国王と顔を合わせることも少なかっただろうと思われる。

それが、三年前に国王がお忍びでグレイ領を訪れ、その後すぐ、アメリアが国王の養女に迎えられたのだ。
遠縁の娘との触れ込みだったが、それには疑問が多かった。
たしかに何代か遡ればグレイ家に王家の血が入ってはいたが、貴族家の多くに王家の血は入っており、寧ろグレイ家の令嬢よりよっぽど濃い血縁の令嬢もいるのだから。

「奥様…アメリア様は、グレイ子爵の末娘として育てられています。領内の噂では、視察の折にグレイ子爵領に立ち寄った国王陛下が、末娘を見初められたと。その後すぐ養女に迎えられた経緯を思えば、おかしな噂が立っても仕方がないような状況です」

そこまでは、セドリックも良く知っている話だ。
いや、ランドル王国の国民皆が知っている話だろう。
今まで王都にも出たことがない、社交界デビューもしていない令嬢が突然王家の養女に迎えられたのだから、あのような下世話な噂話に発展しても仕方がないだろう。

影は、以前子爵家で働いていた者などを訪ねたが、皆口が固く内情を探るのには骨が折れたようだ。
だが、花嫁修行のつもりで少しだけメイドをしていたという者からようやく少し話を聞けたと言う。

「アメリア様は、子爵領でもあまり大事にされていない令嬢だったようです。母親や兄姉からいつも除け者扱いされ、使用人たちにも放っておかれることが多かったそうです。不思議に思ったメイドは先輩メイドにわけを聞いたらしいのですが、アメリア様を庇うと奥様に睨まれるからとの答えでした」
「…睨まれる?」
「ええ。どうやらアメリア様は、子爵夫人の生んだ子ではないようなのです」

メイドが話す、先輩メイドから聞いた話はこうだった。
アメリア嬢はある日突然グレイ子爵が我が子だと言って連れてきた乳飲み子だ。
子爵夫人が懐妊していた事実はないので、子爵が愛人にでも生ませたのだろうということは明らかだった。
たしかにそれでは子爵夫人や兄姉がアメリアを疎むのは仕方がないし、使用人たちにまで蔑ろにされるのはあり得る話だろう。

セドリックは周囲に疎まれる幼いアメリアを思って胸が痛んだ。
しかし子爵が愛人に生ませた婚外子なら、なおさら王室との関係は皆無である。
眉を寄せて黙り込むセドリックに、影は報告を続ける。
そしてその報告は、何故か先程より声をひそめて告げられた。

「その…、王室との関係の話に繋がるかわからないのですが…。実は子爵の婚外子だと言われる一方で、邸内ではこんな噂もあったそうです。アメリア様が生まれてすぐ子爵の実弟が亡くなったそうなのですが、実はその実弟こそがアメリア様の実の父親なのではないかと」
「実弟?」
「はい。実弟は独身だったのですが、アメリア様は実弟の私生児で、弟が亡くなったため子爵が自分の子として引き取ったのではないかと」
「もしそれが事実なら、別に隠す必要はないのではないか?亡くなった兄弟の子を養女として迎えるのはおかしなことでなないだろう。それに、それなら母親は?」
「それが…、全く女性の影がなかったらしいのです。実弟には婚約者もなく、亡くなる半年前まで王太后様の護衛騎士をつとめ、子爵領に帰ることはなかったと聞きました」
「…王太后様の護衛?」
ここで初めて王室との関わりが見え、セドリックは眉を上げた。

「子爵の実弟は騎士としても優秀だったらしく、おつとめ第一の真面目な男だったそうです。しかし王太后様が体調を崩されてご実家のカルヴァン公爵家に戻られた折、護衛騎士の任を解かれたようです」
「その後彼は?」
「近衛騎士隊に戻されたのですが、体調不良を理由に辞して、兄が治めるグレイ領に帰ったそうです。それからはよほど具合が悪かったのか、ほとんど邸内にこもったまま、半年後に亡くなったそうです」
「それが…、アメリアが生まれた直後…」

厳しい顔のまま、セドリックは影を見つめた。そしてたずねる。
「王太后様が亡くなられたのはいつ頃だ?」
「…同じ頃かと思われます」
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